第二部:第二章

第64話:俺のルームメイトがこんなに可愛いわけがある

 模擬集団戦から一週間が経ったある日の事。俺は朝の稽古の場でアリッサさんを通じてルーカス王子から急な呼び出しを受けた。どうやら相談したい案件が出来たらしく、リリィと共に来て欲しいそうだ。


「相談したい案件って何ですか?」


「それが自分もわかんないんスよねー。マスターも知らないって言ってたッス」


 ロアンさんにもアリッサさんにも知らされてない案件。どうにも嫌な予感がするのだが、だからと言って断るわけにもいかない。朝食後にリリィとも相談して、呼び出しに応じるとアリッサさんに返事をした。


 思い当たる節があるとしたらレチェリー公爵との一件だな。いちおう、事の顛末はルーカス王子から聞いている。レチェリー以下、モンスターになってしまった使用人たちは全員行方不明として処理されたらしい。


 ピュリディ家の処遇についても、無事にルーカス王子陣営への鞍替えは完了して、ピュリディ侯爵はルーカス王子陣営の拡大に大忙しだとか。


 ただ、レチェリーたちをモンスターに変えた薬や、レチェリーに薬を渡していた人物の正体はいまだ不明のままだ。その件に関してルーカス王子からは特に何の依頼もない。


 今回の呼び出しはそれに関連して……いや、だとしたらリリィを呼ぶ理由がわからない。まったくの別件かもしれないな。


 前回同様、夜にアリッサさんの馬車で学園を抜け出す事になり、待ち合わせ時刻の22時が近づいているのを確認して俺は今日の授業で習った王国史の復習を切り上げた。


 軽く伸びをして振り返ると、ワンピース姿のルーグがノコノコさんを抱えながら俺のベッドに寝転がっている。


 最近は自分のベッドより俺のベッドの上に居る事の方が多いのだが、さすがにちょっと怒った方が良いんだろうか。いやでも、別に嫌ってわけじゃないしな……うーむ。


 ちなみに俺のベッドに寝転がって何をしているのかと言うと、俺が図書館から借りて来た本を読んでいた。例の〈聖女〉スキルが活躍するおとぎ話だ。


 絵本の類かと思っていたら、意外と厚みのある文字だけの本だった。内容は〈聖女〉スキルを持つ少女が人々の怪我や病を治しながら各地を旅して仲間を増やし、やがて魔物モンスターの王と戦う冒険譚。俺の知っている話だと桃太郎に近いだろうか。


 聖典で描かれている聖女と、このおとぎ話の〈聖女〉は少し違う。仲間を増やして魔物の王と戦うのはまあともかくとして、決定的な違いはおとぎ話の方の〈聖女〉は怪我だけではなく病気まで治せている事だろう。


 もしかしたらレクティも……? だとしたらまた大騒ぎになりそうだ。いっそ知らないままの方が良いまであるかもしれない。


「ルーグ、そろそろルーカス王子の所へ行って来るよ」


 ルーグには事前にルーカス王子から呼び出しを受けた事を伝えてある。俺とルーカス王子に面識があることや、リリィを助けるために俺がルーカス王子の力を借りた事は知っているから、伝えるだけなら問題ない。


「うん。ルーに……じゃなかった。ルーカス王子に宜しくね」


 いま思いっきりルー兄様とか言いかけなかったか……? あと、普通の子爵家の倅は王子と会う相手にそんな伝言は頼まないと思うぞ……?


