第24話:馬鹿のこのこのこ

 ルーグと交わした約束を叶えたい。そのためならルーカス王子に良いようにだって使われよう。それを乗り越えられるだけのスキルは持っている。


「覚悟は決まっているようだね。交渉成立だ。心強い仲間を手に入れられて嬉しいよ」


「貴方を信じます、ルーカス王子。必ず王になってください」


「それは君の働き次第かな? 僕は王位継承争いで随分と出遅れてしまっている。こちらの陣営は今のところ、ロアンを始めとする騎士団の過半数と内政に関わる官僚たちくらいだからね。貴族の支持は長兄のスレイ兄上が、常備軍や衛兵など軍部の支持は次兄のブルート兄上がそれぞれ過半数を握っている」


「……ちゃっかり国の中枢は抑えてるんですね」


「あ、気づいちゃう? さすがだねぇ」


 支持基盤としては確かに弱いし、勢力規模としては後れを取っているのだろう。だけど王国騎士団は王国中から強者が集まったエリート集団であり花形だ。そして国家運営は内政に関わる官僚が居なければ成り立たない。


 リース王国、そしてリース王家にとって騎士団と官僚は無くてはならない屋台骨。それを目立つことなく既に手中に収めているのだから、やっぱりこの人は侮れない。


「いずれ兄上たちも僕の存在を無視できなくなってくる。そこからが僕にとっての本番であり、君の出番だ。宜しく頼むよ、未来の義弟くん?」


「そうなれるように頑張りますよ」


 ルーカス王子が差し出した手を握り返す。王都の政争とは無縁だと思っていたのに、不思議なものだ。俺は今、自分から王位継承争いに飛び込もうとしている。


 前世で出来なかった悠々自適なスローライフを送るため。そして、ルーグとの約束を叶えるために。……やってやろうじゃないか。


「今日はここまでにしておこう。アリッサを君との連絡役として王立学園に派遣する。何かあれば彼女へ言うと良い」


「アリッサさんを?」


「ちょうど剣術教員が不足していると聞いてね。騎士団から出向という形にすれば、不審がられはするだろうけど警戒は最低限で済む。むしろ、アリッサが自由に動かせなくなるから歓迎されるかもしれないね」


「いいんですか、それで」


「それだけ僕らにとって君とルクレティアが生命線って事さ」


 随分と大それた期待を寄せられてしまっている。使い潰すつもりはないって言葉も、どこまで信用できるかわかったもんじゃないな。


 ルーカス王子はソファから立ち上がり、扉を開けて出て行こうとする。その途中でふと立ち止まり、俺の方へと振り返った。


「そうそう。君のスキルはくれぐれも他言無用だ。決して僕以外に真実を知られてはいけないよ? 特に王族……兄上たちには絶対だ。殺されてしまうからね」


「…………肝に銘じます」


「よろしい。それじゃ、妹をよろしくね!」


 ルーカス王子はルーグと同じように、ばいばいと手を振って扉から出て行った。その後にロアンさんも続いて、俺は部屋に一人取り残される。


 ……やっぱり見透かされていたか。


 スキルの書き換えに気づいただけならあんな忠告は口にしなかっただろう。あの言い方から察するに、〈洗脳〉スキルに気づいているのはまず間違いない。まさか、スキル説明すらも読み取られたのか……?


 仮にそうだとしたら、ルーカス王子が俺の〈洗脳〉スキルをあまり危険視していなかった理由にも頷ける。なんせ洗脳をするには『』必要があるのだ。王子が目を隠している限り、王子が俺の〈洗脳〉スキルを受ける事はない。


 ……アリッサさんを部屋の外へ出したのも、彼女を洗脳させないためだったりしてな。ロアンさんなら俺が〈洗脳〉スキルを発動しきる前に殺せる確信があった…………とか。


 ダメだな、考えればキリがない。そして、今となっては考えても無駄な事だ。俺はもう後戻り出来ない一歩を踏み出してしまっている。ここからは全力で、目的のために走り抜けるしかない。


「はぁー……疲れた」


 普段使わない頭を使ったからか、思わず溜息が漏れ出した。実家に居た頃は何も考えず目の前の仕事や勉強だけしてればよかったから、本当に気楽だったよなぁ……。


 今は考える事がいっぱいだ。学園生活のこと、王位継承争いのこと、そしてルーグのこと。あいつと出会って、俺は随分と変わった気がする。


「ルーグに会いたいな……」


 ついさっき別れたばかりだけど、あれはルクレティア王女殿下だったのでノーカンだ。


 そろそろ帰ろう。そう思ってソファから立ち上がり部屋を出ると、扉の前にはアリッサさんが立っていた。


「お疲れッスねぇ、ヒュー少年。殿下から送り届けるよう頼まれたんで同行するッスよ」


「ありがとうございます、アリッサさん」


 アリッサさんはニシシと人懐っこい笑みを浮かべ、俺を先導して歩き出す。


「そうそう。ここでの出来事は他言無用ッス。君は昨日の事件について騎士団から取り調べを受けた。決して王族の誰かとは会わなかった。いいッスね?」


「了解です。……ところで、昨日の事件って本当に偶然だったんですか?」


「調べた限りだとそうッスね。あの方は昔からそういう偶然をよく引き寄せるんスよ。殿下もマスターも、どうせ今回もそれだろうって話してたッス」


「……色々な苦労があったんですね」


「そりゃあもう! いやぁ、これからは君がその苦労を肩代わりしてくれるなんて嬉しい限りッスねぇ」


「ハハハ……」


 何かあったらあの手この手を使って巻き込んでやろう。


 アリッサさんと話している内に、乗ってきた馬車の近くまで来ていた。


 ふと視線を馬車に向けると、車体の窓の向こうに鹿の角のような謎のシルエットが見える。


 なんだあれ……。


 アリッサさんも気づいたようで、腰の剣に右手が伸びかかっていた。二人して慎重に近づいて行くと、窓からひょこっと銀髪の少女が顔を出す。


 少女は俺の顔を見るとすぐに、何かを抱えて馬車から降りてきた。


「ヒュー! 遅いよ、どこ行ってたの?」


「ルーグ、お前どうして……」


「ヒューと一緒に帰ろうと思って馬車で待ってたの。ダメだった……?」


 小首を傾げて尋ねられ、俺はぶんぶんと首を横に振る。ダメなはずがない。ちょうどルーグに会いたいと思っていたところなのだから。


「いや、勝手に馬車に乗っちゃダメッスよ……?」


 アリッサさんの至極まっとうな指摘にルーグは「ぅっ」とたじろいで「ごめんなさい」と頭を下げる。謝れて偉い。


 ところで、


「ルーグ、それは何を抱えてるんだ?」


 俺はさっきから気になっていた物についてルーグに尋ねた。彼女は左腕で大きなぬいぐるみを抱いている。モチーフになっているのは鹿の角が生えた馬だ。


「ノコノコさんだよ?」


「ノコノコさん……?」


「小さい頃にルー……カス殿下から貰ったぬいぐるみなんだぁ。ホースディアって動物なんだって!」


「ホースディアか……」


 俺の故郷にも生息していたこの世界の野生動物だ。まんま馬に鹿の角が生えた生き物で、俺はこっそり馬鹿と呼んでいた。


 ……偶然だとは思うが、とんでもない皮肉になってるの奇跡だろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る