第48話:モンスター、襲来
◇◇◇
「違う、私は知らない……! そんな物デタラメだ!!」
「この期に及んで醜いぞ、レチェリー公爵!」
決定的な証拠が出たにもかかわらず罪を認めないレチェリー公爵に、声を荒らげたのはスレイ殿下だった。
もはやレチェリー公爵の罪は確定的。手を組んだところで足を引っ張られるくらいなら、徹底的に蹴落としてやろうって感じか。
「スレイ貴様ぁっ! 私が目をかけてやった恩を忘れたかぁ!?」
「大罪人に感じる恩などあるものか! ルーカス、早くこの男をひっ捕らえろ!」
スレイ殿下の指示を受け、ルーカス王子はやれやれと肩をすくめる。
「わかっているよ、スレイ兄上。ロアン副団長」
「はっ。おい、レチェリー公爵を拘束しろ」
ロアンさんの指示を受け、騎士二人がレチェリー公爵を拘束するために壇上へあがろうとしたのとほぼ同時。
「――っ! ルーカス殿下っ!」
何かを感じ取ったリリィがルーカス王子の名を叫ぶ。それを聞いた王子は「総員警戒態勢!」と即座に騎士たちに命令を出した。
直後、夜会会場の窓ガラスが一斉に割れて何かが会場内に複数飛び込んでくる。
「なんだ!?」
「化け物だ!」
「どうしてモンスターが!?」
現れたのはずんぐりむっくりとした胴体で薄灰色の体毛に覆われた二足歩行の獣。大きさは2~3メートルほどで、サルやゴリラなどの霊長類を連想させる見た目をしていた。そして手にはカットラスに似た形状の片手剣を持っている。
なっ、なんだこいつら!? モンスターなのか……!?
この世界には野生動物の他にモンスターと呼称される異形の怪物が存在している。その多くは大陸各地に点在するダンジョンに生息しているが、たまにダンジョンから外へ出て人や家畜を襲う事例がある……とはいえ。
今回もそれってわけじゃないだろ、どう考えても。ここは王都の中央区、王城の目と鼻の先だぞ。そんなところにモンスターが隠れ潜んでいて、こんなタイミングで襲撃してくるなんて、あまりにも作為的過ぎる……!
「全員ステージ近くに集まれ!」
ルーカス王子が声を張り上げ夜会の参加者に呼びかける。夜会の参加者たちは這う這うの体でモンスターから逃げてステージ近くへ集まった。同時に騎士団が剣を抜いて参加者たちを守るように展開する。
騎士が十名に対し、モンスターの数は三十以上。数の上ではモンスターの方が多い。
けど、ここに居る騎士たちは王国騎士団の最高戦力だ。
「ちっ、面倒くせぇことになりやがったぜ、まったく。意味わかんねぇ状況だが浮足立つんじゃねぇぞ、テメェら! 一人でも死者を出せばより面倒くせぇ事になる。死ぬ気で守れ!」
「了解ッス、マスター!」
「だからマスターって言うんじゃねぇ!」
そんな言い争いをしながら、ロアンさんとアリッサさんがほぼ同時にモンスターへ斬り込む。目にも止まらぬ剣戟。気づけばカットラスを持ったモンスターの腕が二本、宙を舞っていた。
たかが三倍程度の数の差はあの二人には関係なさそうだ。モンスターは一斉に襲い掛かって来るが、他の騎士たちも余裕を持って対処している。
「ロアン副団長! 追加が来ます! 数は23体です!」
「了解だ、ピュリディの嬢ちゃん! 聞いたな、アリッサ! 急ぐぞ!」
「了解ッス!」
ロアンさんとアリッサさんがさらに殲滅速度を上げ、そこにリリィが予言した通り追加のモンスターが窓から飛び込んでくる。
数でこっちを押し切るつもりか……!
