第53話:もしもし、私メリィちゃんです!(ルーカス王子三人称視点)

 ヒューとリリィたちが去った後のレチェリー公爵邸。現場検証のために残っていたルーカス王子は、王国騎士団のロアン副団長と共にレチェリー公爵だったとされるモンスターのシミを前にしていた。


「こいつが本当にレチェリー公爵だったって言うんですかい?」


「ヒューとリリィ嬢が言うにはね」


 夜会の会場を襲ったモンスターと同様にドロドロに溶け落ちたそうだが、シミが広がった範囲は夜会会場のそれと比べても広い。


「……ったく、気味が悪いったらありゃしねぇぜ。モンスターがドロドロに溶けちまうなんて聞いたことがねぇ」


「それを言うなら人がモンスターに変化するなんてもっと聞いたことがないかな」


「はぁ……、違いねぇ」


 ロアンは心底面倒くさそうに溜息を吐く。


「どうするんです、これ。レチェリー公爵だって言っても誰も信じねぇと思いますが」


「レチェリー公爵がモンスターになってしまった時点で同じだよ。こうなったらむしろ、隠蔽の手間が省けて助かったと開き直ろう」


 そうとでも思わないとやってられないよ、とルーカス王子は肩をすくめる。


 レチェリー公爵やモンスターになったと思われる屋敷の使用人や私兵たちは、全員行方不明として処理するしかないだろう。出来れば逮捕して徹底的に糾弾し、スレイ王子の陣営に打撃を与えたかったが仕方がない。


 もはやそれどころの騒ぎではなくなってしまった。


「ロアン、屋敷の捜索を急がせてくれ。生存者が居ればすぐに確保するんだ。もちろん、人をモンスターに変える薬が見つかったら回収も忘れずにね?」


「はっ!」


 ロアンの指示で応援に駆け付けた騎士たちが屋敷の捜索を開始する。出来ればスレイ王子の陣営よりも先に何か手掛かりを見つけておきたいところだ。


 幸い、スレイ王子の陣営に属する貴族たちは我先にと屋敷を後にしている。不気味なモンスターの襲撃を受けた屋敷にいつまでも留まりたくなかったのだろう。


 残っているのはスレイ王子と、王子に近しい側近の貴族が数名。彼らにしても屋敷の一室に集まって陣営の今後について話し合っているだけで、屋敷の中を見て回るような者は居なかった。


(もしそこにピュリディ侯爵が居れば、こんな隙は見せなかっただろうけど)


 ルーカス王子がスレイ王子の陣営で最も警戒すべきだと考えていたピュリディ侯爵は、ほぼ間違いなく陣営から追放されるだろう。本来なら時間と手間をかけて行わねばならなかった離間工作が、こうもあっさりと成功したのは僥倖という他ない。


 ピュリディ侯爵には大きな貸しを作れた。義理堅い事でも有名な彼ならば、きっとこちらの陣営に入ってくれるだろう。ピュリディ家がルーカス王子の陣営の支持に動けば、追随する貴族も必ず現れる。


 モンスターの襲撃など大きなイレギュラーは生じたものの、終わってみれば当初の目論見通りに事は進んでいる。陣営を立ち上げて正式に王位継承権争いに参加を表明する時は目前まで近づいていた。


(まあ、明日からは大騒ぎになるだろうから、もうしばらく先だろうけどね)


 レチェリー公爵による国民の誘拐と、人身売買への関与。この大スキャンダルにリース王国は大きく揺れる事になるだろう。


 そして当主が大罪を犯したレチェリー公爵家への処遇で王城内が紛糾するのは間違いない。ここぞとばかりにレチェリー家が所有していた利権を貴族たちが奪いあう光景は鮮明に想像できる。事態が沈静化する頃、レチェリー家にいったいどれだけの利権と領地が残されているのだろうか……。


「ルーカス殿下、ちょっと来て欲しいッス!」


 遠くから聞こえて来たアリッサの声に、思考を中断して顔を上げる。彼女の後ろには複数の騎士が居て、騎士に囲まれるようにして青い顔をしたメイド服姿の少女が震えながら立っていた。


