第四章
第41話:このあとめちゃくちゃ気まずかった
夜会当日。
俺はリリィと共に授業を早退して馬車に乗っていた。向かう先は王都にあるピュリディ家の屋敷だ。今夜の夜会に備え、リリィはドレスに着替える必要があり、俺はその付き添いである。
「別に付き添わなくていいのだけど……」
「もしかしたらがあるかもしれないだろ。今日一日、俺はリリィの直属騎士みたいなもんだと思ってくれ」
「直属騎士ねぇ……」
頬杖をついて窓の外を眺めていたリリィはポツリと呟くと、流し目で俺を見つめた。
「なってあげないの? 直属騎士には」
誰の、なんて聞き返さなくてもわかる。俺もリリィとは反対の窓に頬杖をつき、外を眺めながら答える。
「断ったよ。俺は直属騎士としてじゃなくて、親友としてあいつの傍に居たいんだ」
「恋人じゃなくて?」
「今は親友でいい」
いずれは、という気持ちはある。だけど今は、少なくとも王位継承権争いが決着するまでは、今の関係を続けたいと思っている。
そういう風に伝えると、リリィは「そう」と短く返事をして、以降はずっと互いに無言のまま時間が過ぎて行った。
馬車は30分ほどでピュリディ家の屋敷に到着する。30人くらいの使用人が整列してリリィを出迎え、俺に対して「誰だこいつ……?」という視線を向けて来た。
そりゃそうなるよなぁ。
「リリィ!」
使用人たちの並ぶ屋敷のエントランスで、壮年の男性が俺たちを出迎える。幼い頃の記憶にかすかに残る顔と体躯だ。この人がリリィの父親、ピュリディ侯爵で間違いないだろう。
「ただいま戻りました、お父様」
「お帰り、リリィ! 学園では変わりなかったかい? 少し瘦せたんじゃないかな? あぁ、君と離れて暮らすのがこんなにも不安な事だったなんて知らなかったよ……!」
「お、大袈裟です、お父様……」
ピュリディ侯爵はリリィの健康状態を確認するかのように頬や肩などをペタペタと触る。リリィは恥ずかし気に頬を赤くしつつもされるがままで、こちらをチラリと見てようやく父親を優しく押して引き剝がした。
子供の頃、森で迷子になったリリィと再会した時も、ピュリディ侯爵はこんな感じだったような気がしなくもないな……。
こんな過保護な人が陣営のためとはいえ、愛娘を好色家の中年オヤジに嫁がせるだろうか……。少なくとも最大限の抵抗はしたはずだ。ルーカス王子の推測はほぼほぼ正しかったんだろう。
ただ、一つ王子の目算通りじゃなかったとすれば。
「せめて家族だけの時にしてください。使用人たちや友人の前では恥ずかしいですから」
「す、すまん、リリィ」
「まったく…………ふふっ」
リリィはルーカス王子に言われずとも、ピュリディ侯爵の真意に気づいていたんじゃないか……? あの場では王子の言葉で初めて父親の真意に気づいたように見せていた。その方が、ルーカス王子にとって利用しやすい相手だと思われるから……。
ルーカス王子ならスキルでそれも見透かしている可能性もあるが…………うん、わからん。腹の探り合いとか考えても疲れるだけだ。
「…………ところで、こちらの彼はいったい何者かな? 返答次第では剣の錆にしなくてはいけないよ?」
ピュリディ侯爵は娘への甘々な態度とは打って変わって、俺を冷たい眼差しで睨みつける。腰に携えた剣をいつでも抜けるように半身を引いているあたり、剣術の心得もありそうだ。……そして冗談半分でもなさそうだ。
俺は胸に手を当て、貴族式の礼で自己紹介を行う。
「ご無沙汰しております、ピュリディ侯爵閣下。プノシス領領主、マイク・プノシスの息子ヒューでございます」
「プノシス領…………ということは、あの時の少年か!」
「憶えていてくださったのですか」
「ああ、もちろんだとも! 娘にたかる悪い虫……ではなく、娘の友人を忘れるわけがないだろう?」
なんかとんでもない暴言を吐かれた気もするが、聞かなかった事にしよう。
どんな形であれ俺の事を憶えていてくれたのはありがたい。リリィとの関係性を一から説明せずに済む……と思ったのだが、
「…………まさかと思うが、あの約束を真に受けて来たのではないだろうね?」
ピュリディ侯爵は声のトーンを落として俺に詰問する。あの約束とは、幼い頃の別れ際にリリィと交わした約束の事だろうか。まさか侯爵も憶えていたとは。どんだけ娘が大好きなんだ、この人は……。
「えーと、何のことでしょう……? すみません、なにぶん十年以上も前の事ですから記憶も曖昧でして。実はリリィともずっと初対面だと思っていたのです。あまりにも美しくご成長なさっていたものですから」
「おお、そうか。うんうん、そうだろうそうだろう。リリィは妻に似てとても美しく成長したからなぁ。なかなか見る目があるではないか、君! 御父上と御母上はお元気かな? あの時の礼をいつか返さなければと思っているのだが」
「はい、おかげさまで。父と母も、またピュリディ侯爵とお会いしたいと常々申しておりました。ぜひまた機会がありましたら、プノシス領にお立ち寄りください。領民総出でお出迎えさせていただきます」
「そうだな、うむ。ぜひ機会があればそうさせていただこう!」
……社畜時代に取った杵柄か、こういう会話はスラスラと口から出て来る。リリィが何か言いたげな瞳を俺に向けていたが、今はとりあえずピュリディ侯爵との会話を優先させてもらった。
「それで、どうして君が娘と一緒に居るんだね?」
「その説明は私から。ヒューとは王立学園で再会しました。私にとって彼は大切な友人、言うなれば幼馴染です。ですので、今日という私の人生で最も大切な日に彼にも同席してもらいたいと考えました」
「む? つまり夜会へ招待したいということかい? それは別に構わないと思うが、やけに急だね。事前に手紙で伝えてくれれば良かったのに」
「直接会って頂いた方が早いと思いましたので。お父様も男性を連れて帰ると事前に知らされていたら心配なさるでしょう?」
「それは……確かに」
ピュリディ侯爵は合点が行ったと頷く。
「それじゃあ、私はドレスに着替えて来るわね。ヒュー、お父様と待っていてくれるかしら? 二時間ほどで戻って来られると思うから」
「ああ、わか――えっ? 二時間!? 着替えるだけでそんなにかかるのか……?」
「当たり前でしょう。何のために学園をわざわざ早退したと思っているのよ」
「それもそうか……」
やけに余裕を持って早退するんだなぁと思ってはいたが、まさか身支度にそこまで時間がかかるとは……。
それじゃあね、とリリィはメイドさんを引き連れてエントランスから立ち去る。残された俺とピュリディ侯爵は互いに顔を見合わせる。
「あー……。とりあえずお茶でもいかがかな?」
「あ……、はい。ご馳走になります」
ここからの二時間、俺はいったいどんな会話をこの人とすればいいんだろうか……。
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