第38話:夜に出駆ける

 翌日の夜。俺はルーグと普段通りに過ごしつつ、密かに部屋から抜け出すタイミングを見計らっていた。アリッサさんから指定された時刻は22時。就寝する時間には少し早く、当然まだルーグも起きている時間だ。


 夕食とシャワーと宿題も終え、ルーグはパジャマにしているワンピース姿でノコノコさんを抱きながらベッドでごろごろ寝転がっていた。


 ……こう見ると本当に女の子にしか見えないのだが (実際に女の子)、本人はまだ俺に性別を隠しているつもりなんだよな……。


 その点に関しては俺も悪くはある。気づいているのだからとっとと指摘すればいい。だけどそうしてしまうと、このポンコツルームメイトはなし崩し的に第七王女ルクレティア・フォン・リースであることまで言い出しかねない。


 俺だけが密かに察しているのと、両者の共通認識であるのとでは意味合いが違って来る。少なくとも俺は、ルーグに対してこれまで通りの接し方をすることが難しくなるだろう。


「……すまん、ルーグ。ちょっと出かけて来る」


 俺は意を決し素直に外出することを伝える。


「うんー…………んっ!? こんな時間に!?」


 ルーグは初め生返事をしてきたが、今の時刻を思い出したのだろう。ノコノコさんを抱きかかえたままベッドの上に飛び起きた。


「もうすぐ22時だよ? こんな時間にどこ行くの……?」


「あー……、ちょっと野暮用が出来たんだ。大丈夫、夜の内には戻って来るよ」


「夜の内にはって…………ハッ、まさか女の子と密会!?」


「だとしたらこんな素直には話してないな」


 ……いやまあ、これから会う相手はアリッサさんとリリィだから、女の子と密会と言えばそうなのだが……。もちろん目的はその後の、ルーカス王子との密会の方だ。


「そう、なんだ……。ヒューの事だから何か事情はあると思うんだけど……」


 ルーグはノコノコさんをギュッと抱きしめて顔を埋める。しばらくそうした後、こちらを伺うような目線を向けて来る。


「事情は話せないんだよね……?」


「まあ、今のところは」


 話してしまってもいいのだが、俺の中でその踏ん切りはまだつかない。ルーグとの今の関係性が壊れてしまうんじゃないか。そう考えるとどうしても怖くてな……。


 ただ、何も言わないのも不誠実だとは思う。全てを隠してルーグを不安にさせてしまうのは、たぶん違う。


 だから、これだけは伝えておこう。


「リリィを助けるために、俺に出来る事をしようと思ったんだ」


「リリィを助けるため……?」


「ああ。だからこれからしばらく、夜に外出することがあると思う。だけど必ず帰って来るから安心して待っててくれると嬉しい」


「…………うん」


 ルーグは唇を真一文字に結んで考え込んでから、小さく頷いた。


「ヒューがリリィのためだって言うなら、ボクは信じる。でも、危ない事はしちゃダメだからね……? 帰って来なかったら、許さないんだから」


「約束する。必ず帰って来るよ」


「……じゃあ。いってらっしゃい、ヒュー」


「いってきます」


 ルーグに見送られ、俺は寮の自室から廊下へ出た。


 色々と言いたい事や聞きたい事はあっただろう。ルーグはそれを飲み込んで俺を見送ってくれた。……ありがとう、ルーグ。


 既にスキルは〈忍者〉に切り替えてある。気配と足音を消し、廊下の窓から外へ飛び降りる。俺たちの部屋は二階だから〈忍者〉スキルの身体強化で十分に降りられる高さだ。


 そのまま闇に潜んで移動し、アリッサさんとの待ち合わせ場所である校門前へ向かった。事前に聞いていた場所に停まっていた馬車に乗り込むと、そこには既にアリッサさんとリリィの姿がある。


 アリッサさんは腰の剣に手をかけてほとんど抜きかけていた。


「スキルを切り替えられるとは聞いてたッスけど、本当みたいッスね。ここまで接近されるまで自分が気配に気づけないなんて……、いったいどんなスキルを使ったんスか」


「それは秘密って事でお願いします」


 アリッサさんにもリリィと同様に俺のスキルについて部分的に能力を開示しておいた。幾つかのスキルから任意にスキルを切り替えられる……といった具合にして、〈洗脳〉には触れていない。


「あんまり秘密主義はおススメしないッスよ? 無駄に警戒心を煽るだけッスからね。不審な行動をされたら斬らなくちゃいけなくなるッス」


「……気を付けます」


 アリッサさんやロアンさんの立場からしたら、スキルを切り替えられる俺は最もルーカス王子に近づけたくない相手だろうからな……。警戒されるのも無理はないし、何かの拍子に斬り殺されても文句は言えない。今もかなり危なかった。


 ルーグにも心配されたばかりだ。これからはもっと慎重になろう。


「それじゃ、出発するッスか」


 アリッサさんは御者台の方へ移動し、馬車がゆっくりと動き出す。


 アリッサさんは騎士団と教員の掛け持ちであることから、学園の内外を自由に行き来する許可を貰っているらしい。とは言え、さすがに生徒を連れ出したのがバレるのは不味いので、俺とリリィは馬車の中で身をかがめて息を潜める。


 校門に差し掛かり、アリッサさんが警備の衛兵と気軽に挨拶を交わす。馬車はそれだけで簡単に学園の敷地外へ出ることが出来た。


 馬車の周囲に人の気配が無くなったことを確認して、俺とリリィは一息吐いてから席に座りなおす。


「まさか、学園を抜け出すのにアリッサ先生を使うなんて思わなかったわ」


「その方が色々とスムーズだったんだよ」


 その気になればリリィを抱えて壁を飛び越えるくらいは出来ただろうが、目的はルーカス王子との密会だ。連絡役であるアリッサさんに全てを任せてしまった方が、変な疑いを持たれずに済むだろう。今しがた釘を刺されたばっかりだしな。


「どこへ向かっているのか、貴方も知らないのよね……?」


「まあな」


 おそらく王城からそう遠くないどこかだとは思う。それが宿泊施設なのか、騎士団の詰所なのか、それとも別の場所なのかまではわからないが。


 〈忍者〉スキルのおかげで、暗い馬車の中もハッキリ見ることができる。リリィは落ち着かない様子でしきりに視線を彷徨わせていた。


「もしかして緊張してるのか?」


「当たり前でしょう……っ! 誰に会うかなんて言われなくてもわかるわよ……っ!」


 リリィにはこれから会う相手が誰だとは伝えていない。


 だが、状況証拠が揃っているからリリィならすぐに思い当たるだろう。ルーグがルクレティア王女だと知る俺が、リリィの抱える問題を解決するために騎士団に所属するアリッサさんを通じて連絡を取る相手。


「まさか、ルーカス王子と直接会う事になるなんて……っ!」


 リリィは頭を抱えて大きな溜息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る