第47話:35話ぶり3人目の洗脳

 夜会前日の日中。


 俺は〈忍者〉のスキルを駆使して王都に立ち並ぶ家屋の屋根を疾走していた。目的地は王都の中央区にあるレチェリー公爵の邸宅。貴族の邸宅が集まる中央区で最も大きく宮殿のように豪華な屋敷だ。


 そろそろ中央区に差し掛かるタイミングで足を止め、屋根の陰に身を隠す。ここから先は衛兵によって厳重に警備されていると、事前にルーカス王子から情報を得ていた。


 感知系のスキル持ちが居れば、〈忍者〉スキルでも見つかる可能性が高い。目立つ屋根の上からではなく、地上から近づいたほうがいいだろう。


 ちらりと振り返り、王立学園のほうを見る。


 ルーグにはルーカス王子やリリィと事前に打ち合わせた上で最低限の情報共有を行った。リリィを助けるためにルーカス王子に協力を求めたことなどは伝えつつ、一方で俺の担う役割や俺のスキルについては黙ったままだ。


 今日もレチェリー公爵の屋敷に忍び込むとは伝えていない。ルーグには父上の昔の知り合いに、リリィを助けるための協力を得に行くとだけ伝えてある。


「ボクもリリィのために何か出来ることをしたいけど……」


 言いかけたルーグはゆっくりと首を横に振る。


「リリィを助けるために、ヒューに出来ることをしてあげて?」


 そう言って俺を送り出したルーグは王女の顔をしていたと思う。今回の一件には王位継承権争いも絡んでいる。自分が動くことのリスクを考慮したのだろう。


 ルクレティア王女はルーカス王子の妹だけあって、奔放でありながら思慮深さも持ち合わせているのだ。勉強もかなり出来る方だし、ポンコツなだけで頭の回転が悪いわけじゃない。俺の嘘にも、もしかしたら気づいているのかもしれないな……。


 今頃、ルーグはリリィと共に授業に遅れ気味なレクティのため勉強会を開いている頃だ。俺も用事を済ませたらそっちに合流すると伝えてある。さっさと面倒ごとは終わらせてしまおう。


 中央区と市街地を隔てる城壁を乗り越え、中央区の内部に潜入する。レチェリー公爵の屋敷はすぐにわかった。商人の馬車が列をなして出入りしている事からも間違いないだろう。


 念のため屋敷に潜入する前に身を潜め、スキルを〈千里眼〉に切り替えて屋敷の内部を確認する。


 ルーカス王子の読み通り、やはり出入りする商人への対応で警備が緩くなっているようだ。まさか白昼堂々と屋敷に侵入する奴が居るなんて警戒していないんだろう。


 そしてレチェリー公爵は…………居た。屋敷の二階。おそらく執務室でソファに座り、対面の誰かと会話している。商人だろうか。濃緑色のローブを身にまといフードで顔を隠している。怪しげな人物だが、レチェリー公爵は親しげに会話をしていた。


 何者だ……? フードのせいで顔が


 見えない?


 疑問符が浮かんだ瞬間、フードの奥に光る赤い瞳がちらりとこちらを見た。


「――っ!」


 とっさに〈千里眼〉を切って身を隠す。口元を手で押さえ、早鐘を打つ心臓を鼻で深く息を吸って抑え込んだ。


 見られた……? 〈千里眼〉越しにか……!? そんなはずは、でも……。


 30秒ほど息を潜め、再び〈千里眼〉で屋敷の様子を探る。するとちょうど、フードで顔を隠した何者かからレチェリー公爵が小瓶と大きな革袋を受け取っているところだった。


 小瓶の中身は薄桃色の半透明の液体。革袋の中身は大量の金貨か……?


 レチェリー公爵は革袋の中身を確認して下卑た笑みを浮かべている。……もしかして、人身売買で得た報酬か? レチェリー公爵が金を払うならともかく、受け取るのは不自然だ。


 フードの人物はレチェリー公爵と握手を交わし、そのまま部屋から退出する。直後、またちらりとこちらを見た……ような気がした。


 偶然、だよな……?


