第39話:密談ダダン
「リリィがそこまで緊張するなんて思わなかったな」
「平然としている貴方の方が異常なのだけど……? ピュリディ家の人間とは言え王族の方とお会いする機会なんてほとんどないわ。緊張するに決まっているでしょう……!」
「でも毎日ルーグと顔を合わせてないか?」
「あの子は別。王族だけど、幼い頃からの友人だもの。王族らしい振るまいなんてほとんど見たことがないし」
「それはたしかに」
俺がルーグの正体を知ってからも変に意識せず居られるのは、間違いなくルーグが王族らしくないからだよなぁ。
部屋でぬいぐるみを抱えてゴロゴロしている姿は、どこからどう見ても普通の女の子だ。……いや、男の振りしろよマジで。
「……ルーカス王子は生まれながらのハンディキャップを負いながら、常に王族であり続けようとされていた。ここ数年は体調の悪化でお休みになられていると聞いていたけれど、最近は積極的に政務もこなされて瞬く間に王位継承権争いに向けて陣営を構築されているわ」
「王族らしい王族ってことか」
「……もしかしたら、王の素質を一番持っているのがルーカス王子なのかもしれないと思う事もあるの。あの方がもし視力を持って生まれていたら、王位継承権争いなんて起きなかったでしょうね」
「視力……」
ルーカス王子はスキルを得て視力を回復している。代償として見え過ぎるようになったらしく目隠しは欠かせないみたいだが、既に王になるための障害は取り除かれているのだ。
後はそれをどこで明かすのか。今のところリリィはまだそれを知らない。徹底的に隠し通して来たんだろうな。
おそらくルーカス王子は最も効果的な場面でそのカードを切ろうとしていたはず。だがその前に、リリィとレチェリー公爵の婚約によって王位継承権争いが決着しかけている。
ルーカス王子が何か仕掛けるなら、三日後の夜会。リリィとレチェリー公爵の婚約が発表されるタイミングを置いて他にないだろう。だからこそ、ルーカス王子はわざわざ俺たちを呼びつけた。
馬車が速度を緩め始める。窓から外を見ると、人けのない静かな街並みだった。うーむ、王都の地理に疎すぎてここがどこだかサッパリわからん。街灯もほとんどない薄暗い路地で馬車は停車し、アリッサさんが車体のドアを開けてくれる。
「いちおうこれを着るッス」
手渡されたのは白色に青のラインが入った外套。これ、騎士団の外套か……? という事は、密会場所には騎士団の詰所を使うんだな。
アリッサさんに指示されたとおりに外套を着て馬車から降りる。フードを目深にかぶって顔を隠し、近くの建物に入った。
建物の中には数名の騎士が待機しており、警備は厳重。〈忍者〉スキルで探ると建物の外にも騎士が警戒のため潜んでいるようだ。おそらく既にルーカス王子が到着しているんだろう。
アリッサさんは奥の部屋の扉を変則的なリズムで叩く。すると中からロアンさんの声で「入れ」と返事があった。アリッサさんは扉を開き、俺とリリィに入室を促す。
室内で待ち構えていたのは壁際に立つロアンさんと、リラックスした様子で席に着き微笑みながらこちらに手を振っているルーカス王子。
「やあ。待っていたよ、ヒュー。ピュリディ侯爵家令嬢も」
「御久しゅうございます、ルーカス殿下」
リリィは緊張していると言っていたわりには完璧な一礼をしてみせる。そしてちらりと俺を見てギョッと驚いたように目を見開き、俺の頭に乗り掛かる勢いで強引に頭を下げさせた。
「も、申し訳ありません! 彼はその、辺境のド田舎生まれなもので礼節に欠けておりまして! どうかお許しくださいっ!」
……やっぱり緊張していたらしい。こんなに慌てているリリィは珍しいな……。
「落ち着いてくれ、リリィ」
「貴方が落ち着き過ぎよ……っ! 申し訳ありません、殿下っ! この馬鹿は本当に常識しらずの田舎者なのです! ですからどうかこのご無礼をお許しくださいっ!」
「あははっ! 仲が良いんだね、君たちは。……うん、ヒューが僕に頼ってまで彼女を助けたいと思う気持ちは理解できたよ」
ルーカス王子の言を聞いてようやく気付いたのだろう。
「もしかして、既に面識が……?」
「入学式の翌日に色々あって王城へ呼び出されたんだよ。その時に少しな」
「さ、先に言いなさいよ……っ、もうっもうっ!」
リリィは顔を真っ赤にしてポコポコと俺を叩いて来る。それを見てルーカス王子はクスクスと楽しそうに微笑んでいた。
「やっぱり仲が良いんだね。二人とも楽にして座るといい」
ルーカス王子に促され、リリィは困惑した表情を浮かべる。「本当にいいのかしら……」と小声で呟くので、俺は椅子を引いて彼女に座るよう促した。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
俺もリリィの隣に座ると、ルーカス王子はテーブルに置いてあった水を一口飲んでから話始める。
「ここは公の場じゃないから二人とも僕に畏まる必要はない。ピュリディ侯爵令嬢もヒューを見習ってリラックスするといい」
「そう言われましても……」
ちらりとこちらを見てリリィは「どうするべき?」と目で尋ねて来る。
「適度な緊張も必要だと思うぞ。俺も殿下が言うほどリラックスしてるわけじゃない」
「おや、そうなのかい?」
「貴方を相手に気なんて抜けませんよ」
初めて会った時に何度不意を突かれた事か。あれのせいで余計なことまで話してしまったような気がする。そんな相手を前にして警戒心を捨ててリラックスなんて出来るはずがない。
「手厳しいね。だけどその警戒心は好ましくもある。君を仲間に引き入れてよかった」
……どこまで本気で言っているんだろうな、この人は。
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