第25話:キャー!この人彼氏です!
アリッサさんに馬車で学園まで送り届けてもらう事になった俺たちだったが、道中の商業地区で馬車から降りることにした。明日から始まる授業に必要な道具を幾つか買っておく必要があったのだ。
「アリッサさん、ノコノコさんをお願いしますね」
「りょ、了解ッス」
ルーグから渡されたノコノコさんを抱えたアリッサさんが苦笑いを浮かべている。
騎士がただの子爵家の息子から可愛いぬいぐるみを運ぶように頼まれるって、なかなか不自然な光景だ。
いちおう〈忍者〉スキルで周囲を探っているが、こちらを監視しているような気配はないから大丈夫だとは思うが……。
「嫌なら断った方が良いですよ」
「いやー、それもちょっと……」
まあ、相手はルーグ (ルクレティア王女殿下)だしなぁ。アリッサさんが断りづらいのもわかる。
「……っと、そうだ。ヒュー少年、ちょいちょい」
「なんですか……?」
アリッサさんはルーグから少しだけ距離を取って俺を呼び寄せる。
俺が近づくと彼女は俺の肩に腕を回して、よりいっそう体を密着させた。内緒話なのはわかっているのだが、シトラスのような柑橘系の香りにドキッとしてしまう。
「にひひっ、顔真っ赤ッスよ~、ヒュー少年。澄ましてるくせに意外と初心なんスねぇ」
「冷やかすためだけにくっついてるなら離れて貰えますか。ルーグがこっちを睨んでるんで」
「おおぅ。愛されてるッスねぇ、君は。そんじゃ、簡潔に」
アリッサさんはにやけ顔を引き締めると、声を低くして言う。
「ピュリディ家のご令嬢は知ってるッスよね?」
「リリィ・ピュリディの事ですか?」
「そうッス。彼女にはくれぐれも、ルーグ君がルクレティア王女殿下だって事を気づかれちゃダメッスよ。ピュリディ家は第一王子スレイ殿下の陣営の筆頭ッスから、バレたら何もかもが無駄になるッス」
「…………何もかも」
言えない。もう既にバレてるなんて。
「ん? どうしたんスか、そんな顔を青くして」
「いや、何でもありません。リリィには気を付けます」
「宜しく頼むッス。そんじゃ、自分はこれで」
アリッサさんは「フォロー頼むッス」と俺の背中を叩いて、ノコノコさんを抱えながら御者台に飛び乗った。馬車はまるで何かから逃げるように学園の方角へ去って行く。
残されたのは俺と、頬をぷくっと膨らませた男装のお姫様。
「むぅー。ヒュー、いつの間にアリッサさんと仲良くなったの?」
「あー、いや。仲良くなったというか何というかだな……」
俺がルーカス王子の派閥に協力する話は、ルーグ相手にどこまでしていいものか。悩めば悩むほど怪しく見えてしまうようで、ルーグはジト目を俺に向けて来る。
「あんなことした後に別の女の子と仲良くなるなんて、ヒューのすけこまし」
「だからそれには…………あんなこと?」
「あっ! な、何でもない! 今のなし!」
ルーグは顔を赤くしてわたわたと顔の前で両手を振る。
……すまんな、ルーグ。今回ばかりは許してくれ。俺も思い出して顔が熱いからお相子だ。
二人揃って口元を手で隠して押し黙る。しばらくそのまま立ち尽くし、ようやく顔の熱とにやけそうになる口元が落ち着いてきた頃合いでルーグに声をかける。
「あー……、そろそろお昼だよな。ルーグさえよければ、買い物前にこの近くで食べて行かないか?」
「え、行きたいっ! わあっ、外食ってあんまりしたことないから楽しみだなぁ……! どこ行くっ?」
「そうだな……」
ここはスマートに行きつけのお洒落な店へ案内したいところだが、残念ながら俺は王都に来て二日目のお上りさんだ。王都のどこにどんな店があるかなんてわからない。
ここは見栄を張らずに素直に答えよう。
「……すまん、ルーグ。辺境のド田舎生まれだから王都の飲食店はさっぱりなんだ」
「そっか。じゃあ一緒に見て回れるね?」
えっ、なにその返し。控えめに言って天使か?
