第28話:22話後に死ぬ公爵

 そろそろランチを切り上げて買い物に行こうかと話し始めていた頃。俺たちが居たカフェの目の前で一台の馬車が停車した。街中で見かけるような一般的な馬車ではなく、豪華な装飾がこれでもかと盛られた特注仕様だ。


 お世辞にもあまりセンスが良いと言えないその馬車に、カフェに居た誰もが注目する。


 そんな中、


「……っ」


 俺は〈忍者〉スキルのおかげでリリィが息を呑んだ事に気づいた。ちらりと様子を窺えば顔は平静を装っているが、拳がキュッと握られている。緊張のせいか、首筋には少しばかりの発汗も見られた。


 馬車の中に居る人物と何かあったのか……?


「あの馬車、もしかしてレチェリー公爵家の……?」


 馬車の側面にでかでかと書かれた家紋を見てルーグが呟く。侯爵家……いや、公爵家か? 音が同じでややこしいが、おそらく公爵家の方だろう。


 公爵家と言えば王家の血縁にもあたる大貴族。確かリース王国には三つの公爵家があるんだったか……。その辺はまだまだ勉強不足だ。ルーカス王子に協力するのだから、さすがにそろそろ勉強しておいたほうがよさそうだな……。


 さて、そのレチェリー公爵家の馬車から小太りの男が降りてきた。四十路くらいの中年男性で、全身を白色のベストやズボンで固めている。煌びやかな装飾品を幾つも身に着けたその姿は、この国の頂点に君臨する権力者であることを誇示しているかのようだ。


 彼がレチェリー公爵か……?


 馬車から降りてきた公爵はまっすぐにテラス席に居た俺たちの元へと向かってくる。


 カフェに居た客は全員、左胸に右手を置いて頭を下げた。公爵は王家に繋がる血筋。膝をつく必要はないが、頭を下げなければ失礼に当たる。この場で顔を上げているのを許されるのは、侯爵家令嬢のリリィのみだ。


「これはグリード様。ご機嫌麗しゅう」


 制服のスカートの裾をつまみ、リリィは優雅に一礼する。その所作は美しく、完璧なはずだった。




 ――パァンッ。




 乾いた音が響き渡る。リリィが左頬を手で押さえてよろめきながら、即座に翡翠色の瞳で俺を睨みつける。反射的に動こうとしていた俺は釘を刺されてたたらを踏んだ。


 リリィはレチェリー公爵に左頬を叩かれたのだ。


「私の妻になろうという女がこのような粗末な場所で貧相な飯を食べるな! 我がレチェリー家の名に泥を塗るつもりか!?」


 ………………は?


 なんだそれ。こいつはいったい何を言っているんだ?


「…………申し訳ありません、グリード様」


 リリィもなぜ謝る? お前はただ俺たちとカフェで食事をしていただけだろう? それのどこに謝罪する要素があるっていうんだ。


「食事に誘ってやろうとわざわざ学園にまで足を運んだのだぞ!? それがなんだ! どこの馬の骨とも知らん連中とつるみおって! だから私は学園に入れるのを反対しておったのだ!」


「痛っ……」


 レチェリー公爵は早口で怒鳴り散らしながらリリィの手を乱暴に掴む。今度こそ止めに入ろうとした俺だったが、今度はルーグに右腕に抱き着かれて阻まれた。


 振り払おうと視線を向けると、俺を見上げるルーグと目が合う。ルーグはただまっすぐに俺を見つめ、動いちゃダメだと紺碧の目で訴えていた。


 ……くそっ。


 前世含め、ここまで怒りを感じたのは人生で初めてだ。胸が痛くて息苦しい。どうしてリリィは抵抗しないんだと、彼女にまで苛立ちを覚えてしまう。


「来い! 特別に私の食事に付き合わせてやる!」


「恐悦至極に存じます、グリード様」


 レチェリー公爵は踵を返し、馬車のほうへと歩き出す。リリィは腕を引っ張られながらその後に続いた。


 彼女はちらりと俺たちを見て、困ったような笑みを浮かべる。大丈夫だから心配しないで、と俺たちを安心させようとしたのだろう。


 だけどすれ違いざまに聞こえてきたのは「ごめんなさい」という小さな囁き声。その声は震えていて、その表情は今にも泣きだしそうだった。


「……っ!」


 その瞬間、脳裏にフラッシュバックしたのは遠い日の幼い頃の記憶だった。


 リリィは、もしかして……?


 レチェリー公爵とリリィが乗り込むと、馬車はどこかへ走り去る。イディオットとは比べ物にならないほどの嵐は、唐突に現れてリリィを連れて行ってしまった。


「ヒューさん、ルーグさん、リリィちゃんは……」


 レクティの心配そうな声に、俺もルーグも答えられない。追いかけたい衝動と、追いかけてどうするつもりだと諭す思考がせめぎあう。


 やがて俺が体の力を抜くと、ルーグもようやくしがみついていた俺の腕を開放してくれた。


「……すまん、ルーグ。おかげで冷静になれた」


「ううん。気持ちはわかるから」


 ルーグはそう言って微笑んでくれる。それだけでほんの少しだけ気持ちが楽になった。


 それから俺たちは必要最低限の買い物だけ済ませて学園へと戻り、レクティを女子寮まで送り届けた。


 レクティが不安そうにしていたため付き添いをルーグに頼み (男子生徒も女子寮のエントランスまでなら入れる)、俺は一人で学園の入り口近くにあるベンチに腰かけた。


 ここでリリィの帰りを待ちつつ、あわよくばある人物が通りかからないかと期待したのだ。


 そしてしばらく座っていると、期待していた方の人物が通りかかった。


「あれー? ヒュー少年じゃないッスか。どうしたんスか、こんな所でベンチになんか座っちゃって。もしかして女の子と待ち合わせッスか。王女を篭絡しておきながら罪な男ッスねぇ」


 俺を目敏く見つけたアリッサさんは、からかうような声をかけてきた。そんな彼女に俺は苦笑しながら答える。


「アリッサさんを待ってたんです。馬車がまだ停まってたんで」


「へっ? 自分ッスか?」


「レチェリー公爵について教えてもらえますか」


「…………何かあったんスね?」


 俺が頷くと、アリッサさんは表情を引き締めて周囲に視線を配る。


「ここじゃ目立ちすぎるッス。その話をするなら場所を変えるべきッスね」


「わかりました」


 リリィと入れ違いになる可能性もあるが、仕方がない。俺はアリッサさんと共に、一度この場から離れる事にした。






〈作者コメント〉

寝取られ展開はないのでご安心ください!!!!!

22話後に死にます。

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