第63話:イジメかっ!!
「ヒューさん、そろそろ教室に戻りませんか?」
「そうだな。体調は大丈夫そうか?」
ベッドから降りようとしているレクティに尋ねる。彼女は「心配しすぎですよ、ヒューさん」と微笑んで答えながら、
「これくらい、だいじょう――きゃぁっ!?」
歩き出そうとした拍子に足をもつれさせてこちらに倒れ込んで来る。
「うわっ!?」
椅子から立ち上がりかけていた俺はレクティを受け止めきれず、そのままレクティを抱えて尻もちをついてしまった。
「いたた……。大丈夫か、レクティ?」
「は、はい。ごめんなさ…………」
気づけば、レクティの顔がすぐ目の前にある。互いの息遣いを直に感じられるほどの距離で、アメジスト色の瞳がこれでもかと大きく見開かれた。
「ご、ごごごごめんなさあさああい!!」
「こっちこそなんかすまん……」
顔を真っ赤にして慌てふためくレクティが落ち着くのを待ってから、二人で教室へ戻ることにした。
階段を上って三階の廊下を歩いていると、遠くからイディオットの声が聞こえて来る。
なんだ……?
口論しているような感じではないが、随分な大声だ。教室に近づくにつれ、その声は明瞭になって行き、ハッキリと聞き取れるようになった。
「いいか! 僕らには聖女の加護がついている! 今こそレクティ嬢の下で僕らは一丸となり、彼女にクラス対抗戦での勝利を捧げるのだ! 我らが聖女、レクティ嬢に栄光あれ!」
『うぉおおおおおおっ! レ・ク・ティ! レ・ク・ティ! レ・ク・ティ! レ・ク・ティ!!』
なんだこれ……。洗脳でもされたのか?
つい数時間前まで血で血を洗う喧嘩をしていたクラスメイト達が一丸となってレクティを崇め奉っている。クラスの半数近くが怪我の治療でレクティの世話になったからと言って、ここまで信奉されるものか、普通?
あまりの出来事に俺たちが立ち止まっていると、教室から酷く疲れた様子のリリィが姿を現した。どうやらスキルで俺たちがこっちへ向かっている事に気づいたらしい。
「リリィ。なんだこれ……」
「私が聞きたいわよ……。ああいえ、もちろん話の流れはわかっているのだけど、理解が追いつかなかっただけ」
リリィは大きな溜息を吐いて事のあらましを教えてくれた。
リリィ、イディオット、ルーグが戻ってすぐ、教室ではクラス対抗戦の指揮官を決める話し合いが始まったらしい。結果的に集団模擬戦で勝利したのは俺たち第三勢力。話し合いの主導権はリリィが握ったそうだ。
「初めは私が指揮官に立候補しようと思っていたの。そしたらイディオットが横から『クラスをまとめるなら指揮官はレクティ嬢が相応しい!』なんて言い出して」
「ええぇっ!? わ、わたしですか!?」
「レクティが嫌がるだろうから、止めようとはしたの。だけどブラウンがまずイディオットに賛同して、そしたらレクティの治療を受けた他の生徒たちもレクティが指揮官なら従うって言いだして……。ごめんなさい、レクティ」
「そ、そんな……」
レクティは口元を手で押さえて愕然とする。
……まあ、クラスの大半がレクティの治療を受けて、ほぼ全員が献身的に治療して回るレクティを見ているわけだしな。あの姿を見たら「この子のためなら頑張りたい」って思うのは自然だ。俺だってそう思った。
レクティを旗印にしてクラスをまとめるのは、結構理に適っている。当の本人の気持ちを考えなければだが……。
「レクティが指揮官に選ばれた流れはわかった。けど、それからどうしてこの騒ぎになるんだよ……?」
教室からはいまだに『レ・ク・ティ! レ・ク・ティ!』の大合唱が聞こえてくる。
「……一部の生徒がレクティの出自を理由に反対意見を出したの。模擬集団戦でほとんど戦わずに怪我を負わなかった生徒ね。彼らの主張を聞いて、イディオットが反論というか、レクティの素晴らしさについて演説し始めて、段々と変な方向に……。クラスのお調子者やレクティの隠れファンも悪乗りしてこの有様よ……」
「うわぁ……」
あまりの惨状にドン引きして思わず声が漏れ出てしまった。レクティはもう顔を真っ赤にして、目じりに涙をためてプルプル震えている。
「わたしっ、やっぱりイディオットさん大嫌いですっ!!」
……まあ、うん。そうなるよな……。
その後、「レクティコール」はぶち切れたレクティが教室に乗り込み〈身体強化〉込みの全力でイディオットを張り倒した事で終息した。
ただ、クラス対抗戦に向けてクラスをまとめるにはやはりレクティが指揮官になるしかないという結論になり、俺とリリィの説得を受けてレクティはしぶしぶ了承。
一年A組はレクティを指揮官に据えてクラス対抗戦を戦う事となった。
なお余談だが、この一連のやり取りを「青春ッスねぇ~」なんてのんびり見ていたアリッサさんは後日、安全管理義務を怠って怪我人を大量に出したとして減給処分を食らい、「これくらいの怪我、騎士団じゃ日常茶飯事ッスよぉ~!」と咽び泣いていた。
……王国騎士団には絶対に入りたくないな。
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