「ひぃいいいいいいっ!」
情けない悲鳴が背後から聞こえ、振り返るとレチェリー公爵がステージの上から飛び降りていた。公爵は「ぶべっ」と着地に失敗してカエルが潰れたような声を上げるも、そのまま這うように立ち上がってモンスターの群れに向かって走り出す。
「レチェリー公爵!? 戻れ、死ぬ気か!?」
スレイ殿下の制止も聞かず、レチェリー公爵はそのままモンスターの脇を走り抜けた。
「なっ――」
誰もがレチェリー公爵はモンスターに襲われて斬り殺されるだろうと思っていた。その予想に反してモンスターはレチェリー公爵の素通りを許し、こちらへ斬りかかって来る。
「ヒュー、追って! レチェリー公爵に逃げられてしまうわ!」
「……っ! しっかり掴まってろよ!」
俺はリリィを抱えたままレチェリー公爵を追って走り出した。だが、目の前に複数のモンスターが立ち塞がる。まるでレチェリー公爵の追跡を妨害するように。
「くそっ……」
リリィを抱えている状態で戦闘は無理だ。〈忍者〉スキルの〈身体強化〉を信じて一息に飛び越えるか……?
「走れ、ヒュー!」
「ここは自分たちに任せるッス!」
立ち塞がったモンスターの首が一瞬で斬り飛ばされる。ロアンさんとアリッサさんが道を切り開いてくれたのだ。
「ありがとうございます!」
俺は二人に礼を言いつつモンスターの間を走り抜ける。
事前の計画で何者かにレチェリー公爵の確保を邪魔される可能性は検討していた。例えばスレイ殿下や殿下を支持する貴族たち、もしくはレチェリー公爵の私兵など。
逃走したレチェリー公爵を追うのは俺とリリィの役目になっていた。形勢によっては逆に俺たちが逃走しなくちゃいけない可能性も考慮して、ずっとリリィを抱きかかえていたわけだが……。
まさか、モンスターの攻撃を掻い潜ってレチェリー公爵を追う羽目になるなんてさすがに想定外だ。
会場を出てすぐの廊下には既にレチェリー公爵の姿がない。
「リリィ、どっちだ!?」
「右よ!」
リリィのスキル〈
学年主席に選ばれたのにも納得がいく強力なスキル。その唯一の欠点は俯瞰視点に切り替わると通常の視界が失われてしまう事くらいだが、それも俺が抱えて走れば問題ない。
「次の角を左に曲がって、階段で二階に!」
「了解!」
リリィのナビゲーションに従って屋敷の中を走り続ける。
「それにしてもさっきのモンスターたち、本当に何だったのかしら……。レチェリー公爵が操っているようにも見えたけれど……」
「どうだろうな……。明らかにレチェリー公爵を追おうとした俺たちを邪魔して来たが……。レチェリー公爵のスキルはモンスターを使役できるスキルなのか……?」
「……本人は〈身体強化〉だと言っていたわ。食事の席で夜の営みにも使えて便利だと自慢していたもの」
「話題のセンス最悪すぎるだろ」
「――っ! 止まって!」
リリィの制止に従って急停止したのは、ちょうど二階に上がって窓辺の廊下に差し掛かったタイミングだった。
直後、夜会の会場の現れたのと同じく、手にカットラスを持った霊長類型のモンスターが窓を割って目の前に飛び込んでくる。
数は二体だが、それほど広くない廊下だ。広がられてしまえば横を通り抜けるのは難しい。
「リリィ、迂回路は……?」
「階段から一階に戻れば迂回できるけれど……」
チラリと後ろを振り返ったと同時、ちょうど階段の目の前の窓からもう一体追加でモンスターが現れる。
「さっきからまるでこっちの動きを読んでるみたいな登場の仕方なのは気のせいか……?」
「……付け加えるなら、私のスキルでも近づかれるまで探知できないみたいなのよね。こんなこと初めてだわ」
リリィのスキルで探知できないか……。一瞬、脳裏に浮かぶのはレチェリー公爵と金銭のやり取りをしていたローブの人物だが……、今は気にしている場合じゃない。
どうする……? リリィを降ろして〈忍者〉スキルの〈体術〉で戦うか?
……いや、さすがに三対一は厳しい。一体を相手している内にリリィを狙われかねない。
いったん外へ逃げるのも手だが……、
「えっ?」
リリィが困惑した様子で疑問符を浮かべる。どうしたのだろうかと彼女の視線を追った先、階段の下から誰かがモンスターに向かって斬りかかった。
完全に不意を突いた一振りでモンスターを切り伏せたその男は、ふぁさりと髪を掻き上げて爽やかな笑みを浮かべる。
「感謝するがいい、ヒュー・プノシス! このイディオット・ホートネスが、君たちに加勢しようではないかっ!」
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