第23話:世界の半分よりも欲しいもの
「僕は本気で王位継承争いに勝つつもりだ。いずれ兄上たちとは表立って敵対する事になるだろう。そうなれば兄上たちは、まず間違いなく僕の実妹のルクレティアを狙う。それを避けるため、王立学園に入れたんだ。……それがまさか入学試験の最中に継承争いとはまったく無関係な所で誘拐されるとは思わなかったけどね。さすが僕の妹だ。予想の斜め下を突き進んでくれるよ」
「……護衛とか用意してなかったんですか?」
「護衛なんて配置したらルーグがルクレティアだって言っているようなものだろう? それに、学園内なら安全なはずだった。あの子には学園から出ないように言い含めておいたしね。それがまさか、服を買いに外へ出るなんて想定外だ……」
ルーカス王子はけっこう本気で悩んでいるように頭を抱える。俺もちょっぴり頭痛を感じ始めていた。
ルーグの奴、もしかして俺が思っている以上にトラブルメーカーなのか……?
「だから君が同行してくれていて本当に助かったよ」
「いえ……。もし俺と出会って居なければ、そもそも学園の外へ出なかったかもしれません」
「それは議論しても無駄さ。妹が君と出会った事実は変わらない。誘拐されたけれど、君に救われたという事もね。……そして、僕は妹を救った君の手腕を高く評価しているんだ」
「殿下に評価を頂くほどではありませんよ。幾つかの偶然が重なった結果です」
「偶然、か。だとしたらそれはそれで、君の偶然を引き寄せる力を評価せざるを得ないね」
「…………何を仰りたいんですか?」
「わかっているくせに、意地悪だね。僕が君に求めることなんて知れているだろう?」
「……貴方の協力者になれと?」
俺が尋ねると、ルーカス王子は微笑みで答えた。
……何か嫌な予感がする。いくら俺がルーグを救ったからと言って、わざわざ直接会ってまで勧誘するものか……?
「俺は辺境のド田舎貧乏貴族ですよ? 陣営に組み込んでも何のメリットも無いのでは?」
「そうでもないよ。少なくとも君の背後関係を気にする必要がない。プノシス領は王都から最も遠く、最も戦略価値の低い土地だ。他国と面してはいるけれど、周囲が山々に囲まれていてとてもじゃないが侵攻なんて出来ないし、されないからね。親類縁者が王都に居るわけでもないから、兄上たちのどの陣営もプノシス家は完全にノーマークだ。だからこそ君は信頼できる」
「貧乏なので金に釣られてすぐ裏切るかもしれません」
「金で裏切るって発想しか出てこないなら合格さ。幾ら欲しいんだい?」
「…………金には今のところ困っていないので」
言えばポンと金貨の数百枚はくれそうだな……。
「やっぱり君はいいね。慎重で思慮深い。そして先を見通す力がある。君になら安心して妹を任せられそうだ」
「俺に王女殿下の護衛をしろということですか?」
「護衛なんてたいそうなものじゃなくてもいい。ただ傍に居て支えてやってくれ。ご存じの通り色々と手のかかる妹だけど、僕にとっては大切な唯一の家族なんだ」
「……言われなくても、俺はルーグの傍を離れるつもりはありませんよ」
「ありがとう、ヒューくん。話は変わるけど、君のスキルって面白いよね?」
「――っ!」
思わず声が出そうになって慌てて口を噤む。
だが、俺の動揺は間違いなく感付かれただろう。会話の流れの中で、その杭はあまりにも自然に俺の心臓へと撃ち込まれた。
「実はね、僕の視力はもうとっくに回復しているんだ。今から三年前、神様は僕に目を授けてくださったんだよ」
「……まさか、貴方のスキルは」
「僕は見たいものが見えるようになった。だけどこのスキルは強力すぎて、見たくないものや、見なくてもいいものまで見えてしまう。僕はこのスキルをコントロールするのに二年を費やした。だから今ではほら、目隠しすればある程度は力を抑えられるんだ」
「道理でさっきから……!」
目が見えないはずなのに杖すら使わず堂々と歩いていたことや、さっきの部屋でソファが無いと指摘したこと。今にして思えば、見えていなければおかしい言動は他にも多々あった。
ずっと感じていた見られているような感覚は、錯覚などではなくて本当に見られていたわけだ。それもただ見られていたわけじゃない。俺の内面、もしかしたら感情や思考すらも見抜かれていた可能性がある。
そして、スキルすらも……。
「君には妹の傍に居てもらう。だけど妹のお守りだけじゃ君の使い方としては不十分だ。能力に応じた働き方をしてもらわないと、勿体ないからね」
「俺に何をやらせるつもりですか」
「何でも。と言っても、使い潰したいわけじゃないんだ。君にはここぞという場面で僕の役に立って欲しい。普段は妹と一緒に青春を謳歌しておいてくれて構わないから」
「……断る選択肢はなさそうですね」
俺が抱える爆弾……〈洗脳〉スキルが見えているのか、それとも書き換えた〈忍者〉スキルが見えているのか。どちらにせよ、ルーカス王子は俺をそのままの意味での懐刀として使いたいらしいな。
普段は見えないところに置いておき、必要になれば抜けるように。
断ればスキルを理由に処刑されかねない。さっきからロアンさんは半身を引いて腰に携えた剣をいつでも抜ける体勢をとっている。〈洗脳〉スキルの発動が間に合うかはあまりにも分の悪い賭けだ。
完全にしてやられた。今回ばかりはもうどうしようもない。
どうしようもないが、このまま引き下がるのはあまりに癪だ。
「条件が二つあります」
「聞こう。言ってみたまえ」
「一つ目に、俺は可能な限り人を殺したくありません。その覚悟がないんです」
「譲歩しよう」
「二つ目。貴方が王になった暁には、俺は貴方から褒美を一つだけ貰ってプノシス領に引きこもります。その許可をください」
「良いだろう。それで、僕は君に何を与えればいいんだい? 好きなものを言うといい。宰相職かな? それとも金銀財宝? 領地だって思いのままさ」
「そんなものは要りませんよ」
俺が望むのはただ一つ。地位も名誉も財産も必要ない。
「貴方の一番大切な人を俺にください。俺には彼女だけで十分です」
ルーカス王子はしばらく口を開けたまま固まっていた。もし目隠しをしていなければ、面食らった表情を浮かべていたことだろう。
やがて俺の望みを理解したのか、吹き出すように笑いだす。
「ふははっ、そりゃあいい! あいわかった、僕が王になった暁には君に僕の大切な妹を託そう。だけど妹が嫌だと言ったらこの話は無しだよ?」
「もちろんです。彼女の意思を曲げるつもりはありません」
たとえ誰でも意のままに操る〈洗脳〉のスキルを持っていたとしても、それだけは絶対にしたくない。
俺は、ルーグの意思で俺の傍に居て欲しいのだ。
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