第二部:第一章

第54話:ラノベの2巻以降にある前巻までのあらすじっぽい文章読み飛ばしがち

 俺の朝は苦悩と葛藤から始まる。


 ……なんて言えば人生とは何かと常に向き合い続けているような文豪か哲学者みたいに聞こえるが、俺の場合はそんな高尚な感じではなくて、


「むにゅぅ。ひゅ~……、しゅきぃ~…………」


 毎朝のように俺の寝床へ潜り込んでくるこの可愛い生き物へ溢れ出そうになる愛情と、どうしようもない生理現象に追随する欲求への葛藤に日々悩まされているというだけである。


 ぴったりと俺の体へ密着したルームメイトの、艶やかな銀色の髪が朝日を浴びてキラキラと輝く。ほっそりとした指先は俺のパジャマの胸元をキュッと掴んで離さない。彼女がパジャマにしているワンピースからはだけ出た両足が、俺の左足に絡みついていた。


 いつになく密着されてるなぁ……。信頼されているのは嬉しいのだが、さすがにこう毎朝抱き着かれると理性が吹っ飛びかねないんだが……。


 その一線は絶対に越えてはいけない。なんせ相手はこの国の王族だ。


 リース王国第七王女、ルクレティア・フォン・リース。


 それが彼女の正式名称。今は素性を隠してルーグ・ベクトという男子生徒として王立学園に通っている。


 入学試験での偶然の出会いから始まり、人身売買組織に攫われた彼女を助け、ひょんなことから彼女の正体を知って、彼女の兄であるルーカス王子の王位継承権争いに協力する事になった。


 ……うん、意味わからん。どうしてこうなった。


 そもそもの始まりは、前世でブラック企業に就職してしまい過労死したところからだろうか。気づけば俺はこの世界でヒュー・プノシスとして生を受けていた。


 俺が生まれたプノシス家はリース王国の片隅にある辺境の小さな貧乏男爵家。領地は険しい山々に囲まれ、少子高齢化の進む過疎地域だ。いずれ俺の代かその次の代くらいには消滅する事だろう。


 それはそれとして。この世界に生まれた人種族は例外なく、15歳になると神から特殊な力〈スキル〉を授かる。例えば火を発現させる〈発火ファイヤキネシス〉や、剣の扱いが上手くなる〈剣術〉などスキルの力は様々で、俺が神から授かったのは目があった相手を意のままに操る〈洗脳〉の力だった。


 この力で好き勝手生きてやろう……なんて考えはすぐに捨てた。なんせ俺の現世の目標は悠々自適なスローライフだ。過度な力は必要ないのだから。


 それに、〈洗脳〉スキルで同時に洗脳できるのは一人までという、なんとも使いづらい制約がついている。


 しかもこのスキルを所持していることが公になれば、俺は間違いなく処刑されてしまう。誰でも好きに操れる力なんて、この国の王族や貴族にとっては危険極まりない。


 ……まあ、既に二人くらいにバレてしまっているのだが。


 今のところ俺のスキルの正体を知っているのは、ルーカス王子と侯爵家令嬢リリィ・ピュリディの二人。ルーカス王子にはスキルで見抜かれ、リリィには俺から打ち明けた。


 肝心のルーグには、まだ洗脳スキルの事は打ち明けられていない。リリィに打ち明けるのにもかなりの覚悟が必要だった。ルーグへのカミングアウトにはそれ以上の覚悟が必要になりそうだ。


 時計を確認すると、時刻は朝の6時少し前。朝食にはまだまだ早い時間だが、予定があるのでそろそろ起きなければいけない。


 そのためにはまずルーグを起こさないとな……。


「おはよう、ルーグ。そろそろ起きてくれ」


「ふぇ……もぅあさぁ?」


「ああ、朝だよ」


 ルーグはもぞもぞとベッドの上に起き上がって座り込み、眠たそうに眼を擦る。起きた拍子に肩紐がずり落ちて胸元のギリギリまでワンピースが落ちそうになっていた。


 かろうじてある膨らみが何とか持ち堪えている間にスッと目を逸らしてベッドから起き上がる。


 朝から刺激が強すぎる……!


