第58話:撲殺聖女レクティちゃん
スレイ殿下陣営はアン・トラージ、ブルート殿下陣営はブラウン、俺たちルーカス王子陣営はリリィがそれぞれ指揮官となり、さっそく教室から学園内の森林演習場へ移動する。
アリッサさんによれば森林演習場の広さは一辺1000メートル程度と、本番のフィールドの半分しかない。人工的に作られた森林のため起伏が乏しく、身を隠せるような遮蔽物が少ないのも特徴らしい。
敵に気づかれないように移動して奇襲や待ち伏せといった作戦は取りづらい。真正面からぶつかり合うのは避けられない地形だ。
「全員に武器は行き届いたッスかね? それじゃ、スレイ殿下陣営はA地点、ブルート殿下陣営はC地点、残りはB地点に移動するッス」
倉庫でそれぞれ思い思いの木製武器を手にして、アリッサさんの指示通りに分かれる。
A地点とC地点は対角の位置にあり、俺たちが割り当てられたB地点はAとCに挟まれた角になる。どちらからも近く、三つ巴のこの模擬集団戦では挟み撃ちにされる可能性が非常に高い地点だ。
森林演習場のほぼ外れ、木々がなく見晴らしのいい小さな丘の上にB地点のフラッグが立っていた。俺たちはたった五人でこの地点を死守しなくてはいけない。
模擬集団戦の開始までには十分間のインターバルが設定されている。この間に俺、ルーグ、リリィ、レクティ、イディオットの五人はひとまずフラッグの近くに集まって作戦会議を行う事にした。
「と言っても、たった五人では取れる作戦なんて限られているけれど」
「守りに徹するしか無いよなぁ」
スレイ殿下陣営は15人、ブルート殿下陣営は10人。数の差は三倍と二倍で、こちらが圧倒的に不利だ。
「なぁに、このイディオット・ホートネスに任せておくといい。この程度の人数差なんて僕とヒューで簡単にひっくり返して見せようではないか!」
「勝手に俺を巻き込むなよ……。まさか二人で敵陣に突っ込むつもりか? 守りが手薄になるぞ」
移動中トイレに寄ってスキルを〈剣術〉に切り替えてきたから、俺とイディオットで敵陣に突っ込めば片方の陣営は潰せるかもしれない。
だけど、今回の模擬集団戦は三つ巴だ。もう一方の陣営が俺たちの留守中に攻め込んできたら、ルーグとリリィとレクティの三人で防衛を強いられる。
「む……。リリィ・ピュリディ。貴様のスキルは〈職業スキル〉だろう。戦闘向きの力も内包しているのではないか?」
「一通りの武器を試してみたけれど、残念ながら手に馴染む感覚はなかったわ。〈身体強化〉の恩恵もないし、運動神経の悪さには昔から頭を悩ませているの。戦力としてはカウントしないでちょうだい」
リリィは辟易とした様子で溜息を吐く。どうやら運動が出来ないことがコンプレックスでもあるらしい。
ただ、その欠点を補って余りあるほど彼女のスキル〈
戦争でのスキル運用を目的に生徒を集める王立学園の入学試験でリリィが首席合格だったのは、一兵卒ではなく指揮官として評価されてのことだろう。そうでなければ単純な戦闘力で勝るイディオットが首席に選ばれていたはずだ。
「じゃあ、ここはボクの出番だね! ヒューたちが攻撃に出ている間、ボクのスキルで陣地を守るよ!」
ルーグが自信満々に胸を張る。ルーグのスキル〈
「さすがに一人じゃ多勢に無勢だと思うぞ? いくらスキルが強力でも、ずっと使い続けられるわけじゃないだろ?」
「あ、そっか……」
ルーグはシュンと肩を落とす。ルーグの〈風撃〉は強力だが相手を戦闘不能にできるほどの威力があるわけじゃない。スキルが使えなくなった隙に接近を許せばそのまま押し切られてしまうだろう。
俺も最近授業で習って知ったのだが、スキルの使用には肉体的にも精神的にも負荷がかかるらしいのだ。特に〈
ルーグにスキルの連続使用を強いるような作戦は避けたいところだ。
……思い返せばルーグが誘拐された際、俺も〈洗脳〉スキルの対象人数を増やそうとして途轍もない頭痛に襲われた事があった。あれは今にして考えると、〈洗脳〉スキルの脳への負荷が許容範囲を超えてしまったから起こったものかもしれない。
今のところ〈忍者〉や〈千里眼〉を使っている分には負荷を感じた経験はないが、もしかして切り替えるスキルによっては心身に大きな負荷がかかることもあるんだろうか……?
「ならば防衛戦力として一番期待できそうなのはレクティ嬢か……」
「ふぇっ、わたしですか!?」
俺が思い耽っている間にイディオットから名前を出され、レクティは驚きの声を上げる。
彼女の手には木製の棍棒が握られていた。
……何を隠そう、実はレクティの〈聖女〉スキルには〈棒術〉のスキルが内包されているらしく、棍棒や杖などの武器に適性があったのだ。
しかも〈身体強化〉のオマケ付きである。単純な戦闘力ならたぶん〈洗脳〉スキルなしでは俺でも勝てない。
そういえば街中でイディオット相手に追い掛け回されても逃げ切ってたんだよな、レクティって。あの時は知らず知らずの内に〈身体強化〉を使っていたんだろう。
「しかしレクティ嬢に陣地の防衛を押し付けてしまうのは……むむむぅ」
イディオットは腕を組んで悩みだす。
「そもそもレクティには荷が重すぎると思うぞ、性格的に」
俺がそう指摘すると、レクティは同意するようにうんうんと首を縦に振った。棍棒に適性があるからと言って、実際にその棍棒で人を殴れるかどうかは別問題だ。
「ふむ……。ならば仕方がない、僕だけでも果敢に敵陣へ切り込もうではないか!」
「却下よ、イディオット。私の予想が正しければ、こちらから動く必要はないわ」
「なに? リリィ・ピュリディ、それはどういう――」
イディオットが疑問符を浮かべたと同時、遠くからラッパの音が聞こえてきた。
インターバルの終了と模擬集団戦の開始を告げる合図だ。
〈作者コメント〉
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