第32話:なんでここにアリッサが!?
始業時間を告げる鐘の音が鳴ると同時に、教室へ現れたのは紫髪をサイドでまとめた若い女性だった。まだ顔立ちに幼さを残す彼女は、白地に青のラインが入った王国騎士団の軍服を身にまとっている。
「ちゅうもーく! 今日から君たちひよっこの担任になったアリッサ・スウィフト、ッス。知ってるひよっこも知らないひよっこもどうぞよろしくッスー」
「現役の王国騎士が担任……?」
眉根をひそめリリィが呟く。ちらりと俺やルーグを見たのは、ルーカス王子陣営の差し金かと確認するためだろう。……おそらく正解だが、俺もこの展開は予想していなかった。
剣術の教員が不足しているからアリッサさんを出向させるとは聞いていたが、まさかクラス担任を請け負うなんて聞いていない。
「むっふっふ。現役の王国騎士が担任で驚いている様子ッスねぇ。いやぁ、実は自分も驚いたんスよ。初めは剣術だけ教えればいいって聞いてたのに、何やら特殊な事情を抱えた生徒が集まったクラスがあるとかで? 一般の教員じゃ抱えきれないから王国騎士が受け持ってくれとか言われちゃって。ほーんといい迷惑ッスよねー」
アリッサさんはこれ見よがしに俺たちの方を見ながら語りかけて来る。
……思い当たる人物がざっと三人俺と一緒に座ってるな。やれやれ。
「いや、他人事のようにしてる君も十分特殊ッスからね、ヒュー少年? 鉄製の的を溶かす〈
なんか名指しされた上に「やれやれ」と肩をすくめられた。他人にやられたら腹が立つ仕草ナンバーワンだと思う。
「そんじゃさっそく、お約束の自己紹介からッス。成績番号順に名前とスキルを言って行くッスよー。まずはピュリディ侯爵令嬢からどうぞッス」
リリィは一つ静かに息を吐いてその場に立ち上がる。
「リリィ・ピュリディと申します。スキルは〈
リリィは完璧な所作で優雅に一礼し着席する。
〈戦略家〉。いったいどんなスキルなんだろうか。名前の印象からして〈職業スキル〉だとは思うのだが、いったいどんな能力を秘めているのか想像できない。学年主席になるということはよっぽど強力なのだろう。
続いて学年次席はあいつだ。
「僕の名はイディオット・ホートネスだ。スキルは〈
ふぁさりと髪をかき上げ、イディオットは右手をレクティのほうへ差し出す。近くにバラが生えていたら口に咥えそうなくらいの気障っぷりだった。
それを向けられたレクティからしたらたまったもんじゃない。
「え、えっと……その……っ」
レクティはとっさに答えられず言葉を詰まらせた。羞恥心から赤くなっていた肌は次第に血の気が引いているのか血色が悪くなる。教室中から注目を浴びて頭は真っ白になっているんじゃないだろうか。
さすがに助け船を出さざるをえないか……。
「イディオット。彼女を守るのは俺の役目だ」
あえて注目を浴びるように立ち上がって宣言する。イディオットは俺の行動を予測していたのだろう、不敵な笑みを浮かべて俺を指さす。
「言うではないか、ド田舎貧乏貴族! ならばどちらがレクティ嬢に相応しいか僕と勝負しろ! イディオット・ホートネスは貴様に決闘を申し込む!」
教室がざわめきに包まれる。どうせこんな魂胆だろうと思ってはいたが、まさか本当に決闘を申し込んでくるとは……。
アリッサさんが止めてくれないかと期待して視線を向けてみるが、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべている。完全に面白がってやがる。
……仕方がない。多少のリスクを負うことにはなるが、この機会にレクティの抱える問題を解決しておこう。
「条件がある。それをお前が受け入れるなら、俺は決闘を受けてもいい」
「条件だと……? なんだ、言ってみるがいい」
「俺が勝てば、レクティが嫌だと言った行為はやめてやってくれ。これが条件だ」
「む、そんな事でいいのか? ならばその条件、受け入れようではないか!」
イディオットは満足そうに頷いて着席する。騒がしいやつだよ、まったく。
俺も着席すると、レクティが申し訳なさそうに俯いて謝ってきた。
「ごめんなさい、ヒューさん。わたしのせいでまたご迷惑を……」
「大丈夫だ、レクティ。お前が気負う必要はどこにもない。俺に任せてくれ」
「は、はい……っ」
レクティは顔を上げてこくこくと頷く。
それはそれとして、
「ふぅーん。直属騎士は断るのにレクティは守るんだー。へぇー」
すっかりへそを曲げているっぽいお姫様の機嫌をどう取ったものかな……。
「話はまとまったッスかねー? ちょうど午後から剣術の授業があるッスから、決闘ならそこですればいいッスよ。そんじゃ自己紹介の続き、次はルーグ少年ッスね」
「はいっ!」
ルーグは元気いっぱいな返事をして立ち上がる。それが何故だか不自然に思えて立ち上がったルーグに視線を向けると、彼女はにやっと笑って俺を見下ろしていた。
おい待て、何をしでかすつもりだ……?
「ルーグ・ベクトです! スキルは〈
『…………………………はい?』
ルーグは呆気に取られた教室の空気の一切を無視して着席し、頬杖をついて俺に微笑む。
「そういうわけだから、よろしくね?」
いや、いったい何をどう宜しくすればいいんだよ……!?
とりあえず、こんな空気で自己紹介しなくちゃいけない学年4位の生徒には同情を禁じえなかった。
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