 レチェリー公爵邸での事件の夜。疲れ果てて帰って来た俺は、うっかり寝ているルーグに「好きだよ、ルクレティア」と愛を囁いてしまった。


 いま思い返してもくっそ恥ずかしい。あの時、ルーグが起きていたのか、それとも寝ていたのか、本人にはまだ聞けていない。


 もし起きていたのだとしたら、ルーグは『俺がルーグの正体は第七王女ルクレティア・フォン・リースであると知っている』事を知っているはずだ。なのに、翌朝からは普段通り俺一人の前でもルーグとして振る舞っている。……いや、振る舞い切れてはいないのだが。


 だから俺としても、どういうスタンスでルーグに接するべきか悩みに悩んで、とりあえず現状維持で接する方向に舵を切った。今まで通り、友人でルームメイトのルーグとして接する。何も難しい事じゃない。


 事じゃないのだが……。


 俺が脱いでいた制服のブレザーに袖を通していると、ツンツンと後ろからブレザーの裾が引っ張られる。振り返ればベッドから降りて来たルーグがノコノコさんを抱えたまま上目遣いで俺を見上げていた。


「あんまり遅くならないでね……? ヒューが居ないとこの部屋、ちょっと寂しいから……」


 心細そうな表情でそんな事を言うルーグに心臓が止まりそうになる。ヤバイ、新婚夫婦みたいでキュンキュンするんだが。俺のルームメイト可愛すぎないか?


「あ、ああ。用事が済んだら急いで帰って来るよ」


「ほんとっ!? えへへ、じゃあ起きて待ってようかな」


「いや、さすがに遅くなるようなら先に寝ててくれ」


 明日は休みだから多少の夜更かしは大丈夫だと思うが、帰りが何時になるかはわからない。それに付き合わせてしまうのはさすがに良心が痛む。


「むぅー。ヒューいま急いで帰って来るって言ったのに」


「急ぎはするが限界はあるからな……? それに、ルーカス王子の用件もわからないし、時間がかかるかもしれないだろ? 起きて待ってなくても大丈夫だ。先に寝ててくれ」


「えー……。だってヒューが居ないとあんまりよく眠れないんだもん……」


 やや不眠症気味なルーグは、俺に抱き着くと本当によく眠れるらしい。だからほとんど毎日、俺が寝ている間にベッドに忍び込んで抱き着いて来る。


 それで毎朝、色々と大変なんだよなぁ……。


「……じゃあ、ご褒美ほしい」


 ノコノコさんをギュッと抱きしめたルーグはポツリと呟くように言う。ちょうど〈忍者〉スキルに切り替えていたので、その声は明瞭に聞き取れた。


「ご褒美?」


「うんっ。ヒューがご褒美くれるなら、頑張って一人で寝てみる」


「ご褒美か……。ちなみに何か希望とかあるのか?」


「えーっと……」


 ルーグは頬を赤く染めてもじもじと体を揺らしながら、俺に聞こえないよう小声でボソッと呟く。






「また、『好きだよ、ルクレティア』って言って欲しいなぁ、なんて……」





 なっ……。

 

 なんでよりによって〈忍者〉スキルに切り替えたときに言うんだよぉっ! 聞こえちゃうだろもぉおおおっ! というかあの時やっぱり起きてたのかよっ! 可愛すぎるだろお前本当にぃっ!


 全力のツッコミを心の中で叫びつつ、平然を装って全力で聞こえなかった振りをするしかない。


「す、すまん。よく聞き取れなかったんだぎゃ……だが」


「あ、え、えっとね! 特に希望があるわけじゃないんだひぇど……けどね!」


 互いに変なところで噛んでしまい、二人揃って両手で顔を覆った。


 そうこうしている内に待ち合わせ時刻まであとわずか。さすがにそろそろ部屋を出なければ間に合わない。遅刻したらリリィとアリッサさんにぐちぐち言われてしまいそうだ。


「あー、えっと。じゃあ、ご褒美になるかわからないんだが、明日どこか出かけないか?」


「お出かけ!? ヒューとデート!?」


 いや、男同士で遊びに行くのをデートとは言わないだろ……と口まで出かかったのだが、


「デートっ、デート~っ♪」


 まあ、ルーグが嬉しそうだからもうデートでいいや。


 現状維持、出来てるのかこれ……。

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