第56話:ポチチッチ・ホートネス

 聖女についてリリィに詳しく尋ねようかとも思ったが、レクティが居る場ではやめておこう。物騒な話になったら彼女を不安にさせてしまうかもしれない。


 そう思っていたのだが、


「聖女様ですか……。どんな方なんでしょう……?」


 興味を惹かれたのか、レクティは自分からリリィに尋ねる。


「そうね……。私もあまり詳しくはないけれど……、確か今年に入って代替わりしているわ。年齢は私たちと同い年のはずよ。本来なら王立学園に通っていてもおかしくないけれど、教会を慮って特別に入学を免除されているんじゃないかしら」


「さすがの王令でも教会には逆らえないからね」


「教会勢力と敵対して碌な事にならないのは歴史が証明しているもの」


 ルーグとリリィが神妙な顔をして頷きあう。どうやら神授教とリース王国の歴史にも色々あったらしい。その辺は歴史の授業でもちらっと触れてたな。


 確か何代か前の国王が神授教と仲違いして破門され、赦してもらうために裸足で何日も大聖堂の前に立ち続けたとか。前世でも聞いたことのある話だ。国と宗教との関係はどんな世界でもあまり変わらないらしい。


 なんて考えながら歩いている内に、校舎の3階に辿り着いた。


 教室に入るとピリピリとした異様な雰囲気を肌に感じる。


「またか……」


 思わず呟いてしまった理由は、教室に既に集まっていたクラスメイト達。彼らは窓側と廊下側に別れて固まるように席についている。座席は自由なためそれ自体は別に問題ないのだが、彼らが醸し出す緊張感は何とも息苦しいものだった。


 この状況はもうかれこれ一週間以上続いている。


 きっかけはリリィの婚約騒動と同じ、およそ二週間前のレチェリー公爵邸での事件だ。


 あの事件の翌日、王都の新聞各社は一斉にレチェリー公爵の人身売買への関与を報道した。王都の住民を攫って売り払い財を成していたという大悪行は、当然のように王都住民の反発を招く。積もり積もっていた貴族や王政への不満も噴出し、一部過激派が革命を声高に叫んで王国騎士団に拘束されるなどの事件も起こった。


 この混乱に乗じて頭角を現したのが、第二王子のブルート殿下だ。


 これまで軍部や衛兵の支持を受けていた彼は王都住民へ向けた演説を行い、公然と貴族の腐敗や王政の怠慢を指摘した。この演説は王都住民に幅広く支持され、民意はブルート殿下の王位継承を後押しする形になった。


 今の教室の雰囲気はその余波を受けたものだ。


 廊下側に座るのが、ブルート殿下の陣営を支持する生徒たち。平民出身者や軍部との関りが深い貴族の子女が中心で、10名のグループを形成している。


 もう一方、窓側の席に集まっているのはスレイ殿下の陣営を支持す貴族の子女たちだ。こちらは15名と教室内では最大勢力。


 そしてどちらにも属さない生徒が一人、教室の中央にポツリと座っている。


「おはよう、ヒュー。リリィ・ピュリディとルーグ、レクティ嬢も」


「おはよう、イディオット」


 たった一人で座っていたイディオット・ホートネスは教室に入って来た俺たちを見つけると、気さくに手を上げて声をかけて来た。


 俺たちはイディオットが座っている席の後ろの座席にリリィ、レクティ、俺、ルーグの順で並んで腰を下ろす。ここ一週間ほどはこの席がどちらの陣営にも属さない俺たちの定位置になっていた。


 まあ、実質的にルーカス王子陣営だな、俺たちは。


「また今日も一人なのか?」


 スレイ殿下陣営の生徒の方をチラリと見つつ、俺はイディオットに問いかけた。


 彼の実家であるホートネス侯爵家はスレイ殿下の陣営に所属している。しかもリリィの実家であるピュリディ侯爵家がルーカス王子の陣営に鞍替えして以降は、陣営の筆頭としてスレイ殿下を支えているはずだ。


 本来ならスレイ殿下派閥の生徒たちのトップに居てもおかしくない。実際、教室がこんな状況になってすぐはイディオットもスレイ殿下派閥の一員だった。


 ……のだが、日に日に彼らとは距離を置いて今ではすっかり単独行動が板についている。取り巻きに囲まれて調子に乗っていたのが遠い昔の事のようだ。


「彼らとは意見の相違が多くなってしまった。互いのためにも今は距離を取るのが賢明だろう」


「あー……、それもそうだな」


 イディオットは王位継承権争いにそれほど興味を示していなかった。そのあたりの熱量で周囲との軋轢が生まれてしまったんだろう。取り巻きから悪影響を受けている節もあったし、イディオットにとって彼らと距離を置くのは良い選択かもしれないな。


「嗚呼、それにしてもレクティ嬢。今日の君もまた一段と美しい」


 イディオットは髪を掻き上げながら半身をこちらへ向け、レクティを口説き始める。


「君の可憐さはまるで荒れ地に咲く一輪の――」


「やめてください」


「あ、はい」


 ぴしゃりと拒絶され、イディオットはしゅん……と肩を落として前を向いた。


 このところ、レクティは段々とイディオットに対して物怖じしないようになっている。レクティが成長したというよりは、イディオットの従順な姿勢が彼女の恐怖心を取り除いているんだろう。


 この二人、出会いの第一印象が最悪でさえなければ、意外と上手く行ったんじゃないか……?









〈作者コメント〉

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