第60話:あなたがッ 回復するまで 治すのをやめないッ!

 ……これはもう、模擬集団戦とか誰が指揮官だとか言ってる場合じゃないな。


 既にレクティが怪我人の手当てを始めていて、俺とルーグも手分けして救助を始める事にした。イディオットはいまだ戦っている連中の仲裁に向かっている。


「レクティ、大丈夫か?」


「は、はいっ! ヒューさん、この人の体を支えてあげてください……!」


「わかった」


 ちょうどレクティが治療しようとしていたのはスレイ殿下派に属する貴族の男子だ。イディオットの取り巻きだった一人で、足を押さえて蹲っている。


「治療をするので傷口を見せてください」


「くっ……。下民風情が気安く触るな!」


 治療しようとしたレクティの手を、男子は乱暴に振り払おうとする。


「お前っ――」




「関係ありませんっ!」




 俺が慌てて止めようとした瞬間、普段あまり大声を出さないレクティが声を張り上げた。男子生徒は驚いた様子で目を見開く。


「下民とか、貴族とか、平民とか、どうでもいいです! わたしには怪我を治せる〈聖女〉のスキルがあって、あなたは怪我を負った怪我人です。だから、わたしはあなたを治しますっ。傷を見せてください……!」


「……っ、あ、ああ」


 男子生徒はレクティの迫力に気圧されたように、抵抗を止めて傷口を見せた。患部は青紫色に変色して大きく腫れ上がり、傷口からは出血もある。ともすれば骨折していそうな怪我だったが、


「〈ヒール〉」


 レクティのスキルによって傷は瞬く間に回復していく。


「これが〈聖女〉スキルの力なのか……」


 その様を眺めていた男子生徒はポツリと呟く。やがて変色していた肌は元の色に戻り、傷跡一つ残っていなかった。


「もう大丈夫だとは思いますが、傷が塞がって間もないのでしばらく休んでいてください」


「あ、ああ……」


 呆然とした様子の男子生徒から離れ、レクティは近くの別のクラスメイトの元へと向かう。次は平民の女子生徒だ。彼女は大人しくレクティの治療を受けながら、疑問をレクティに投げかけた。


「どうして貴族の治療をするの? 貴方は平民でしょう……? 貴族に恨みがないの?」


「……無いと言えば、嘘になります。嫌な思いも、怖い思いもしました。だけど、わたしを助けてくれたリリィちゃんもヒューさんも貴族です。お二人は自分が貴族だから、わたしが平民だから、そんな理由で助けてくれたわけじゃないと思います。だからわたしも、貴族も平民も関係なく助けたいって思うんです……!」


「…………そう」


 レクティの言葉に思うところがあったのだろう。女子生徒はそのまま考え込むように黙って自分の傷が癒えるのを見続けた。


 ……違うぞ、レクティ。俺は入学試験の日、〈洗脳〉スキルの露見を恐れるあまりイディオットに絡まれていた君を見捨てようとしたんだ。


 あの場にリリィが来たから結果的にレクティを助ける流れにはなったけど、もしリリィが居合わせていなかったら、俺はたぶんレクティを助けてなかっただろう。


 俺はレクティから引き合いに出されるような立派な人間じゃない。


 ……だからせめて、今からでもそうなれるように頑張ろう。


 レクティが〈聖女〉スキルで治療して回っている間、俺はルーグと共に怪我人の応急処置に専念した。出血している生徒は傷口を布で縛り、骨折しているらしき生徒は患部を添え木で固定する。酷い怪我の場合にはレクティを呼んで優先的に治療してもらった。


 だいたい怪我人の半数近くの治療を終えた頃だろうか。遠くから木々の枝葉がぶつかり合う音と、何か重い物が落下したような衝撃が伝わって来た。


 なんだ……?


 忍者スキルなら出所を掴めたかもしれないが、今はスキルを〈剣術〉に切り替えている。普段より感覚は研ぎ澄まされているものの、すぐには場所の特定が出来なかった。


「誰か――っ!」


 続いて聞こえてきたのは、女子生徒の悲鳴混じりの声。俺はルーグに少し離れると伝え、その声がした方角へ走った。だいたい50メートル離れた所で、倒木とすぐ近くでくずおれる女子生徒が目に入った。


 あれは、アン・トラージか?


