第34話:涙の数だけ強くなれるのだとしたら

「すまん、ちょっと便所行って来る」


 三人には先に行っててくれと伝え、一人で校舎へ戻り近くの男子トイレに駆け込む。個室に入って鍵を閉め、制服の胸ポケットから手鏡を取り出した。


「さて、どんなスキルにするべきか……」


 決闘と言いうからには剣による試合になるだろう。


 父上から剣術の手解きを受けてはいるが、あくまで基礎を教わっただけだ。父上がそもそも剣の達人というわけではないし、そんな父上を相手にしても俺は一度も試合に勝てたことがない。


 イディオットに勝つためにはスキルが必須。〈発火ファイヤキネシス〉だと火力が高すぎてイディオットを焼殺しかねないから別のスキルに切り替える必要がある。


 最初に思いついたのは〈忍者〉だが、これだと正面切った戦いには不安が残る。気配や姿を消したらスキルが変わった事もバレバレだ。純粋に剣の実力が上がるスキルが良いだろう。


 だとしたら〈剣術〉などの単純なスキルが良いだろうか。……いや、イディオットのスキルは〈守護者シュバリエ〉。おそらく〈職業スキル〉だから複数のスキルと同じ力を有していると考えた方が良い。


 〈剣術〉だけではスキルの性能差で押し切られるか……? 〈剣術家〉、〈剣豪〉…………いや、もっと強そうなスキルを俺は知っている。


 アリッサさんの前でこのスキルを使うのはハイリスク過ぎるかもしれないが、身内だから多少は大丈夫だと信じたい。


「スキル〈洗脳〉――ヒュー・プノシス。お前のスキルは〈剣聖ソードマスター〉だ」




ヒュー・プノシス 

スキル:剣聖Lv.Max ……剣にカテゴライズされる武器を持った際に発動する。人を超えた力を発揮し思いのままに剣を振る事が出来る。古今東西全ての流派の剣技を繰り出せる。




「……強すぎるか、これ?」


 ステータスに表示された説明を見て不安が過る。そう言えば〈洗脳〉で書き換えたスキルはLv.Maxになるんだった。


 人を超えるとか書いてあるし、これはちょっとさすがに不自然になってしまうだろう。アリッサさんだけでなく、クラスメイト全員から怪しまれそうだ。


「ヒュー・プノシス。お前のスキルは〈剣術〉だ」




スキル:剣術Lv.Max ……剣にカテゴライズされる武器を持った際に発動する。剣を自由自在に操ることが出来るようになり、古今東西全ての流派の剣技を繰り出せる。




 さすがLv.Max。これだけでも十分に強い。


 が、〈剣聖〉に比べればギリギリ許容範囲だろう。イディオットの〈守護者〉がどれだけ強力か未知数だが、これ以外に良い塩梅のスキルは思いつかないな……。出たとこ勝負で何とかするしかない。


 腹をくくってトイレから出ると、正面の壁の前でリリィが腕を組んで待ち構えていた。


「こんな所で何やってるんだ?」


「さっき話があるって合図したのだけど、まさか気づいてなかったの?」


「合図? ……って、あれか」


 学食に行く直前、リリィが呟くように口を動かしていたのを思い出した。


「場所を変えましょう。ついてきて」


 リリィに促され、俺はその後に付き従う。校舎裏に回り、ちょうど建物と建物の陰になっている場所で彼女は立ち止まった。


「ヒュー、あなたにだけは伝えておこうかと思ったの」


「俺だけに? ルーグやレクティには言えない内容なのか?」


「……いいえ。ただ、今知る必要はないってだけよ」


 言えないのではなく言いづらいって事か。十中八九、レチェリー公爵との婚約に関連する話だろうな。


「五日後、レチェリー公爵の屋敷でスレイ殿下と殿下を支持する貴族たちが一堂に集まる大規模な夜会が開かれるの。そこで私とレチェリー公爵との婚約が発表されて、正式にレチェリー公爵がスレイ殿下を次期国王として擁立すると宣言するわ」


「どうしてそれを俺に?」


「……スレイ殿下が王になれば、間違いなくルーカス王子は殺される。ルクレティアも無事では済まされないはずよ。〈聖女〉のスキルを持つレクティも利用されかねない……。だから今の内に、あなたはルクレティアとレクティを連れて逃げなさい。プノシス領まで捜索の手が回るには時間がかかるはずだから簡単に逃げられるわ。あそこなら二人くらい匿える場所なんていくらでもあるでしょう?」