「おはよぉ、ひゅー」


「ああ、おはよう。悪いな、いつも早く起こしちゃって」


「ううん、ぜんぜんだいじょうぶ~」


 そう言って寝起きのルーグはにへらと笑う。やっぱり可愛いなぁ、ちくしょう。


「むぅー、まだちょっと眠いかも……」


「わかった。それじゃ、終わったら起こしに戻るよ。それまでゆっくり寝ててくれ」


「はぁーい」


 ルーグはベッドの下に落ちていたノコノコさん (馬に鹿の角が生えたこの世界の野生動物のぬいぐるみ)をギュッと抱きしめて、そのままコロンと俺のベッドに寝転がる。自分のベッドに戻らないんだな……。


 自分のベッドから女の子の金木犀に似た甘い香りがするのは何とも落ち着かないのだが……まあ、いいか。


 運動着に着替えて向かったのは学生寮から少し離れた位置にある教員宿舎の裏の小さな空き地。そこでは紫色の髪をサイドでまとめた女性が、木剣を振っていた。


 少しばかり幼さを残す顔立ちを引き締め、一振り一振りを繰り返し確かめるように振るう。その繰り返されるその動作は一見単調のようにも見えて、けれどよくよく観察すれば寸分の狂いもなく繰り返されるそれに圧倒される。


 どれだけの鍛錬を続ければ、スキルも無しにその域へ到達できるのか。剣術ど素人の俺には想像すら及ばない。


 俺の到着に気づいたのだろう。アリッサさんは朝日を浴びてキラキラと輝く汗をタオルで拭い、こちらへ振り返る。


「遅刻ッスよー、ヒュー少年。もしかして昨日はお愉しみだったんスかねぇ?」


「おはようございます、アリッサさん。全然遅刻じゃないですし、朝から下世話な質問はやめてください。もし俺が肯定したらどうするつもりですか」


「とりあえずふん縛って王城まで連行するッスね」


 ……さすが現役の王国騎士だ、判断が早い。そっちから聞いてきたくせに一切の容赦がなさすぎる。


「ま、その辺に関しては心配してないッスよ。普段の学園生活から君を見ていれば、そんな度胸はないってわかるッスからね」


「褒められている気がしませんが」


「もちろん馬鹿にしてるッス」


 こいつ……っ!


「それより、どうだったッスか? 自分の剣を振る姿を観察して」


「気づいていたんですか」


「ふふんっ、当然ッス」


 アリッサさんはドヤァと意外と豊満な胸を張る。


 ……凄いな。胸がじゃなくて、ほとんど真後ろから剣を振る姿を見ていたのに気づかれていたなんて。


「正直、凄いと思いました。どれだけの研鑽を積めば真似できるようになるのか、想像もつきません」


「むっふっふ。いやぁ、生徒から褒められるってこんなにも気持ちいいものなんスねぇ。もっと褒めていいッスよー、ほらほら~?」


 ……人を褒めて損した気分になったのは初めてかもしれない。ウザ絡みが続く前に話を変えてしまおう。


「さっきの鍛錬はずっと続けているものなんですか?」


「そうッスよ。かれこれ十年くらいは続けてるッス」


「そんなにですか」


「そうでもしないとあの人の右腕は務まらないッスからね」


 あの人とは王国騎士団の副団長、〈剣聖ソードマスタ―〉のスキルを持つロアン・アッシュブレードさんの事だろう。確かに、二週間前の夜会での事件で見たロアンさんの剣技はまさに圧巻だった。


 そして、それにで追随していたアリッサさんの実力は本物だ。


 剣術を教わるならアリッサさんしか居ない。そう思ってダメもとでお願いしてみたら存外あっさりと剣術指南を承諾してくれて、毎朝この時間に稽古をつけて貰っている。


「そろそろ始めるッスよ、ヒュー少年」


「宜しくお願いします……!」 


 稽古は今日で五日目。対戦形式の稽古で俺は昨日まで一本も取れず、ほとんど一方的にボコボコにされていた。今日こそという思いで木剣を構える。






 一時間後、俺は今日も一本も取れずボコボコにされたのだった。








〈作者コメント〉

第二部開幕。しばらく日常学園パートがのんびり進みます('ω')ノ

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