「行こっ、ヒュー!」
感心していた俺の手を引っ張ってルーグが歩き出す。俺たちはとりあえず食べ物を探して、王都散策に乗り出した。
ルーグと一緒に歩いているだけで、世界は少しだけ違って見える。
例えば靴屋の看板。実は文字の一部が猫の形だった事に俺一人で気づけただろうか。
通りから少し外れた裏道に小さな雑貨屋があることも、等間隔で並んでいる街灯の意匠が少しずつ違っていることも、ルーグと一緒だったから気づけて感動できた。
「歩いてるだけでも楽しいね、ヒュー」
「ああ。そうだな」
それはきっとお前と一緒だからだよ、ルーグ。
そう面と向かって言えればいいのに、当たり障りのない返事しかできない自分がもどかしい。五年後も十年後もその先も、ルーグとこうして並んで歩けるような関係が続けばいいな。
……なんて考えていた矢先、前から走ってきた誰かと肩がぶつかった。
「――っと、すみません!」
あぶないあぶない。ルーグばかり見ていて気付かなかった。
幸い衝撃はたいしたことがなかったので俺も相手も倒れたりはしていない。視線を向けるとぶつかった相手が淡い水色の髪の女の子だと気が付いた。
というか、知り合いだ。
「ヒュー大丈夫? ……って、あれ? もしかして……」
「レクティ……?」
思わず疑問符を浮かべてしまったのは、彼女が二日前とは比べ物にならないほど美しかったからだ。
薄汚れてくすんでしまっていた髪は日の光をキラキラと反射するほど艶やかで美しくサラサラになっている。肌も透き通った白磁色で、整った顔には薄く化粧が塗られ不健康そうだった血色の悪さが隠されていた。
リリィが磨けば光るダイヤの原石と言っていたが、まさかここまで光り輝くとは。細すぎる体型と血色の悪さが改善されれば、まさに絶世の美女になるだろう。
「ヒューさんっ!」
レクティの方はどうやら初めから俺に気づいていたようで、肩がぶつかったのではなく慌てて抱き着いてきたらしい。いったいどうしたのかと思っていると、前方からさらに二人こちらへ走ってくるのが見える。
どちらも王立学園の制服を着ていて、一人は亜麻色の髪を二房にまとめた少女。もう一人はどこかで見たことのある顔の男で、手にはなぜかバラの花束を持っている。
リリィの方は運動が苦手なのだろう。男の方よりも遅く、ふらふらで息も絶え絶えの様子。男の方は鍛えているのか息は上がっておらず、レクティに「待て、待ってくれーっ!」と叫んでいた。
……あの男、どこかで。
「あっ、もしかしてレクティに絡んでいた貴族の?」
確か名前はイドウィンだったかウィンドットだったか。ダメだ、思い出せない。
「そ、そうです! 街中で急に声をかけられて!」
「また絡まれたのか?」
「はいっ! 僕と結婚してくれってしつこく話しかけてくるんですっ!」
「「…………結婚?」」
俺とルーグは思わず声を重ねて首を傾げた。いったい何がどうなってそういう話になったのか。
「待ってくれお嬢さん! どうか僕のこの気持ちを受け入れてほしい!」
「お、お断りしますっ!」
「なぜだ!?」
ドドドッド (たぶんこんな感じの名前だった)に尋ねられ、レクティは俺の腕をギュッと抱きしめる。
控えめだがルーグよりは主張のある柔らかな感触が押し付けられ、
「私、この人とお付き合いしているんですっ!」
「…………………………はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます