第61話:ペロッ…これは、恋の予感!
その後、俺たちはレクティとブラウンを学園の保健室へ運びこんだ。二人とも意識を失ってベッドに寝かされては居るが、保健医にはすぐ目覚めるだろうと診断されている。
他のクラスメイトの怪我も保健医の回復系スキルで治療された。保健医の回復系スキルでは骨折などの大怪我は癒せないらしいのだが、そこはレクティが重傷者から優先して治療していたのが功を奏した形だ。
軽傷者しか残っていなかったためスムーズな治療が出来たと、保健医がレクティを褒めてくれた。寝ている本人に直接聞かせてやれなかったのが残念だな……。
クラスメイト達の治療が終わった頃、先にブラウンが目を覚ました。
レクティの治療は完璧だったらしく、痛みや違和感は全くないらしい。ただ、保健医から念のためもう少しだけ休むように言われ、起き上がろうとしていたブラウンは再びベッドへ体を沈み込ませる。
倒木の原因となった生徒たちからブラウンに謝罪があり、それをブラウンが受け入れるという一幕もあってから、クラスメイト達は教室へ戻って行った。
さっきまで血みどろの争いをしていた彼らだったが、クールダウンして今は互いに言い争う様子すらない。模擬集団戦が良いガス抜きになったんだろうな。アリッサさんの狙い通りか……?
保健室に残ったのは俺、ルーグ、リリィ、イディオットの四人。そしてアン・トラージだ。
アンはブラウンが眠るベッドの傍で椅子に腰かけ、彼の額を濡れタオルで拭いている。
「よしてくれ、ミス・トラージ。俺は君にそんな事をさせたくて助けたわけじゃない」
「命を助けて貰って何の恩返しもしないなんて、私をトラージ家の恥さらしにするつもり? 暴れないで大人しくして」
「むぅ……」
ブラウンは視線を反らし、アンの好きにさせている。頬が少し赤らんで見えるのは、俺の気のせいではないはずだ。
「……ねえ、どうして私なんかを助けたの。貴方は貴族を恨んでいるんでしょ?」
「君を助けたかったわけじゃない。あの場面では誰だかわかっていなかったしな。咄嗟に体が動いただけだ」
「ふーん。そっか……。優しいんだ、ブラウンは」
「……っ。も、もういいだろう! レクティのおかげで怪我も回復したからな! そろそろ教室に戻らせてもらう!」
気恥ずかしさに耐えきれなかったのか、ブラウンは頬を赤くしてベッドから飛び起きた。そのまま保健室から出て行こうとして、寸前で踵を返してこちらへ戻って来る。
「ヒュー・プノシス。レクティはまだ目を覚まさないのか……?」
「ああ。けど顔色は段々と良くなってきた。たぶんすぐに目を覚ますよ」
「そうか……。出来れば今すぐにでも謝意を伝えたかったんだが……」
「そう慌てなくても、クラスメイトなんだから機会はいくらでもあるんじゃないか?」
「そうだな。……っと、君にも感謝を伝えなければいけないな。ありがとう、ヒュー・プノシス。君が真っ先に俺を助けようとしてくれただろう? 君の言葉と行動には色々な意味で目を覚まさせてもらった。貴族に対して思うところが無くなったわけではないが、一概に貴族だからと敵視するのは止めようと思う」
恩知らずにはなりたくないからな、とブラウンは照れ臭そうに笑う。
それから俺たち全員に向かって頭を下げた。
「皆も、今回は騒がせてしまいすまなかった。今回の模擬集団戦は君たちの勝ちで構わない。君たちの選んだリーダーを支持するよう仲間たちを説得しよう。……では、先に教室に戻らせてもらうよ」
ブラウンはチラリとアンの方を見てから保健室を出て行った。続くように、今度はアンが俺たちの元へやって来る。
「ブラウンにほとんど言われてしまったけど、私たちも勝ちを譲る。貴方たちが推薦するリーダーに従うわ。……リリィさん、さっきは裏切り者だなんて酷い事を言ってごめんなさい。もし私が貴方の立場なら、きっと悲嘆してばかりで立ち上がろうだなんて、婚約破棄なんて出来なかっただろうから……。だから、その……本当は貴方のことを……」
「大丈夫よ、アン。ありがとう。口にせずとも伝わっているわ」
「……はあ。昔から思っていたけど、貴方って本当に同い年なの? とても大人びていて、同年代と話している気になれないんだけど」
「そうかしら? もっと色々な話をすれば、その印象は変わると思うけれど。例えば……恋バナとか」
「えっ? 恋バナ? あのリリィ・ピュリディが!? その話ちょっと詳しく!」
リリィの恋愛事情がよっぽど気になったのか、アンは凄い食いつきようだった。リリィに「後でね?」と言われて、彼女は「絶対教えてよ!」と言いながら教室に戻って行く。俺に流れ弾が来なければ良いのだが……。
ブラウンとアンが去り、保健室にはいつものメンバーだけが残った。
「私たちもそろそろ教室に戻りましょうか。あんまり大勢で眠っている姿を見つめているのもアレだし、教室の様子も気になるもの」
「そうだな――いっ!?」
リリィに同意したら肘で脇腹を小突かれた。全然痛くはなかったが、何が気に障ったんだ……?
