第26話:お前、序盤でざまぁされる系の性悪貴族キャラじゃなかったのか!?
「ヒュー? これはいったいどういうことかなぁー?」
ルーグが極寒の雪山のような冷たい眼差しを俺の方へ向けて来る。どういうことって聞かれても、俺だってレクティに問いただしたい!
だけどここは話を合わせるのが賢明だと、〈忍者〉スキルで研ぎ澄まされた俺の感覚が告げている。……というか色々と便利だな、〈忍者〉スキル。もうずっとこのままで〈忍者〉スキルで異世界無双でもするか。
「そ、そんな――っ!? ……って貴様は先日のド田舎貧乏貴族!?」
「今気づいたのか、ドドドッド」
「イディオットだ! イディオット・ホートネス! 貴様、一文字もあっていないではないかっ!」
「すまんすまん。それで、どうして彼女を追い回しているんだ? しかもバラの花束なんか持って」
結婚してくれなんて、一昨日とはあまりにも反応が違い過ぎる。なんせ一昨日は『神聖な学び舎に貴様のような薄汚い下民は相応しくない』なんてレクティを罵倒していたのだ。
「ふんっ! 貴様には関係の…………いや、もし本当に貴様が彼女の彼氏だというなら正直に答えよう。僕は彼女に一目惚れをした。どうか彼女を譲ってくれ!」
「いや一目惚れじゃないだろ……」
というか俺の所有物でもないんだから譲るも何もない。
「何を言っているのだ。僕は今日、初めて彼女を見て目を奪われたのだ。街角にたたずむ彼女の美しい姿はまさに神に仕える天使そのもの! 一目見た瞬間に僕の心は天使の矢に射抜かれた!」
「は……? お前、もしかして……」
気づいていないのか……?
レクティの方を見ると彼女も困惑した表情を浮かべていた。まさか気づかずに求婚されているとは思って居なかったらしい。
確かに二日前とは比べ物にならないほどレクティは美少女に変身したが、とは言え整形をしたわけでも、急激に見た目が変わったわけでもない。俺や少し話しただけのルーグにだって気づける範囲の違いなのだ。
「む? なんだその可哀想な子を見るような眼は! 失礼だぞ!」
「いや、だってなぁ……」
言ってあげるべきか、それとも黙ってておいてあげるべきか。レクティもさすがにちょっと思うところはあるようで、どうしましょう?と目で俺に問いかけて来る。問われても困るが。
「ちょっと、待ちなさいって、言ってるでしょう……っ、ぜぇ、はぁっ」
するとそこへ、ようやく息も絶え絶えのリリィが追いついて来る。体力はすっかり使い果たした様子で膝に手をつき、額には大粒の汗が滲んでいた。持久力はあまり無いらしい。
「イディオット、いったい、何のつもり……っ!? どうしてレクティに求婚なんか!」
「レクティ? それが彼女の名か!? なんて美しい響きだ!」
「話を聞け馬鹿っ!」
リリィは相当苛立っているのか声を荒らげる。どうやら状況の把握もあまりできていない様子だ。
「あー……、リリィ。この馬鹿、レクティと初対面だと思っているらしいぞ?」
「はぁ?」
リリィは疑いの目を馬鹿へ向ける。信じられないかもしれないがそうとしか考えられん。
「貴様ら、さっきから僕を馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないか!?」
「……イディオット、正気なの? 彼女は一昨日、貴方がさんざん下民だの薄汚いだのと罵倒していた相手なのよ?」
「は? いったい何を言っているのだ。そんなはずない…………んんん?」
イディオットは腕を組んでまじまじとレクティを見つめる。レクティは緊張した様子で俺の腕に抱き着く力を強めた。
「やはり美しい。…………だが、言われてみれば確かにどこかで見たような? いやしかし、むむ、む……?」
しばらく唸り続け、やがて気づいたのだろう。
「まさか、本当に君は先日の薄汚い下民なのか…………?」
「そう、です」
「なんて、事だ……っ!」
イディオットはショックを受けたように頭を抱えふらふらとよろめき、やがて膝をついてしゃがみ込んだ。俺はレクティを庇うように前へ出て、リリィも警戒の眼差しを向ける。
逆上でもされたら危険だからな。いざとなれば〈忍者〉スキルの瞬発力で接近し、イディオットがスキルを発動させる前に制圧する。
そのつもりで居たのだが、
「僕はなんて愚かな事をしてしまったんだ……っ!」
イディオットは膝をついたまま額を地面に打ち付けた。
「本当に済まなかった! 僕はとんでもない愚か者だ! どうか僕を赦してくれ!!」
「え、えええっ!?」
まさか土下座されるとは思っていなかったのだろう。レクティが驚きのあまり声を上げる。俺もリリィもルーグも、あまりに予想外な光景に言葉を失った。周囲で遠巻きに俺たちを見ていた市民たちも何事かと騒然としている。
「あ、あのっ、頭を上げてください! 先日の事は、その、嫌な気持ちにはなりましたけど、もう大丈夫ですから……!」
「ゆ、赦してくれるのか……!?」
「は、はい」
「あぁ……、君はなんて優しいんだ。まさに天使のような方だ……」
顔を上げたイディオットはレクティを見上げながら涙を流していた。さすがに俺もレクティもリリィもルーグも、周囲のギャラリーもドン引きである。
「…………イディオット、今日はもう出直した方が良いのではないかしら。どうせ明日からいつでも学園で会えるのだから。貴方の今の姿はその、貴族として色々と見られては不味いわ。お父上にもご迷惑がかかるわよ」
見かねてリリィが声をかけると、イディオットはゆっくりと立ち上がる。その表情はどこか憑き物が取れたような清々しさだった。
「……忠告感謝する、リリィ・ピュリディ。レクティ嬢、どうかこの花束だけでも受け取ってくれないか?」
「あ、は、はい……」
「ありがとう。また明日、学園で会おう」
イディオットはレクティにそう微笑みかけて花束を渡した……かと思えば、俺の方を睨みつけて来る。
「僕はいつか、必ず彼女を振り向かせて見せる! だから首を洗って待って居ろ、ド田舎貧乏貴族!」
それだけ言い残してイディオットは立ち去って行く。
残された俺たちはその背中が見えなくなるまでただ呆然と見送り続けたのだった。
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