第35話:能ある馬鹿は爪を知らず知らず隠している

 ルーグやレクティと合流し第二グラウンドへ向かうと、グラウンドには既にほとんどのクラスメイトが集まっていた。そこにはイディオットと取り巻きたちの姿もあり、俺たちを見つけたイディオットはこちらへ歩み寄って来る。


「遅かったではないか、ド田舎貧乏貴族。僕との決闘に恐れをなして逃げ出したのかと心配していたのだよ」


 イディオットの言葉に取り巻きたちがクスクスと嘲笑う。それにムッとした表情を見せたのはルーグとレクティだ。


「逃げ出したんじゃない! ヒューはトイレに行ってただけだもん!」


 おい、そんなことわざわざ言わなくていいんだぞ。


「そ、そうです! ヒューさんはちょっとお腹の調子が悪いだけです!」


 レクティに至ってはまったくフォローになってない。俺は一言も下痢だなんて言ってないからな?


「なに!? ……そうだったのか、ヒュー・プノシス。もう大丈夫なのか……? お腹を冷やさないように気を付けるんだぞ……?」


そしてイディオット、お前はどうして急に優しくなるんだよ……っ!


「……あー、ありがとう、イディオット。もう大丈夫だ。それより、決闘の内容は剣の打ち合いで良いんだよな?」


「もちろんだ。貴族同士の決闘となればそれしかあるまい。僕の剣技でどちらがレクティ嬢に相応しいか証明して見せようではないか!」


 やはり剣の腕には自信があるようで、イディオットは腰に携えた鞘から剣を抜き放つジェスチャーをして見せる。


 学園内は帯剣禁止だからあくまで振りだけなのだが、「おぉー!」と取り巻きたちから歓声が上がった。さすがイディオット様! などと口々に褒め称えている。イディオットは誇らしげに胸を張り満更ではなさそうだ。


 その様子をリリィが苦々し気な表情で見つめている。きっと幼い頃からこういう環境でイディオットは育って来たんだろうな。それを間近で見て来たリリィには色々と思うところがあるのかもしれない。


「おー、みんな揃ってるッスね! 真面目な生徒たちを持てて先生は嬉しいッスよー。いやー、感心感心」


 授業開始の鐘が鳴って5分くらいが経過した頃、ようやくアリッサさんが木剣を二本抱えてやって来る。


「遅刻ですよ、アリッサ先生」


「手厳しいッスね、リリィ嬢。仕方がないじゃないッスか、久々の学食が美味しすぎてついつい食べすぎちゃったんスから」


「何の言い訳にもなってませんが……」


 いったいどこがどう仕方がないのかまるでわからなかった。窘めようとしたリリィだったが諦めて溜息を吐いている。


「さすが王立学園。騎士団の食堂とは比べ物にならないッス。この中に騎士団に入りたい生徒が居たら覚悟するッスよ。量だけ無駄に多いだけで味なんてほとんどないッスからね!」


「あの、先生。そろそろ授業始めて貰えませんか」


「ヒュー少年も真面目側の人間ッスねー。言われなくても始めるッスよ、ほいっ」


 アリッサさんが俺とイディオットに抱えていた木剣をそれぞれ投げ渡す。


 握った瞬間、まるでそれが当たり前かのように木剣は手に馴染んだ。どのように振ればいいのか、その時の姿勢や足の運び方まで全てが理解できる。


「へぇ」


 試しに軽く剣を振った俺を見てアリッサさんが目を細める。ヤバイ、いきなり勘付かれたか……? 織り込み済みとは言え肝が冷えるな……。


「待ちかねたぞこの時を! 見ていてくれ、レクティ嬢! 僕こそが君を守るに相応しいとこれから証明して見せる!」


「が、頑張ってください、ヒューさんっ!」


「レクティ嬢!? ゆ、赦さんぞヒュー・プノシス――っ!!」


 勝手にエキサイトするイディオットを中心に、クラスメイト達は円を作るように距離を取る。あっという間に即席の決闘場が出来上がった。


「頑張ってね、ヒュー!」


「む、無理だけはしないでくださいね……?」


「ありがとう、二人とも。行って来る」


 ルーグとレクティに見送られてイディオットの元へ向かう。リリィは何も言わず黙って俺を見つめていた。イディオットに勝つのは最低条件。そのうえでリリィが納得できる勝ち方をしなくちゃならない。


 およそ十メートルの距離を空け、互いに木剣を構える。


「勝負だ、ヒュー・プノシス!」


「来い、イディオット・ホートネス」


「準備できたッスかね? それじゃ、この決闘は王国騎士団のアリッサ・スウィフトが見届けるッス。両者正々堂々――勝負開始!」


 アリッサさんの宣言と同時、


「はぁ――ッ!」


 先に動いたのはイディオットだ。スキルの恩恵によって強化された身体能力を駆使し、彼は十メートルの距離を二歩で詰めて来る。


 速い……が、対応できない程じゃない。


 上段からの振り下ろしを、剣を斜めに構えて同時にステップを踏んで受け流す。続けざまの振り上げと突きは後ろに下がりつつ木剣を軽く当てていなして対応。隙を見て軽く剣を振ると、イディオットは一度大きく後ろに飛んで距離を取った。


「イディオット様の連撃が……」

「なんなの今の攻防!?」

「凄い、剣が全然見えねぇ」

「どっちが勝つんだ……!?」


 ギャラリーがにわかに騒がしくなる。想像以上のレベルの高さに驚いているようだ。


 ……正直、俺も驚かされた。


「やるではないか、ヒュー・プノシス!」


「そっちこそ……!」


 〈剣術〉スキルを得た今だからわかる。イディオットはただ周囲に褒め称えられて調子に乗っているだけのボンボンじゃない。


 彼の剣術の腕は、俺のようにスキルで得ただけの付け焼刃ではなく、努力と研鑽によって積み上げられた――本物だ。

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