第65話:ルーグ「う゛わ゛き゛た゛よ゛!!!!」

「俺のルームメイトが可愛すぎて辛い」


「私はその惚気を聞かされてどう反応すればいいの?」


 ルーカス王子の元へ向かう馬車の中で、俺はリリィにさっきのルーグとのやり取りを話聞かせていた。ルーグの可愛さを一人では消化しきれなくて誰かに話してしまいたい気分だったのだ。


「まあ、第二夫人としては旦那様と正妻の仲が良好で喜ばしい事ではあるのだけどね」


「お前まだそのスタンスで行くつもりなのか……?」


「スタンスも何も、私は本気よ? まさか冗談で言っていると思っているの、旦那様?」


 隣に座ったリリィは俺との距離をグッと縮めて、俺の太ももに手を置いて来る。細い指先がすーっと膝から足の付け根までを撫でて何ともこそばゆい。


 レチェリー公爵邸での出来事以降、こうしてリリィと二人きりになる機会はほとんどなかった。あの日限りの感情の昂り、一時の気の迷いで言っているのかと思いきや、どうやらリリィは本気で俺を重婚させるつもりらしい。


「言っておくが、俺は今のところ誰とも付き合うつもりはないからな?」


「ふふっ、わかっているわ。王位継承権争いが落ち着いて学園を卒業するまでは、私も我慢してあげる。だけど、もし貴方がどうしても我慢できなくなったら私をいつでも呼んでちょうだい?」


 そう言って、リリィは俺にしな垂れかかると豊かな胸の膨らみを俺の右腕にこれ見よがしに押し当てて来た。


「隙あらばインモラルな方向へ持って行こうとするなよ……。というか、無理してそんなことしなくていい」


 リリィに捕まれた右腕を引き抜いて、少し逡巡し……、彼女の肩を掴んで抱き寄せる。


「きゃっ!? な、何するの……っ?」


「甘えたかったらもっと素直に甘えればいいだろ。……二人きりの時くらい」


 まだリリィの好意を素直に受け取る覚悟はないけれど、俺だってせめて可能な範囲では彼女の気持ちに答えたいとは思っている。……まあ、気恥ずかしいからこれが精いっぱいではあるのだが。


「今はこれで許してくれ」


「……もぅ」


 リリィは呆れたように溜息を吐いて、だけどどこかホッとした様子で力を抜いて俺に体を預けた。


 リリィの緊張は〈忍者〉スキルで強化された五感を通じて伝わっていた。俺が不安にさせてしまっていたのか、それとも距離の詰め方がわからず戸惑っていたのか。


 何にせよ、リラックスしてくれてよかった。


 リリィはレチェリーとの婚約騒動で実害は無かったとは言え、男の欲望の醜さを目の当たりにしているからな……。もし俺が彼女の誘惑を本気にしていたら、きっとリリィを傷つけてしまっていたはずだ。


「はぁ、青春ッスねー……。自分もこんな学生時代を送りたかったッスよ、マスター」


 御者台の方からなんかアリッサさんの独り言が聞こえてきたのだが……、うん。聞かなかったことにしよう。


 ほどなくして馬車は王都の歓楽街に近いとある民家の前で停車する。通りからわき道に入ったこの辺りは街灯も一切ない真っ暗闇だ。とは言え、〈忍者〉スキルのおかげで俺の視界は昼間と変わらないくらい周囲の景色を捉えている。


 今回もどうやらルーカス王子は先に到着しているようだ。周囲に王国騎士団の護衛が十人以上、息を潜めて周囲を警戒している。


 馬車を降りた俺たちはアリッサさんに促され、民家の中へ入った。外見も中身も普通の民家だ。見せかけだけかとも思ったが、細部にちゃんと生活感がある。誰か住んでいるのは間違いない。とても王族が出入りする場所とは思えないのだが……。


「実はここ、王国騎士団が秘密で管理してるセーフハウスなんスよ。普段から騎士団員が身分を隠して生活して、近隣住民から情報収集をしてるんス」


「騎士団って諜報活動までしてるんですか?」


「当然じゃないッスか。王国騎士団はリース王国の盾。表も裏も守れなきゃ盾とは名乗れないッスからね」


 ……てっきり脳筋バーサーカーの集団だと思っていたのだが、その印象を改める必要がありそうだ。ロアンさんが表の副団長だとしたら、裏の副団長とかも居るのかもしれない。なんかちょっとわくわくするな……。


 アリッサさんは前回同様に奥の部屋の扉を変則的なリズムで叩く。すると中からロアンさんの声で「入れ」と返事があった。アリッサさんは扉を開き、俺とリリィに入室を促す。


 室内で待ち構えていたのは壁際に立つロアンさんと、リラックスした様子で席に着き微笑みながらこちらに手を振っているルーカス王子。


 そして、


「ルクレティア!?」


 その隣に居た人物を目にしてリリィは驚きの声を上げた。王子の隣には長い金色の髪と紺碧色の瞳を持つ少女が、どこか居心地悪そうな顔で座っている。


「どうして、ルクレティアがここに……? ヒュー、貴方は知っていたの?」


「いいや、何も聞かされてない」


 リリィに問われ首を横に振る。今日の呼び出しがどういう用件かすら教えて貰っていないからな。


 どうして彼女がルーカス王子の隣に座っているのか、直接聞くのが手っ取り早いだろう。





「ルーカス王子、隣に座ってる――ルクレティア王女のそっくりさんは誰ですか?」




「えっ!? そっくりさん!?」


 俺の問いかけにリリィは目を見開き、ルーカス王子は堪え切れず噴き出した。


「ぷははっ! やっぱり君は騙せないか! 魔道具や化粧で随分と頑張って妹に似せたんだけどなぁ。さすがは僕の未来の義弟おとうとだね」


 そう言って笑いながら、ルーカス王子はあっさりと隣に座る少女がルクレティアの偽物だと認めたのだった。

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