第27話:にせこい

「あ、嵐のような人だったね……」


 ルーグがポツリと感想を口にして、俺たちはようやく金縛りから解放されたかのように動けるようになった。


「はぁ……、まったく。彼は昔からあんな感じなのよ。思い込みが激しいというか、何事にも一直線というか……。守ってあげられなくてごめんなさい、レクティ」


「い、いいえ! その、ヒューさんが守ってくださいましたから。ありがとうございます、ヒューさんっ」


「俺はほとんど何もしてないけどな」


 イディオットを追い払ったのもリリィだし、結局俺はほとんどレクティに抱き着かれていただけだ。何なら今もまだ抱き着かれている。


「ちょっとレクティ? ヒューに近づきすぎじゃないかなぁ? いつまで抱き着いてるのっ!?」


「ふぇっ? あ、ご、ごめんなさいっ!」


 ルーグに指摘されてようやく気が付いたのか、レクティは慌てた様子で俺の腕から離れる。


「ヒューもヒューだよっ! 女の子をいつまでも抱き着かせて! まったくもぅ!」


 ルーグはぷんすこと怒ってそっぽを向いてしまった。


 焼きもちを焼いてくれるのは嬉しいのだが、どう宥めたらいいんだろうな……。


 俺が思案していると、リリィが近づいてきて呆れたように言う。


「貴方、随分と懐かれたのね」


「褒めてくれリリィ、俺は今のところまだ一線を越えていない」


「当たり前の事で誇らないでくれるかしら。超えたら終わりなのよ、その一線は」


 リリィは額に手を置いて溜息を吐く。


 それから手団扇で顔を仰ぐと、周囲に視線を彷徨わせる。何かを探している様子で、やがて目的の物を見つけたのか通りを少し進んだ先を指さした。


「レクティ、あそこのカフェでお昼でもどうかしら? 走って喉が渇いて仕方がないの。ヒューとルーグもご一緒にいかが?」


「丁度いい、俺たちもご飯屋を探してたんだ。構わないか、ルーグ?」


「……ヒューがそれでいいなら」


 拗ねた様子のルーグを引き連れ、四人で近くのカフェに入店する。先にカウンターで飲み物と軽食を購入し、ちょうどタイミングよく通りに面したテラス席が空いたので腰掛けた。


 女子三人はドリンクとサンドウィッチのセット、俺はもう少し食べたかったので追加でクロワッサンも購入した。


 量はそれほどでもないのに結構なお値段。王都の物価ってけっこう高いんだな。俺の地元ならもう少し安く…………いや、そもそもド田舎だからカフェなんてなかったわ。


「あの、リリィちゃん。わたしの分まで買ってくれてありがとうございます。いつか必ずお返ししますから……!」


「ふふっ、楽しみにしているわ。だけど、あまり気にしすぎても駄目よ? 私はもっとレクティに甘えてもらいたいの」


「あ、甘えるんですか……?」


「そう。レクティが欲しいものは何でも買い与えてあげたいし、レクティが望む通りに生きて欲しい。私の庇護下ですくすく育つレクティを見ていたい……! それでたっぷり私に依存するようになったレクティにあんなことやこんなことを…………ふひひひっ」


「レクティ、身の危険を感じたらすぐに俺へ相談するんだぞ?」


「は、はい……!」


 レクティはこくこくと頷いて心なしか少しだけ椅子をリリィから俺の方へと近づける。丸テーブルの席順は右回りに俺、レクティ、リリィ、ルーグの順だ。対面のリリィはハンカチで口元を拭いつつふっと微笑んだ。


 どうやらレクティに気負わせないためにわざと道化を演じたらしい。


「それにしてもビックリしたね、さっきの人」


 サンドウィッチを食べながらルーグが話し出す。機嫌は少しだけ良くなったようだ。


「いきなり額を地面にこすりつけるんだもん。ホートネス家の人間があんなことするなんて驚いちゃった」


「ホートネス家って有名なのか?」


「うん。王国で最も歴史のある家の一つだよ。だからってわけじゃないんだけどね、傲慢だったり横柄だったりする人が多い家系で有名なの」


「けれど、傲慢さは誇りの裏返し。実際、ホートネス家の王国への貢献には目を見張るものがあるのは確かね。イディオットにしても、傲慢で馬鹿なのは間違いないけれど根っからの差別主義者や悪人ではないのよ。一目惚れしてすぐにバラの花束を買いに走るくらいには純粋なところも持ち合わせているし」


