第59話:リリィ「ヒューはたぶん貧乳の方が好きよ」ルーグ「ぶほっ!?」

「始まったわね。ヒュー、スキルを使いたいから腕を貸してくれるかしら?」


「ああ、わかった」


 リリィの隣へ移動すると、彼女は俺の腕を両手で抱きしめるように掴む。張りのある豊かな弾力が俺の腕に押し付けられ、桃のような甘い香りに包まれる。思い出されるのはあの日、唇に触れた感触だ。


「……っ」


 思わず体を硬直させてしまった俺に、ルーグがジト目を向けてくる。


「ヒュー? どうしたのかなぁ、そんな緊張しちゃって」


「な、何でもない。何でもないからな、ルーグ」


「ふぅーん……?」


 ルーグから疑惑の目を向けられながら、リリィがスキルを使えるように体を支える。彼女はスキル発動中、視界が俯瞰視点に代わってしまうため通常の視界が失われてしまうのだ。椅子に座らせるか、こうして支えなければ安全にスキルを発動できない。


「見えるか……?」


「少し待って。範囲ギリギリだから見えづらいけれど…………見えたわ。両陣営とも真っすぐエリアの中央に向かっているわね」


「ってことは、こっちはスルーされたのか」


 俺たちを狙うならスレイ殿下陣営は南下し、ブルート殿下陣営は東進するはずだ。リリィの見た限りではその動きはないらしい。


「彼らは互いを敵視し続けていたもの。初めからこちらなんて眼中に無かったのでしょうね。……ふぅ。ありがとう、ヒュー」


 リリィはふふっと微笑んで俺の腕を解放する。


 それから「むぅ」と頬を膨らませるルーグに何かを耳打ちすると、「ぶほっ!?」とルーグが噴出して顔を真っ赤にしていた。おい、王女様がしちゃいけない噴き出し方してたぞ。いったい何を耳打ちしたんだお前は……。


「それで、我々はどう動けばいいのだ。敵陣に突っ込めばいいのか?」


「どんだけ突っ込みたいんだよ……。けど、確かに今なら簡単に攻め落とせるかもな。リリィ、敵陣には何人くらい残ってるんだ?」


「ゼロ人よ」


『………………はい?』


 予期せぬ返答に、この場に居るリリィ以外の全員が首を傾げた。リリィもリリィで呆れた様子で額に手を当てている。


「どっちの陣営も防衛戦力はゼロ。指揮官含め全員で中央エリアに突撃しているわ」


「こっちを無視してるどころか勝つつもりが無いのか……!?」


「双方とも相手が私たちを狙うと読んで、敵陣を目指していたのかもしれないわ。……いえ、だとしても普通は防衛戦力を残すものよね……。両陣営が激突することは予想していたけれど、双方とも全軍突撃はさすがに想定外だわ」


 リリィは本当に理解できない様子で首を横に振って溜息を吐く。実は裏で両陣営が結託していて、エリア中央で合流し両軍で俺たちを攻めようとしてる…………なんて可能性はないな、うん。


 スレイ殿下派とブルート殿下派のクラスメイトたちの仲の悪さは本物だとしても、さすがにちょっと血気盛んすぎるだろ……。


 前世の15歳の頃なんて、自分も周りも政治に欠片も興味なかったからな……。こういう所で自分が異世界から来た異物だと思い出してしまう。


「……どうして、そんなにも互いを憎しみあっているんでしょうか」


 ポツリと、レクティが呟いた。


 答えたのはイディオットだ。


「スレイ殿下派に限って言えば、焦燥感があるのだろう。グリード・レチェリーの犯した大罪とブルート殿下の貴族批判は、既存の貴族特権を脅かす程の衝撃だった。父上たちの世代はどうか知らないが、僕らは王立学園などで平民と接する機会も多い。貴族へ向けられる国民感情の変化には敏感にならざるを得ない。貴族としてのアイデンティティーを守るためには、平民相手に強く出るしかないのだよ」


「平民側としても、これまでずっと貴族の横暴には我慢してきたでしょうから……。レチェリーの悪行は我慢の限界を超えるものだった。彼らの怒りはもっともだわ」


「……けど、それでは、ずっと争いが続くだけです。今は同じクラスメイトなのに……!」


 レクティは胸の前で両手を握りしめる。彼女の言う通り、このままではエスカレートして行きつくところまで行ってしまいそうだ。


「レクティ嬢、君はどうしたい?」


「え……?」


「僕は君が望むとおりに動こう」


 イディオットはレクティを前に片膝をつきながら尋ねる。普段の気障な雰囲気とは少し違う。彼は真剣な表情でまっすぐにレクティを見上げていた。


「……そうね。これからの方針はレクティに決めてもらいましょう。いいかしら?」


 リリィに尋ねられ、俺とルーグは揃って首を縦に振る。


「えっ、えぇっ!?」


「大丈夫よ、レクティ。あなたに責任を押し付けたいわけではないわ。私たちはあなたと同じ気持ちだから、あなたの言葉が聞きたいの」


 たぶんきっと、俺ではなく、ルーグでもなく、リリィやイディオットでもないからこそ、レクティの言葉は意味を持つ。


 レクティは緊張した面持ちで頷き、言葉を紡いだ。


「こんな争い、しちゃダメです。わたしは、争いを止めたい、ですっ!」


 レクティが勇気を出して紡いだ言葉に、俺たち全員が頷いて答える。


「決まりだな」


「うんっ、やっぱり止めなきゃダメだよね。……ちょっと責任も感じるし」


「急ぎましょう、既に戦闘は始まっているはずよ」


「はい……っ!」


「安心してくれ、レクティ嬢。このイディオット・ホートネスが争いを止めて見せようではないか!」


 俺たちは早速、全員で陣地を離れてエリアの中央へ向かった。


 〈身体強化〉を持つイディオットとレクティが先行し、その後を俺とルーグが追う。運動が苦手なリリィには無理しないように伝えたのだが、俺たちから遅れないよう必死に走っていた。それでもけっこうな差がついてしまったが……。


 中心までは距離にして約700メートル。2分ほど走って、ようやく主戦場に辿り着く。俺とルーグが到着した時点で、既に戦いはほとんど終わりかけていた。


「うわぁ……」


 思わずといった様子でルーグが言葉を漏らす。俺も頭を抱えたくなった。


 そこに広がっていた光景はまさに死屍累々……とまではさすがにいかないが、怪我を負ったクラスメイト達がそこらへんに転がっている。


 両陣営が真正面からぶつかった決戦は、どうやら超短期決着に終わったらしい。

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