第33話:お前たちが俺の両手だ!
ルーグの爆弾発言はとりあえずジョークの類としてスルーされ、イディオットやルーグによって地獄のような空気にされた自己紹介タイムは何とか無事に終了した。
何人か引きずられて黒歴史を量産していたが、中盤からは落ち着いてレクティも俺も名前とスキルだけを言うシンプルな自己紹介で済ませる。
自己紹介の後は簡単な年間行事や定期試験の内容などの説明があった。事前に用意された資料をアリッサさんが読むだけの時間が過ぎ、ホームルームは終了。アリッサさんは退室し、別の教員が教室に入って来る。
記念すべき最初の授業は数学だ。内容は入学試験と同じ前世で言う中学生レベル。事前に配られた教科書を捲っても、それほど難しい内容はない。
この世界の文明レベルなら四則演算さえ出来れば生きて行けるだろうから、これでも一般の教育水準に比べればかなり高いレベルの学習内容なのだろう。
平民出身でしかも貧民だったレクティはいきなり苦戦していた。まともな教育を受ける機会すら無かったのだと思う。リリィと俺でフォローしつつ何とか問題を解いていったが、これは基礎の四則演算から勉強した方が良さそうだ。
数学が終わり、続いては王国史の授業。今度はレクティだけでなく俺も苦戦する羽目になった。神授歴何年にどのような出来事が起こったのかは知っていて当たり前。そこから発展し時代背景や周辺国との関係などの踏み込んだ内容が授業の主題になっている。
辺境のド田舎領地を運営するのにこんな知識は必要ないのだが、王都の貴族にとっては一般教養の
「ふふっ。ヒューってなんでも卒なくこなす印象があったから、ちょっと意外かも」
「そうか? 入学試験でも筆記はダメだっただろ」
「それは憶えてるけど、テスト結果を実際に見たわけじゃなかったからね。こうしてヒューに勉強を教えられるのは新鮮だなぁって思うわけだよ」
ルーグは楽しそうに微笑みながら、授業の流れに沿って俺がわからないところを教えてくれる。ルーグの説明はわかりやすく、普段の溌溂とした声音を少し抑えた声には聡明さと耳心地の良さを感じた。授業そっちのけでずっと聞いていたいくらいだ。
王国史の後には薬草学の授業があり (こちらは自然豊かな辺境のド田舎生まれが幸いしある程度理解できた)、ようやく午前の授業が終了した。
「お疲れさま、ヒュー。薬草学は大丈夫そうだったね」
「実家が大自然に囲まれた山奥だからな。近所に生えてる薬草の効能と煎じ方は一通り頭に入れてあるんだ」
実家に居た頃は高齢になった薬師の爺さんのかわりに山に入って薬草を採ったりもしていた。よく日暮れまで山中を探し回ったものだ。今なら〈洗脳〉スキルでもう少し楽に採って回れそうだな。
「あのっ、ヒューさん、ルーグさん。もしよければ昼食をご一緒にいかがですか?」
声をかけられて振り返ると、レクティとリリィが席を立っていた。これから二人で学食へ向かおうというところで誘ってくれたようだ。
ちらりとリリィの顔を伺うと、澄まし顔でこちらを見ている。目が合うと口元が小さく何かを呟くように動いた。
「わかった。良いよな、ルーグ?」
「もちろん。行こっ、ヒュー!」
ルーグは俺の腕を掴んで立ち上がらせると、そのままその腕に抱き着いて来る。自己紹介の時からリミッターが吹き飛んでないか?
「る、ルーグさんずるいです……っ」
そしていったい何に触発されているのか、空いていたもう片方の手にレクティも抱き着いて来る。左右の腕にそれぞれ柔らかさの違う膨らみが押し付けられ、脳には処理落ちしそうな負荷がかかった。
「な、なぁ二人とも。さすがに歩きづらいから放してくれ……」
「だーめ。ヒューには埋め合わせしてもらうって言ったでしょ?」
「それ今じゃないとダメなのか……?」
「ひゅ、ヒューさんとは恋人同士なので!」
「今はイディオットも居ないし無理してくっつく必要ないんだぞ?」
説得はしたものの、二人ともぜんぜん聞いちゃくれない。仕方がなしにそのまま学食へ向かって歩き始めるが、歩きづらいことこの上なかった。すれ違う全員に睨まれたり舌打ちされたりと散々だ。
リリィに助けを求めて視線を送ったが、ニッコリと作り物のように微笑まれておしまいだった。なんかさっきとは少し違うベクトルで不機嫌っぽいか……?
学食に着くと大勢の生徒で賑わっていた。さすがに周囲に人も多くなったので、ルーグとレクティも腕から離れてくれる。だが、俺たちは変わらず周囲から注目されていた。
「あれがレチェリー公爵と婚約する……?」
「あのリリィ嬢があんな変態親父と……」
「馬鹿っ、殺されたいのか……!?」
「スレイ殿下はついに動かれるか……!」
好奇の視線はリリィに集中していた。昨日の今日でもう学園中に噂が広がっているらしい。あのカフェには俺たち以外にも学園の生徒が居たからな。噂はおそらく学園だけでなく王都中に広がっているはずだ。
「注目されてるな」
「……これくらい覚悟していた事よ。いちいち気にしても仕方がないわ」
リリィは表情一つ変えず食事を受け取る順番を待つ。
その後、俺たちは会話もそこそこに昼食を済ませた。注目されながらだとおちおち世間話も出来ない。ルーグの正体が露見するリスクも高まるし、この調子だとしばらく学食の利用は避けた方が良さそうだ。
学食を出て、次の剣術の授業が行われる第二グラウンドを目指す。
……っと、その前にスキルを変えておかなくちゃな。
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