「レクティが平民だってわかっても心変わりしてなかったもんな」


 レクティの優しさに触れて感涙していたのにはさすがに驚かされたが……。それもポジティブに考えれば純粋な心の持ち主と言えなくはない。


「…………でも、わたしあの人苦手です」


「そりゃなぁ……」


 レクティからしたらあまりにも第一印象が最悪すぎる。謝罪を受け入れはしたが、あの場では受け入れざるを得なかった面もあるだろう。貴族に土下座させたなんて噂になればどんなトラブルに発展するかわかったもんじゃない。


「彼、これからも絡んできそうだよね。ヒューに」


「俺にか。俺にだよなぁ……」


 なんか首を洗って待って居ろとか言っていたし、レクティの嘘を信じ込んでいるのは確かだろう。


「ご、ごめんなさいヒューさん! わたしのせいで巻き込んでしまって……」


「いや……、あれはもう仕方がないさ」


 レクティもテンパっていただろうし、普通の求婚ならあれで誤魔化せた。今回は相手が悪かったのだ。


「わたし、もう一度ちゃんとお断りします……!」


「それで諦めてくれる性格か?」


「まず諦めないでしょうね。押してダメなら押し続けるタイプよ、彼は」


「そんな……っ」


「だったらあいつが諦めるまで耐えるしかないか」


「そうね……。レクティとヒューには、とりあえずイディオットの前だけでも恋人の振りを続けてもらいましょうか」


「「えっ!?」」


 リリィの提案にルーグとレクティの反応が重なる。二人とも思わず大声を上げてしまったのか、周囲から注目を浴びて恥ずかしそうに口元を手で押さえていた。


「貴方は驚かないのね?」


「俺も同じ考えだったからな」


 レクティにイディオットを受け入れる考えが無い以上、イディオットを諦めさせるにはそれしかない。恋人同士の振りをして自分が付け入る隙は無いと自覚させる。そのうえで別の恋を斡旋するなどして、レクティから気を逸らさせるのが一番だ。


 〈洗脳〉スキルを使えば手っ取り早いが、さすがに一枠しかない洗脳対象をイディオットに使い続けるわけにはいかない。しかも解除すればもとに戻ってしまうのだ。本当に他人相手には使い勝手の悪いスキルだな……。


「……あの、それだとヒューさんのご迷惑になっちゃいますよね?」


「乗り掛かった舟だ。そこはもう気にしなくていいよ。どうするかはレクティの意思で決めてくれ」


「ヒューさん……」


 レクティはしばらく俯いて考え込み、ちらりと視線をルーグに向ける。様子を見守っていたルーグは小さく溜息を吐いた。


「ボクのことは気にしなくてもいいよ、レクティ。ヒューには後でたくさん埋め合わせしてもらうからね」


「おい、埋め合わせって何をさせるつもりなんだ……?」


「それは秘密でーす。ヒューには教えてあげませーん」


 ルーグはそう言っていたずらっぽく微笑み、レクティにウインクして見せる。それでレクティの意思も決まったのだろう。彼女は背筋を伸ばして、俺に向かって頭を下げた。


「不束者ですが宜しくお願いします、ヒューさんっ! わたし、せいいっぱいヒューさんの彼女になりきりますので!」


「お、おう。宜しくな、レクティ」


 レクティの気合の入り様にじゃっかん気圧されつつ答える。


 偽装とは言えまさか俺に彼女が出来るなんて。学園生活は幕開け前から波乱の展開だ。




もう何が起こっても驚かないぞと、そう思っていたのだが……。








〈作者コメント〉

10万PVありがとうございます!

次回からレクティ……ではなく、リリィのターンです!

せっかく多くの方に読んでいただいている中で恐縮なのですが、ここからしばらくシリアス要素(当社比)入りますので、苦手な方はごめんなさい!

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