 背はちょうどルクレティア王女と同じくらい。くすんだ灰色の髪を二つ結びにしており、愛らしさのある顔立ちは非常に幼く見える。凹凸の少ない体形はどこかの誰かさんにそっくりだった。


「彼女は?」


「屋敷の捜索中、厨房の食糧庫に隠れている所を発見したッス」


 アリッサには別動隊を率いて先に屋敷の内部を捜索するよう指示を出していた。どうやらその途中で少女を発見し連れてきたようだ。


「初めまして。僕はルーカスだ。君の名前を教えてくれるかい?」


「め、メリィです……」


「宜しくね、メリィ。まずは落ち着いて話が出来る場所へ移動しようか。そうだな……。アリッサ、僕たちが乗って来た馬車へ彼女を案内しよう。付き添いを頼めるかい?」


「了解ッス!」


 他の騎士たちには引き続き屋敷の捜索を指示し、ルーカス王子はアリッサだけを引き連れてメリィと名乗った少女と共に馬車へ向かった。


 王族が乗るには質素な外見の馬車だが、中身はしっかりと王族使用に改造されている。ふかふかの座席に腰を下ろしたメリィは驚いた様子で目を丸くした。


「さて、話を聞かせて貰えるかな? この屋敷でいったい、何が起こったのか」


「は、はいです……」


 メリィは体を縮こませながら話し出す。


 彼女は今夜の夜会に合わせて臨時で雇用された平民だった。数日前から働きに出ていたものの、生まれつきの不器用さとそそっかしさでミスを連発。同じく臨時で雇用された他のメイドや使用人、元から屋敷に居た者から次第にいじめを受けるようになったらしい。


「公爵様がご褒美にと差し入れてくださった栄養剤も私だけ貰えなくて……」


「その栄養剤って、薄いピンク色の?」


「で、ですですっ! 私たちはそれを今夜の夜会が始まったら飲むように言われていて。それでその栄養剤を飲んだ皆さんが、急に苦しみだして、そしたら化け物にっ。私、怖くなって食糧庫に隠れて、それでっ!」


「落ち着くッス、メリィちゃん」


「ご、ごめんなさいです……」


 アリッサに肩を抱かれ、メリィは落ち着きを取り戻す。


(彼女の言葉に嘘の色は見えない。信じてもよさそうかな……?)


 スレイ王子や全く別の組織の間者の可能性も考慮していたルーカス王子だったが、スキルで見た限りでは白。どこの屋敷にも居る見習いメイドだ。


「メリィ。君たちに配られた栄養剤が、夜会の参加者に振る舞われた可能性はあるかい?」


「た、たぶん無いと思いますです。貴重なお薬だと、差し入れを持っていらっしゃった方が仰ってましたですので……」


「誰が持って来たかわかるかな?」


「えっと、私は初めてお会いしたのですが、普段から屋敷に出入りされている商人の方だそうです。背が高い男性で、だけどローブを着てフードを被っていらしたのでお顔は拝見できませんでしたです」


「その人物は今日この屋敷に?」


「……はいです。夜会が始まる少し前だったと思うです。公爵様とはお会いにならず、差し入れだけされてすぐに帰られましたです。その後に……」


「なるほどね」


 メリィのおかげでおおよその状況は把握できた。ヒューが昨日の潜入時に見かけたという人物とメリィの語った人物は同一人物の可能性が高そうだ。


(屋敷の使用人たちにモンスター化の薬を配った理由は何だろう?)


 夜会への襲撃が目的だとしたらその意図が読めない。スレイ王子の王位継承を邪魔したかった? いいや、それにしては手が込み過ぎている。


 邪魔するだけならレチェリー公爵を殺せばいい。その機会はいくらでもあったはずだ。それなのにわざわざモンスター化の薬というカードを切ってまでする事とは考えづらい。


(こちらの動きが読まれた可能性はあるかな?)