 スレイ殿下派の中心的な女子生徒。彼女は俺の接近に気づくと「助けて!」と叫ぶ。


「ブラウンが私を庇って、木の下敷きに……っ!」


「なっ――」


 慌てて倒木に駆け寄ると、うつ伏せで木の下敷きになったブラウンが苦悶の表情を浮かべていた。


「し、しっかりしろ、ブラウン! 待ってろ、すぐに助ける!」


「ヒュー……プノシス、か。貴族が、平民を助ける、のか……?」


「貴族とか平民とか言ってる場合か!」


 俺はすぐさまブラウンにのしかかる木を持ち上げようとして、とても一人では持ち上げられない重さだと気づく。下手に動かそうとすればブラウンに更なるダメージを与えかねない。


 どうする……!? ここでスキルを切り替えるか……!?


 いや、落ち着け……! そんな事をすれば〈洗脳〉スキルの露見は避けられない。ブラウンを助けるために、今の生活すべてを捨てるつもりか……!?


 だけど、見殺しにするわけにも……!


「ヒューさんっ!」


「ヒュー、何があった!?」


 葛藤しながらも胸ポケットに手が伸びる寸前で、レクティとイディオットが駆け付けてくれる。助かった……!


「手伝ってくれ! ブラウンが木の下敷きになってるんだ!」


「そんな……っ!」


「くっ、急ぐぞ!」


 レクティとイディオットが木を動かすために力を貸してくれるが、〈身体強化〉を持つ二人を加えても木はなかなか持ちあがらない。せめて少しでも持ち上ればブラウンを引きずり出せるのに……!


 騒ぎを聞きつけたのだろう。レクティが治療したクラスメイトたちが集まって来る。


「誰でもいい、手伝ってくれ!」


 俺の呼びかけに、誰もすぐには動こうとしない。けれどその中で、二人の生徒がこちらへ向かって来る。初めにレクティの治療を受けた貴族の男子生徒と、平民の女子生徒だ。彼らに続いて他の生徒たちも木を持ち上げるために駆け寄って来た。


「一斉に持ち上げるんだ! せーのっ!」


 掛け声とともに力を合わせ、10人がかりでようやく木が持ち上がった。その隙にアンとブルート殿下派の女子生徒がブラウンの体を引っ張り抜く。


「ブラウン、しっかりして!」


「ぅ……」


 アンの呼びかけに、ブラウンの反応は鈍かった。顔色は青白く、口からは血を吐いている。内臓を損傷しているんだろうか。下敷きになっていた胴体部分には骨折もありそうだ。今から医療機関へ運び込んだとしても、とても助かる怪我には見えない。


 今度こそ〈洗脳〉スキルを使うべきか。そう考えた矢先、レクティがブラウンに駆け寄った。


「わたしが絶対に助けます……っ! 〈ヒール〉!」


 レクティはブラウンを治療するためスキルを発動させた。


 だけど、彼女は既に何十回とスキルを使って怪我の治療をし続けている。連続使用の負荷は確実にレクティを蝕み、彼女の表情には明らかに疲労の色が浮かんでいる。


「無理をするな、レクティ嬢! このままでは君まで……!」


「……頼む。止めないでやってくれ、イディオット」


「ヒュー!? しかし……!」


 イディオットの気持ちはわかる。レクティの苦しそうな表情を見て、俺もすぐさまスキルを切り替えて治療を引き継いでやりたいと思っている。


 ……だけど、レクティのこんな必死な表情は見たことが無い。もしかしたら、彼女はいま自分の殻を破ろうとしているんじゃないか。だとしたら、その邪魔はしたくなかった。


 もしレクティが途中で力尽きたら、後は俺が何とかしよう。


 だから、


「あと少しだ……! 頑張れ、レクティ!」


「くっ……。レクティ嬢、踏ん張るんだ……!」


 俺やイディオットに続き、見守る事しか出来ないクラスメイト達が口々にレクティへ声援を送る。ブラウンの傷は少しずつだが着実に癒え始め、顔色も段々と良くなっていった。


 その一方で、レクティの顔色は目に見えて悪くなっていく。


「ぅくっ、ぅううううううううっ!」


 最後の方は必死に歯を食いしばり、唸り声を上げながら、レクティは限界までスキルを使い続けた。


 やがて、


「終わっ――」


「レクティっ!」


 レクティの体が仰向けに倒れそうになり、俺は彼女の体を抱きとめる。


 レクティは額に大粒の汗を浮かべ、疲労に顔を青くしながら、それでもやり切った表情を浮かべていた。ブラウンは気を失ったままだが、見える範囲の傷は癒えている。顔色も悪くない。レクティは治療をやり切ったのだ。


「お疲れさま。よく頑張ったな、レクティ」


「はい……っ」


 俺の労いに微笑んで頷き、レクティはそのまま充実感に満ちた表情で意識を手放したのだった。

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