第57話:みつど〇え

 それからすぐに授業の始まりを告げる鐘が鳴り、教室に担任のアリッサさんが入って来た。今日は朝から昼食の時間まで授業ではなくロングホームルームの予定になっている。来月に控えたとある学園行事へ向けての話し合いをするようだ。


 この雰囲気の中で話し合いなんて紛糾する未来しか見えないが……。


「はーい、注目ッスー。全員揃ってるッスねー? これから来月のクラス対抗戦に向けた話し合いを始めるッスよー」


 クラス対抗戦とはその名の通り、3学年4クラスの合計12クラスがトーナメント形式で模擬集団戦をする行事らしい。


 立ち位置的には前世の学校で言う体育祭みたいな感じだろうか。


「クラス対抗戦のルールは簡単ッス。各クラス指揮官を一人選んで、指揮官が戦闘不能判定を受けるか、指揮官以外が全滅するか、指定された陣地を制圧されたら敗北になるッス。つまりその逆が勝利条件ッスね」


 ざっくりとした説明をざっくり受け取ると、戦争ごっこだな。戦争でのスキル運用を前提に生徒を集めている王立学園らしい行事だ。


「スキルの使用は非殺傷性のスキルに限るッス。このクラスだとヒュー少年の〈発火ファイヤキネシス〉は使用禁止ッスね。鉄を溶かす炎で焼かれたら誰でも即死ッスから」


「ヒューが活躍するところ見たかったけど、こればっかりは仕方がないよね」


 ルーグが俺と目を合わせて苦笑する。俺が入学試験で〈発火〉を使うところをルーグは見ているからな。あれはさすがに模擬戦で人相手には使えない。


「なに、ヒューならばスキルなしでも問題あるまい。なんせこの僕と互角の剣技を持つ男なのだからな。ヒューの活躍はイディオット・ホートネスが保証しようではないか」


「期待してくれるのは嬉しいがプレッシャーかけないでくれ」


 イディオットはこれでも、剣術に関しては俺の知る限りでロアンさんやアリッサさんに次ぐ実力者だ。もちろん王国騎士団の二人の実力は突出しているが、もしかしたら守勢に回った時のしぶとさではイディオットの方が勝るかもしれない。


 だからイディオットに期待されるのは嬉しいしのだが、複雑でもある。


 イディオットからの評価は〈剣術〉にスキルを切り替えたからこそだからな……。俺本来の実力へ対する評価ではないから素直に受け取りづらい。アリッサさんとの稽古でもっと剣の腕を磨いて、いつかはスキルなしの剣の実力を評価されたいものだ。


 その後は模擬集団戦の細々としたルールが説明された。戦闘エリアは一辺が約2000メートルの正方形に設定された王都近郊の森林地帯。対戦クラスがそれぞれ対角に陣地を構えた状態で模擬集団戦はスタートする。


 試合時間は2時間。この時間でどちらも勝利条件を満たせなかった場合は双方が敗北と判断されて次戦の相手は不戦勝になる。本気で優勝を目指すなら攻めなくちゃいけないというわけか。


「さて、ここからが本題ッスね。このクラスの指揮官を決めなくちゃいけないわけッスけど……」


 アリッサさんは教室を見渡して苦笑する。


「誰か自分がやりたいって人は居るッスか?」


 …………誰も手を上げない。そりゃそうだよなぁ。この最悪な雰囲気のクラスで指揮官をやりたいなんて誰も思うまい。


「能力的に考えればリリィ嬢が適任ではあるッスけど」


「皆が望むならやぶさかではありません」


 アリッサさんに名前を出され、リリィは条件付きで受け入れる。ただ、その条件が満たされることは無さそうだ。


「裏切り者の下で戦うことなど出来ません!」


 そう声を上げたのはスレイ殿下派に属するポニーテールの女子生徒。イディオットの取り巻きだった一人だ。名前はたしかアン・トラージだったか。


 スレイ殿下派からしたらルーカス王子に鞍替えしたピュリディ家の指揮で戦うのは受け入れられないだろうな。


「彼女の下で戦うくらいなら、私が指揮官に立候補します!」


「それこそ受け入れられるものか!」


 今度は廊下側、ブルート殿下派の方から声が上がる。立ち上がって反対意見を唱えているのはガタイのいい男子生徒。平民出身の、名前はブラウンだったと思う。


「腐敗にまみれた貴族に顎で使われるのは我慢ならん! 俺も指揮官に立候補させてもらう!」


「私たちを愚弄する気!? 平民の指揮で戦うなんてできるわけないでしょう!?」


「こちらこそ貴族のワガママに振り回されるのは御免だな!」


 スレイ殿下派とブルート殿下派で激しい口論が沸き起こる。間に挟まれた席に居る俺たちは堪ったもんじゃない。


 リリィは呆れ顔で溜息を吐きルーグは困り顔を浮かべているが、レクティはすっかり怯えて首をすくませながらこっそり俺の手を握っていた。


 アリッサさんは教え子たちの口論を「青春ッスねー」とか言いながらのんびり眺めている。この程度の小競り合い、王国騎士団では日常茶飯事なんだろう。これ掴み合いの喧嘩になっても止めない感じか……?


 どう収集をつけたものか。悩んでいると、ふと目の前に座る男の後頭部が目に入った。


「イディオットは立候補しないのか?」


「わかっていないな、ヒュー。僕が後方でふんぞり返って指揮をするタイプに見えるのか?」


「あー、そうか。どちらかと言えば後先考えず最前線に突っ込んでいくタイプだよな」


「そこはかとなく馬鹿にされているような気もするが、否定はしない。僕のスキルは戦場の最前線に立ってこそ輝くのだからな!」


「そうか……?」


 イディオットのスキル〈守護者シュバリエ〉は攻めにも使えるが、どちらかと言えば守りでこそ輝くスキルだと思うんだが……。もし俺が指揮官なら、防衛の要として常に傍に置いておきたい戦力だ。


「君の方こそどうなのだ。立候補はしないのか?」


「いや、俺は論外だろ……。リーダーシップがあるわけじゃないし、俺だって貴族だ」


 明言こそしていないがリリィと行動を共にする事が多いから、スレイ殿下派からはルーカス王子派だと思われているだろう。そして貴族そのものを嫌っている節があるブルート殿下派からも受け入れられまい。


 とても話し合いという雰囲気ではなくなった教室内で時間だけが過ぎていく。やがて口論が殴り合いの喧嘩に発展しようかという絶妙なタイミングで、


 ――パァン!!! と、アリッサさんが大きく手を叩いた。


 教室に鳴り響いた音に、ヒートアップしていた両陣営が口を閉ざす。教室中の視線を集め、アリッサさんはにっこりと微笑んだ。


「どうせ殴り合いの喧嘩するなら、広いところでしようじゃないッスか。というわけで、これからクラス対抗戦のルールに則った模擬集団戦を校舎裏の森林演習場で行うッス。そこで勝った陣営が指揮官を選べて、負けた陣営はそれに従うって事で。文句ないッスね?」


 アリッサさんの提案に両陣営のクラスメイトたちはこくりと頷いた。


 彼らにとってもアリッサさんの提案は魅力的だろう。なんせ合法的に相手を力で従わせられるまたとない機会だ。日頃の鬱憤や不満を暴力で晴らすこともできる。


 ……口論がエスカレートするタイミングを見計らってたんだな、アリッサさんは。クラスの指揮官役は初めから模擬集団戦で決めさせるつもりだったに違いない。


 スレイ殿下派とブルート殿下派、そしてどちらにも属さない俺たち5人。


 三つ巴の模擬戦争が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る