 何らかの方法でヒューの潜入に気づき、こちらを妨害してレチェリー公爵を助けるために動いた。……これもおそらく違うだろう。レチェリー公爵を救うつもりなら公爵にまで薬を渡す意味がない。


 レチェリー公爵に薬が渡されたのが昨日。追加で使用人たちの分を配ったのは今日の事だ。ヒューの潜入に気づかれたと仮定して、そのような事をする目的は……。


「――口封じ、かな」


「あー、なるほどッス。確かにそれならいちいち皆殺しにする必要はないッスもんね」


「え、えっ?」


「おそらく君が見た男の目的は、自分たちに関する情報を抹消する事だ。レチェリー公爵はもちろん、この屋敷の使用人を全員消すつもりだったんだろうね。だけど皆殺しにするには時間がかかる。だから毒薬としてモンスター化の薬を配ったんだ」


「そ、そんな……っ!」


「普通の毒じゃダメな理由ってあったんスかね?」


「どうだろう。夜会にモンスターが現れる事でパニックを誘発したかったのか、もしくはモンスター化の薬をそれほど重要視していないのか。あるいは口封じのついでに薬のテストをしたかったという可能性もあるんじゃないかな」


「わからないことだらけッスねぇ」


 アリッサはやれやれと肩をすくませる。ルーカス王子としても「そうだね」と苦笑して同意せざるを得なかった。


(モンスターが自壊したのは、死体を残さないためかな……? モンスターがまるで何者かの指示を受けているかのように動いていたのも気になるけど、現時点でわかる事は少ないね)


 これ以上推測を膨らませても意味はない。推測はやがて憶測となり、真実を覆い隠して見えなくする。


(ヒューのスキルを使えばもっと簡単に、それこそ決定的な手掛かりを得られるだろう。けど、それだと


 ヒューを帰したのはスレイ王子の目を気にしたからでも、彼の疲労を慮ったからでもない。ルーカス王子が危惧したのは、ヒューの協力によって真実が明るみになってしまうこと。


(それで敵が増えたら面倒だからね。今は幾つかの手がかりを得ておくだけ十分だ。暗躍するなら好きにすればいい。僕の邪魔をしない限りはね)


 ルーカス王子は思考を切り替えるためにパチンと柏手を打った。


「さて、メリィ。君の話をしておこうか」


「わ、私の話です……?」


「君はこの屋敷の今のところ一人の生き残りだ。その意味がわかるかな?」


「えーっと、はい! 私って超ラッキーガールです!」


「いやいや……、命を狙われる危険があるって事ッスよ?」


「超アンラッキーガールです!?」


「どちらかと言えばラッキーガールだとは思うけどね?」


 とはいえ、今後の彼女の人生はいつ殺されるかもわからない危険と隣り合わせの日々になってしまうだろう。ともすればモンスターになってしまったほうが良かったかもしれないと思うような悲惨な目に合うかもしれない。


(まあそんな事とは関係なく、この子は面白い使い方が出来そうだからね)


 ルーカス王子は向かいに座るメリィに尋ねる。


「どうかな。君さえよければ、このまま僕の下で働かないかい?」


「い、いいのですか……!? 宜しくお願いしたいです!」


「うん、宜しくね。王城での仕事は何かと大変だろうけど、まあすぐに慣れると思うよ」


「はいです! 頑張りま…………王城で働くんです?」


 メリィは不思議そうに首を傾げた。どうやら目の前の人物がいったい誰なのか、わかっていなかったようだ。


「あれ、言ってなかったかな? 僕の名はルーカス・フォン・リース。この国の第三王子だ。改めて宜しくね、メリィ?」


「え、えぇええええええええええええええええええええええええええ!!!???」






〈作者コメント〉

第一部完。お付き合い頂きありがとうございました('ω')ノ

明日からの第二部はレクティと聖女をメインに、なぜヒューは洗脳スキルで自分のスキルを変える事が出来るのかなど、序盤にぶちまけた謎を少しずつ拾い集めて行ければと思ってます。

引き続き毎日更新で頑張りますので、お付き合い頂けましたら幸いですm(__)m


あともしよければなのですが、皆さんの好きなキャラクターを教えてください。

よろしくお願いします(*'▽')

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