第29話:第一王子VS第二王子VSダーい三王子
アリッサさんに連れられて入ったのは校舎内にある応接室だ。主に賓客をもてなす場所として使われており、内密の話が出来るように防音環境になっているらしい。
「ここなら大丈夫そうッスね」
「これだけ警戒しなくちゃいけない相手って事ですか」
「そりゃ、相手は公爵家ッスよ? 難癖なんてつけられようものならこの国で生きてはいけないッス」
「アリッサさんでも……?」
「今の地位も生活も仲間も友人も家族も、全部捨てれば何とかって感じッスかね」
それはもう死ぬのとほぼ同じだな……。
アリッサさんの実力は〈忍者〉スキルのおかげで肌に感じられる。この国でもトップクラスの強者ですら、敵対すれば人生を捨てなければならない相手か……。
「それで、いったい何があったのか教えてくれるッスか?」
俺はさっきの出来事をアリッサさんに説明した。その過程でルーグの正体がリリィに勘付かれているであろう事も伝える。全てを聞き終えたアリッサさんの表情は苦虫を嚙み潰したようだった。
「これはまた随分と厄介なことになったッスねぇ……。ルクレティア王女殿下の件もそうッスけど、レチェリー公爵がピュリディ家のご令嬢を『妻になる女』って呼んだ方が大問題ッス。間違いないんスよね?」
「確かに聞きました。もしかしてまだ表沙汰には?」
「少なくとも自分は初耳ッス。ルーカス殿下も知らないと思うッスよ。もしそれが本当なら、陣営を上げて阻止しなきゃいけないッスから」
「……すみません、アリッサさん。勉強不足で、その辺がよくわからないんです。仮にレチェリー公爵とリリィの婚約が成立した場合、どのような問題になるんですか……?」
「そうッスねぇ。じゃあまず、王位継承権争いからおさらいッス。ヒュー少年はどうして王位継承権争いが起こっているか知ってるッスか?」
「それは、国王陛下のお体の調子が優れないからですよね……?」
「正解ッス。国王陛下は慢性的な体調不良に悩まされ、一日をベッドの上で過ごされる事も少なくない状態ッス。滅多なことは言えないッスけど、そう遠くないって言うのが王城内の共通認識ッスね」
「そこで表面化したのが後継者問題だと……?」
「王位継承権を持つ王子は六人。全員が側室との間に生まれたッス。王妃様との間に生まれた第一王女は、自分たちのボス。今の騎士団長ッスね。王国初の女王誕生を期待する声もあったんスけど早々に辞退を宣言して、今は隣国との国境で警備に当たりながら継承権争いに関わらないようにしてるッス」
「第一王女は担ぎ上げられないように王都から距離を置いたわけですね」
「そういうことッスね。ルーカス王子の派閥に属さない騎士は、ボスに付き従って国境付近の砦に滞在している騎士たちッス。残存戦力は全員マスターの元で王子殿下に忠誠を誓ってるッスよ」
「もしかしてルーカス王子が騎士団を掌握できたのって……」
「ボスはルーカス王子とルクレティア王女殿下を可愛がってたッスからねぇ」
……なるほど、そういう理由があったのか。もしかしたら官僚たちも王城内の誰かの意向でルーカス王子を支援しているのかもしれない。
「さて、王位継承問題に話を戻すッスよ。現状、有力とされているのは三名の王子ッス。貴族を支持基盤に持つ第一王子のスレイ殿下。軍部や衛兵からの支持を受ける第二王子のブルート殿下、騎士団や官僚が支持する我らが第三王子ルーカス殿下」
「順当に行くなら第一王子が王位継承権を得るはずでは?」
「それが御三方とも側室の子で、しかもスレイ殿下の御母上はかつて敵対していた国の王家から嫁いできたお方なんスよねぇ。血の尊さを貴ぶ貴族たちからの支持は得られても、軍部や国民からの人気は正直言ってほとんどないッス」
「だから軍部は第二王子のブルート殿下を支持したと……」
「ブルート殿下の母方はかつての戦争で軍神とも呼ばれた大将軍の家系ッス。未だに軍部に絶大な影響を持つ家柄ッスから、戦争相手の王家の血が入っているスレイ王子よりも軍部がブルート王子を支持するのは当然の流れッスね」
それで王位継承権争いが始まったわけか。当初は第一王子のスレイ殿下と第二王子のブルート殿下の争い。そこに今、第三勢力としてルーカス王子が虎視眈々と王位を狙っているんだな……。
「今のところ王位継承権争いはスレイ殿下が一歩リード。その後ろにブルート殿下が続いて、我らがルーカス王子はこれからって所ッス。そこで重要になって来るのが公爵家の動向ってわけッスね」
「公爵家ってたしか三つあるんですよね?」
「三大公爵家なんて言い方もするッス。王家から直接枝分かれした大貴族だけあってその権力は絶大。広大な領地を持っていて、実質リース王国内に国が三つあるようなもんッスよ。他の貴族とは比較にならないレベルの権力者ッス」
「公爵家はスレイ殿下を支持しているんですか……?」
「いやいや、公爵家は三家とも早々に王位継承権争いには不干渉だと宣言してるッス。だから本来なら気にしなくて良かったはずなんスけどねー」
「水面下でレチェリー公爵家とピュリディ家との縁談が進んでいたってわけですね」
「ピュリディ家はスレイ殿下の陣営の筆頭。間違いなくスレイ殿下も一枚噛んでるッス。この縁談が決まればもう、王位継承権争いなんてスレイ殿下に決まったのと同然。自分たちの陣営は表舞台に上がる前に終了お開きになっちゃうッスよ」
だから陣営を上げて阻止しなくちゃいけないとアリッサさんは言ったのか。
アリッサさんのおかげで王位継承権争いについてだいぶ理解を深めることができた。
「……それにしてもスレイ殿下もピュリディ侯爵も酷いッス。いくらレチェリー公爵を陣営に引き込むためだからって、まだ十五歳の女の子をレチェリー公爵に嫁がせるだなんて。しかもあの才媛と名高いピュリディ侯爵令嬢が第七夫人になるんスよ? あまりにも可哀想ッス」
「…………第七夫人って本当ですか」
「好色家で有名ッスからね。他にも何人も女の子を囲って毎日乱痴気騒ぎをしてるなんて噂もあるッス」
「…………………………」
「気持ちはわかるッスけど、くれぐれも先走った行動はしちゃダメッスよ。君が下手をすれば自分たちやルーカス王子だけじゃなく、ルクレティア王女殿下まで危険に晒す事になるッス」
「それくらい、わかっているつもりです」
「なら良いッス。自分はこの事をルーカス王子に報告してくるッスけど、ヒュー少年はどうするッスか?」
「……一度、リリィと話をしてみます。何か有益な情報が得られるかもしれません」
「了解ッス」
「それから、ルーカス王子に伝言を頼めますか」
俺は幾つかの伝言をアリッサさんに託し、再びリリィが帰って来るのをベンチで待つことにした。
リリィが姿を見せたのは、夕暮れに差し掛かった時間帯だった。
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