「全員居なくなったらレクティが可哀想でしょう? ヒューは残って見守ってあげて」
「あー……、わかった」
リリィがわざわざ俺を名指しするという事は、それなりに何か理由があるんだろう。別に断る理由もないし、レクティが起きるまで見守ることにしよう。
「ならば僕もここへ残るとしようじゃないか!」
「ダメよ、イディオット。貴方はいい加減自分の取り巻きたちをまとめなさい。何だかんだ慕われているのだから」
「む……。しかしレクティ嬢がだな……」
「今はレクティよりクラスの事を考えて行動する時よ。レクティの頑張りのおかげでバラバラだったクラスが少しだけまとまりかけているの。この機会を逃すわけにはいかないわ。……それとも、レクティの頑張りを無駄にするつもり?」
「むむむ……。確かに今なら彼らも僕の考えを理解できそうではあるが……ええい、仕方があるまい。レクティ嬢は任せたぞ、ヒュー」
「ああ、そっちもクラスを頼む」
こんな乱闘を何度も繰り返されたら堪ったもんじゃないからな。イディオットがこの機にスレイ殿下派の生徒をまとめてくれるなら心強い。
「じゃあボクはヒューと一緒に――」
「ルーグ、ちょっと」
残ると言いかけていたルーグがリリィに呼ばれて何か耳打ちされている。また変なことを吹き込まれているんじゃないだろうな……。
「えっ、レクティが……?」
「ええ。だからお願いできないかしら?」
「うん、わかった。そういうことなら協力するよ」
漏れ聞こえてくる限りではどうやら普通に話しているらしい。やがてリリィと頷き合ったルーグは「レクティのこと宜しくね」と俺に微笑みかけ、リリィやイディオットと共に保健室を出て行った。
いったい何の話をしていたんだろう。ちょっと気になる。
その後、保健医も報告のため保健室を出て行ったため、保健室内は完全に俺とレクティの二人きりになってしまった。当たり前だが、眠っているレクティはあまりにも無防備だ。
窓から差し込む日差しを受けてきらきらと輝く淡い水色の髪。精巧に整った顔立ちは美しく、イディオットが天使のようだと形容した気持ちも理解できてしまう。出会った当初の薄汚れて不健康に痩せ細っていた彼女の面影はもうどこにもない。
いつまでも見ていられそうなほどの美貌だ。
……いやいや、さすがに手持無沙汰だからってじっと観察しているのは気持ちが悪すぎる。俺は暇つぶしに保健室を見て回って、とりあえず目についた分厚い本を手に取った。
「これ、神授教の聖典か……」
どうやら保健医は熱心な神授教徒だったらしい。
プノシス領でも神授教は信仰されていたけれど、父上も母上もそれほど信仰に熱心ではなかったんだよな。だから実家には聖典が無くて、実際に手に取るのはこれが初めてだ。
レクティが起きるまでの間、聖典を読んで時間を潰すか。
さっそくページを開くと意外と一ページ当たりの文字数は少ない。この世界、実はまだ活版印刷がないのだ。本も新聞も写本や木版が基本だから、文字の一つ一つが大きかったりする。そのうえで老若男女が読みやすいよう、あえてより大きく文字が書かれているんだろう。これならさくっと読めそうだ。
聖典の内容は唯一神による創世神話から始まり、読み進めている内に神に選ばれた聖女が各地を旅して人々を助けて回る物語が始まった。
聖典内で聖女に言及されているのはこの章だけのようだ。聖女は各地で献身的に人々を助け、傷を癒して回っている。ざっと読んでみた感じ〈聖女〉スキルに関する言及はなさそうだ。
回復系のスキルを授かった少女が活躍しているだけらしい。
たしかおとぎ話の方には〈聖女〉スキルが登場するんだったな。だとしたら、そのおとぎ話は聖典を元に〈聖女〉スキルを創作したんだろうか。それがまさか実在するなんて誰も思っていなかったから、入学試験で騒ぎになったんだ。
そのおとぎ話の方もいつか読んでみたいと思いつつ。
しばらく聖典を読んでいる内に、いつの間にかレクティが目を覚ましていた。
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