第66話:そこに跪けです!

 どこの誰だかわからないが、よくそっくりな子をよく見つけてきたものだ。髪はルーグも使っている魔道具で、顔は化粧でそれとなく似せる事が出来るとして、背格好は本当にルーグと瓜二つだった。


 リリィがパッと見で勘違いするのも仕方がない。本当に見た目だけはルクレティアそっくりなのだ。ただよくよく見れば顔の輪郭や鼻の高さが微妙に違うし、何より表情と雰囲気にルクレティアらしさがない。


 この程度の影武者なら、〈忍者〉スキルがなくても簡単に見破れる。


「紹介するよ、二人とも。この子はメリィ。僕の使用人兼ルクレティアの替え玉だ」


「は、初めましてメリィですっ! 宜しくお願いしますですっ!」


 ルクレティアに扮したメリィという名の少女は、わざわざ椅子から立ち上がってぺこぺこと俺たちに頭を下げる。家名がないことや俺たちへの態度から平民生まれであることは察せられた。


 さすがに声まで聴くと違和感が凄まじいな。声質は近いから似せようと思えば似せられそうだが、メリィ本人にその技量はなさそうだ。


「二人ともそんな所に立ってないで座りなよ。メリィも立ってないで座りなさい」


「い、いいんです……? わたしは皆様と違って平民ですけど……」


「言っただろう? 君はルクレティアの替え玉だって。ルクレティアの姿をしている以上は、あの子になりきって王族として過ごさなきゃ意味がないじゃないか」


「なるほど! そこに跪けですっ!」


 この偽物いきなり調子乗り出したな。


 さすがのルーカス王子も真顔でメリィの頭を鷲掴みにして強引に座らせている。俺たちも偽物の命令は無視して、そのまま対面の席に腰かけた。


「あの、ルーカス殿下。どうしてルクレティア王女に替え玉を……?」


 リリィが苦笑しながらルーカス王子に尋ねた。それは俺も気になっていたところだ。


「君たちも知っての通り、ルクレティアは身分を偽って王立学園で暮らしている。当然その間は王城を留守にしているわけだけど、何日も顔を出さないとさすがに疑われてしまうからね。替え玉がルクレティアとして王城で過ごしていれば、本物から目を逸らさせられるだろう?」


 当初は一週間か二週間に一回程度の頻度でルクレティアを王城へ戻らせる予定だったらしい。だけどそんなことをしていれば、いずれルクレティアが王立学園に居ることがバレてしまう。影武者探しはルーカス王子としても急務だったそうだ。


「もともと、替え玉として使えそうな子を探しては居たんだよ。だけどなかなか見つからなくて、王立学園の入学試験には間に合わなかったんだ。そしたらこの前、偶然メリィと知り合う機会があってね」


「急に王城で働くように言われてびっくりしたです! しかもお姫様のふりをしろなんてびっくりびっくりです!」


「ヒューは騙せなかったけど、リリィ嬢の反応を見るに替え玉としては及第点ってところかな。これなら姉上はともかく、兄上たちに見せても大丈夫そうだ。二人とも妹の顔や声なんて憶えていないだろうからね」


「まあ、喋らなければ大丈夫だとは思いますよ……たぶん」


 どうもメリィからはお調子者の波長を感じる。ルーグはポンコツなだけでお調子者とは少し違うからな……。見た目だけならともかく、喋らせたら違和感を覚える人も多くなるんじゃないだろうか。


 まあ、その辺はルーカス王子が上手くフォローするつもりなんだろう。俺が心配したって仕方がない。


 それよりも、だ。


「ルーカス王子、そろそろ俺たちを呼んだ理由を教えてもらえますか?」


 まさかルクレティアの影武者を紹介するためだけに、俺とリリィを呼び出したわけではあるまい。サプライズで俺たちを驚かしたかっただけにしては、王国騎士団を十名以上動員したり密会場所に騎士団所有の秘密拠点を使用したりと手が込みすぎている。


 おそらく眠れていないだろうルーグをあまり待たせたくはないし、さっさと用件を済ませてほしいものだ。


「そうだね。前置きはここまでにして、そろそろ本題に入ろうか。ここから先の話は、くれぐれも内密に頼むよ」


 ルーカス王子は声のトーンを変え、俺とリリィに念を押す。部屋の中に居る面々の表情をうかがうと、ロアンさんとアリッサさんの表情にも緊張の色が見えた。もしかしたら二人も、ルーカス王子からは本当に何も聞かされていないのかもしれない。


 静寂の中に誰かの唾を飲む音が響く。


 ルーカス王子はゆっくりと、その言葉を口にした。





「父上の容態が悪化している。医者によれば、あと一週間が限界らしい」





「なっ……」


 その情報に、この部屋に居た誰もが目を見開いて息をのみ言葉を失った。


 ルーカス王子の父上……つまりは国王陛下だ。前々から体調が優れない事は国民全員が知っていたが、まさかそんなにも状態が悪いなんて……。


 この世界の医療技術は前世の世界とは比べるべくもない。一週間という余命も、そこまで正確ではないだろう。もしかしたら今日や明日にでも容態が急変して亡くなられてしまう可能性は十分にある。


 ロアンさんとアリッサさんを通じて事前に俺たちに用件を伝えられないわけだ。二人を信用していても、何かの間違いでこの情報が漏れたとしたらとんでもない騒ぎになる。


 ロアンさんは「マジかよ……」と額に手を当てて嘆き、リリィは瞳を動揺に揺らしながら両手で口元を覆っている。この中で一番平然としているのはメリィだが、それは単に国王陛下の死が何を意味するのかを理解していないからだろう。


 少し前の、それこそプノシス領に居た頃や王都へ来てすぐの俺だったなら、メリィと同じように事態の深刻さを理解できていなかったはずだ。


 ルーカス王子の王位継承権争いに協力すると決めて色々と勉強した今、この情勢での国王陛下の死がどんな影響を及ぼすか朧気ながら想像することができる。


「……不味いどころの騒ぎじゃないよな、これ」


 王位継承権争いは未だ継続中。最右翼と見られていたスレイ殿下はレチェリー公爵邸での一件から勢いを落とし、今ではブルート殿下に並ばれつつある。そしてルーカス王子も着実に陣営を構築している。次の国王を決める争いは正真正銘の三つ巴だ。


 そんな状況で国王陛下が亡くなればどうなるか。



「内戦は、避けられないだろうね」

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