「まあ、匿うのは難しくないな」


 プノシス領の広大な大自然の中には、人の一人や二人隠れ住める場所ならいくらでもある。天然の洞窟やダンジョン、廃棄された古代の砦など枚挙にいとまがないほどだ。


「けど、ルーグとレクティがそれを望むと思うか?」


「……望むか望まないかじゃないでしょう。これは彼女たちの命を守るためにどうするべきかという話よ」


「論外だな。考えるだけ時間の無駄だ」


「な――っ!?」


 提案をバッサリと切り捨てた俺にリリィは絶句する。


「ルクレティアとレクティを守りたいと思わないの……!?」


「そんなわけないだろ」


 俺はルーグを守るためならどんな事だってするつもりだし、レクティも可能な限り守りたいと思っている。


 ……だからこそ、リリィの案は到底受け入れられない。


 俺が求める幸せは、平穏は、悠々自適なスローライフは、大切な誰かの犠牲の上に成り立つものじゃないのだ。


「俺が守りたいのは二人だけじゃない。お前もなんだよ、リリィ」


「……っ! あなたに、何ができるのよ。ド田舎の貧乏貴族に私を助けられるっていうの!?」


「お前がそれを望むなら」


「どうやってよ!?」


 方法はある。


 後は、俺が覚悟を決められるか。


 リリィの事を信じられるか。


 10年前。森で出会った女の子との別れ際、俺は彼女に対して何と言ったのだろう。今となっては思い出すことが出来そうにない。


 けれどきっと、俺ならこう言ったはずだ。


 この子は泣きたくても泣けない子なんだと思ったから。


 だからいつか、もし再会することが出来たなら。



 ――君が安心して泣ける相手になれるように頑張るよ。



 覚悟を決める。リリィを救うため、リスクを許容する。もしこの選択が裏目に出たら、それはもう仕方がないと諦めよう。例えそうなってもリリィの力になりたいと、俺は思ってしまったのだから。


「リリィ。……俺は、自分のスキルを自由に書き換えることが出来る」


「…………はぁ?」


「信じられないだろ? 自分自身このスキルのことはまだよくわかっていないんだ。……だけど、この力ならお前を救うことが出来ると思ってる」


「……なによ、それ。そんなデタラメで励まそうなんて、そんなの……」


 リリィはギュッと拳を握って唇を噛む。


 やっぱり簡単には信じてくれないよな。今ここでスキルを切り替えても良いが、さすがに〈洗脳〉スキルを持っている事まで知られるのは、怖い。リリィには〈スキルを自由に書き換えるスキル〉と認識して欲しいところだ。


 おあつらえ向きに、スキルを書き換えられると証明する機会はすぐそこに迫っている。


「イディオットとの決闘でそれを証明する。俺は〈発火〉とは別のスキル、〈剣術〉スキルを使ってイディオットに勝つ。そうすれば信じられるんじゃないか?」


「……イディオットは強敵よ。彼のスキル〈守護者シュバリエ〉は〈剣術〉や〈盾術〉の他にも〈身体強化〉を含んでいる。もしかしたらもっと別の力も……」


「つまり、普通にやれば俺には勝てない相手ってわけだ」


「……そうね。何か勝算があって決闘を受けたのだとは思っていたけれど、もし貴方の言葉が真実なのだとしたら勝つことは不可能じゃない……はず」


「決まりだな」


「……だけど、仮に貴方がイディオットに勝ったとしても私の意思が変わるとは限らないわ。私の婚約にはピュリディ家の命運がかかってるのよ。例え貴方がスキルを自由に変えられるとしても、こればっかりは……」


「それに関しては、何とかなるかもしれない。昨日の内に相談済みだ」


「…………え?」


「早ければ今日にでも返事が来る。それ次第で考えればいいさ」


 俺の予想が正しければ、この問題の解決は彼の判断次第でどうとでもなるはずだ。面食らった様子のリリィに「そろそろ戻ろう」と声をかけて踵を返す。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 慌てて追いかけて来たリリィに質問攻めされたが、この場ではテキトーに誤魔化した。


 まずはイディオットを倒してリリィの信頼を勝ち取ろう。


 話はそこからだ。

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