 その後、フードの人物は何事もなかったかのように歩き出し、屋敷の外に停めてあった馬車に乗り込む。


 ……一瞬、馬車を追ったほうがいいかとも考えたが、今はレチェリー公爵が人身売買に関与した証拠を確保する方が重要だ。


 再び〈忍者〉スキルに切り替え、レチェリー公爵の屋敷に潜入。広々とした庭園を草木の陰に隠れながら進み、レチェリー公爵が居た二階の執務室のバルコニーに飛び乗る。


 レチェリー公爵はまだ部屋の中で革袋の金貨を数えていた。室内に使用人やほかの人影はない。部屋の外、廊下にも誰も居ないようだ。


 狙うなら今しかない。


 バルコニーから扉を開けて室内に潜入。金貨に夢中なレチェリー公爵は扉の開閉音にも気づかない。俺は胸ポケットから手鏡を取り出し、自身の洗脳を解除した。


「こんにちは、レチェリー公爵」


「むっ、誰だ!?」


「スキル〈洗脳〉」


 驚いて立ち上がろうとしたレチェリー公爵にすかさず洗脳をかける。レチェリー公爵の頭上には〈洗脳中〉の文字が浮かび上がった。


「座れ」


 レチェリー公爵の対面のソファに座りつつ、中腰状態の彼に指示を出す。疲労感や腰痛で違和感を持たれても面倒だからな。


「単刀直入に聞く。お前は人身売買に関与しているか?」


「ああ、関与している」


 ……ルーカス王子の読み通りか。


「その金は人身売買で得た金か?」


「そうだ」


「攫った人々をいったいどこへ売っている?」


「知らない」


「知らない? どういう意味だ?」


「私はリース王国の民を高値で買い取ると交渉を持ち掛けられた。相手の素性は知らない。どこへ売られるかも知らない」


「なんだ、それ……」


 素性のわからない相手に高値で買い取るからと言われて、自分の国の民を売り払ったっていうのか……?


「ふざけるな……! 誘拐された人たちを何だと思っているんだ……!?」


「平民がいくら減ろうが知ったことじゃない。減れば勝手に増える」


「――っ!」


 思わず殴りたくなった衝動を、爪が食い込むほど強く拳を握りしめて抑え込む。


 こんな屑野郎がリリィを手籠めにしようとしていたのか? こんな奴にリリィは嫁がなきゃいけなかったのか?


 今すぐここで「死ね」と命じたい。そうすればレチェリー公爵は何の躊躇いもなく命を捨てるだろう。……だけど、それじゃダメだ。


 俺の目的は暗殺じゃない。今ここでレチェリー公爵が死ねば、真っ先に疑われるのはリリィやピュリディ家。ルーカス王子にも疑いの目は向くだろう。


 落ち着け……。レチェリー公爵を断罪するのは俺じゃない。明日の夜会の場で罪が糾弾されなければ意味がないだろ。


「お前が人身売買に関与している証拠はあるか?」


「そんなものはない」


「どうして?」


「証拠を残すのは愚か者のする事だ」


「……ならお前には、今からその愚か者になってもらう」


 俺は事前にルーカス王子から指示されていた通りに、人身売買に関与した証拠となる書面を二枚、手書きでレチェリー公爵に作らせた。それを汚れや折り目がつかないよう専用の革のケースに入れる。


「俺の事を忘れて金貨を数えていろ。十秒後に洗脳解除だ」


 バルコニーに出て姿を隠し、レチェリー公爵の洗脳が解けたと同時にスキルを〈忍者〉に切り替え、レチェリー公爵の様子を確認する。……特に違和感なく金貨を数え続けているみたいだ。これなら大丈夫そうだな……。


 目的の証拠は手に入れた。後は明日の夜会でレチェリー公爵が断罪されるのを待つだけ……なのだが。


「何者だったんだろうな、あいつは……」


 レチェリー公爵邸から離れつつ、思い出すのはレチェリー公爵から誘拐された人々を買い取っていたフードの人物。


 〈千里眼〉で顔が見えなかったのは、あのフードが魔道具だったからか……? それに、二度も〈千里眼〉越しに俺を見ていたように思えた赤い目が気になる。


「あっ……」


 そう言えば……、金貨と一緒に手渡していた小瓶の中身をレチェリー公爵に確認し忘れた。今から確認しに戻るか……? いや、潜入がバレたら全てが水の泡になってしまう。これ以上見つかるリスクは取りたくない。


 レチェリー公爵の事だから中身は媚薬か精力剤ってオチもありそうだな……。とはいえ、いちおうルーカス王子に報告だけはしておこう。


 大したものじゃなければいいんだが……。






〈作者コメント〉

前回の対人洗脳は第12話の服屋の店員でした。

老執事のセルバス、服屋の店員に続き、レチェリー公爵が対人三人目です。

洗脳スキルで異世界無双とはいったい…………うごごご

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