第40話:父の心実は娘知ってる

「さて、夜も遅い時間だ。そろそろ本題に入ろうか。まずは状況を整理しよう。三日後の夜、レチェリー公爵邸で大規模な夜会が開かれる。そこで君とレチェリー公爵の婚約が発表され、レチェリー公爵は正式にスレイ兄上への支持を表明する。それは間違いないね?」


 ルーカス王子に問われ、リリィは静かに首肯する。この情報は俺がリリィから聞いてアリッサさんを通じて王子に伝えたものと同じだ。


「君とレチェリー公爵との婚約話はいつ頃から出ていたんだい?」


「……半年ほど前から父上とスレイ殿下が頻繁に会われていました。おそらくその頃から話が進んでいたのだと思います。私にそれが知らされたのは、一か月前です」


「……なるほど。ピュリディ侯爵らしい」


「え……?」


 訳知り顔で頷くルーカス王子にリリィが疑問符を浮かべる。今のやり取りで何か察するところがあったようだが、俺にもさっぱりわからなかった。


「安心していいよ、リリィ嬢。君の御父上はしっかりと君のことを案じてくれている。好色家の中年オヤジに喜んで君を差し出そうとしているわけじゃない」


「それは、どういう……?」


「スレイ兄上が君とレチェリー公爵の縁談を持ち掛けたのは半年前。ちょうど僕が王位継承権争いに参戦しようと準備を始めた頃だ。スレイ兄上はそれを目敏く察知して、僕が壇上に上がる前に王位継承権争いの決着をつけようとしたんだろう」


「……でも、そうはなからなかった……?」


「君の御父上はスレイ兄上の提案をすぐには飲まなかった。もしスレイ兄上が縁談を持ち掛けた時点で受け入れていれば、君はもうとっくにレチェリー公爵へ嫁いでいたはずだ。この場に居ないどころか、王立学園の入学試験すら受けていなかっただろう」


「それってアリなんですか……?」


 ルーカス王子の推測に疑問が浮かんだので尋ねる。


 戦争に有用と思われるスキルを授かった全員に、王立学園の入学試験を受ける義務が発生する。仮にリリィとレチェリー公爵が結婚していたとしても、リリィは王立学園の試験を受けなければならないはずだ。


「もちろんナシだよ、普通はね。だけど半年前ならどうとでもなったんだ」


「……私の誕生日は三か月前。半年前の時点では、まだスキルを授かっていなかったわ」


「まさか、スキルを誤魔化すつもりで……?」


「そう。神から授かるスキルは、。だからスキルを秘匿して嘘をついて誤魔化せば、王立学園の試験を受けなければならない義務は発生しないんだ。そして仮にばれたとしても、レチェリー公爵にはそれを揉み消せるだけの権力がある」


「スキルは自己申告だから、誤魔化そうと思えば簡単に誤魔化せるわけか……」


 ……俺がやったのと真逆だな。神から〈洗脳〉スキルを授かって、テンパって誤魔化すために手から火が出るスキルなんて言ってしまったから、俺は王立学園の入学試験を受けなければいけなくなったわけで。


「まあ普通はしないけどね。貴族にとっては王立学園に通うだけで一つの名誉になるし、平民にとっても王立学園を卒業できれば将来は約束される。リスクを負って誤魔化そうとするなんて余程の引きこもりか、危険なスキルを授かってしまった者だけだ」


「…………そうですね」


 含みのある言い方をしてルーカス王子は俺を見て微笑む。こういうところが油断ならないんだよな……。リラックスなんてできるわけがない。


「ピュリディ侯爵は返事を先延ばしにすることで、リリィ嬢が学園に入学するまでの時間稼ぎを行った。リリィ嬢のスキル〈戦術家ストラテジスト〉は僕でも知っている。なんて、まさに戦争に持って来いのスキルだ。王立学園に入学して然るべきだろう」


「父は私のスキルを知ると周囲に自慢するようになりました。かつて鬼謀の軍師と呼ばれた曾祖父の生まれ変わりだとか、こちらが恥ずかしいくらいに……」


「それも計略の一つだったんだろうね。君のスキルが知れ渡れば知れ渡るほど、スレイ兄上やレチェリー公爵は君を王立学園に入れなければならなくなる。そうすれば三年間は君の身は安全だ。婚約はしても一緒に住めないし、手を出されることもない。王立学園はよほどの成績不振や素行不良か、それこそ死にでもしなければ退学にはならないからその点でも心配はしていなかったと思うよ」


「お父様……っ」


 リリィは胸の前でキュッと両手を祈るように握りしめる。自分はもしかしたら父親に売られたんじゃないか。そんな不安も彼女の中にはあったんだろうか……。


「ピュリディ侯爵も立場上、スレイ兄上とレチェリー公爵から圧力をかけられれば断ることは出来ない。だけど精一杯の抵抗として、君が王立学園に入学するまで君を守り通して見せた。僕は君の父上を立派だと思うよ」


「ありがとうございます、ルーカス殿下」


 頭を下げるリリィに、ルーカス王子は微笑みで答える。


 ……怖いな、本当にこの人は。


 リリィの不安を取り除いたと同時に、リリィの父親が婚約を望んでいないとリリィが思いこむように誘導したのだ。俺もリリィの父親は婚約を望んでいなかったと思うが、それはあくまで憶測にすぎない。


 ルーカス王子はそれをさも真実かのように話して、リリィに信じ込ませようとしている。その方が、自分にとって都合がいいからだ。


 俺は机の下でひっそりと (どうせルーカス王子には見えているだろうが)手を伸ばし、リリィの手を握る。驚いた表情でこちらを見たリリィだったが、俺の手を振り払うことなくむしろ強く握り返してくれた。


「ふふっ。さて、こちらの勝利条件を確認しておこうか」


 ルーカス王子は人差し指を立てて言う。


「第一に優先すべきはスレイ兄上とレチェリー公爵の連携を断つことだ。そのためにレチェリー公爵とリリィ嬢の婚約を破談にするのは絶対条件と言えるだろう。……ただし、それには少し問題がある」


「……リリィとピュリディ家が矢面に立ってしまう事ですね?」


「そう。例えばリリィ嬢が一方的に婚約を破棄すると宣言したとしよう。そうすればリリィ嬢とピュリディ家への非難は凄まじい事になる。メンツを潰されたスレイ兄上は全力でピュリディ家を潰そうとするだろうし、レチェリー公爵も何をしでかすかわかったものじゃない。最悪、その場でリリィ嬢とピュリディ侯爵が殺される可能性すらありえる」


「……っ」


 リリィが俺の手を握る力を強めた。


 彼女が最も危惧していた問題がこれだろう。レチェリー公爵との婚約が破談になれば、責任はピュリディ家に圧し掛かる。味方陣営のはずのスレイ殿下や他の貴族たちから集中砲火を浴び、待っているのはピュリディ家の破滅だ。


「それを避けるためには、リリィ嬢とレチェリー公爵の婚約破棄に正当な理由が必要になるだろう」


「正当な理由、ですか……?」


「そう、例えば」


 ルーカス王子は口元に弧を描くような笑みを浮かべて言い放つ。




「――レチェリー公爵が人身売買に関与しているとか、ね」

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