第22話:盲目の王子様
「それじゃ、わたしはこの辺りで。ヒュー、また会えるのを楽しみにしていますね」
ルクレティア王女はばいばいと手を振って俺が入って来た扉から出て行った。入れ違いでロアンさんが入室してくる。
「お姫さんが顔を真っ赤にして出て行ったんだが、何をやらかしたんだ……?」
「やらかしたのは王女殿下の方です」
まさか褒美として頬にキスされるなんてさすがに予想外だ。避けようと思えば避けられたのだが、避けたら絶対にいじけるだろうから受け入れるしかなかった。
……まあ、避ける理由もなかったし。
「まあいい。それよりここからが本題だ」
「……って事は、俺を呼び出したのはルクレティア王女殿下ではなかったと?」
「お前さんも勘づいちゃいたんだろう? 本当は誰に呼び出されたのか」
「それはまあ、一応は……」
ルクレティア王女……もう長いからルーグでいいか。
ルーグは俺に届いた手紙を見て、さっきの場をセッティングすることを思いついたのだろう。自分を助けてくれたお礼を伝え、俺に褒美を授けるために。だとしたら、そもそもの手紙の差出人は別に居る事になる。
「失礼するよ」
その人物は、その一言で扉を開けて堂々と入室してきた。ルクレティア王女と同じ長く艶やかで美しい金髪。背はやや小柄で、けれど背筋を伸ばして堂々と歩く様は彼の姿を実寸より大きく見せている。
顔立ちも非常に整っていて、男の俺でも思わず見惚れそうになってしまうほどだ。
それこそ、目元を覆う布さえなければどうなっていたかわからない。
「ああ、跪かなくてもいいよ。喋りにくいだけだからね。僕は自然体の君と話がしたい」
「……お初にお目にかかります、ルーカス殿下」
「うん、初めまして。宜しくね、ヒュー・プノシスくん」
……なんだ、この人。
噂通り、目は見えていないはずだ。目元が真っ黒で分厚い布に覆われているのだから。
そのはずなのに、俺は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっていた。
気持ちが悪い。まるで全身を、頭の先から爪先まで観察されているような感覚だ。
「ふむ。ちょっと場所を変えようか。この部屋にはソファがない事を失念していたよ。ついてきたまえ」
ルーカス王子は踵を返して部屋から出て行く。
「行くぜ、ヒュー」
「あ、はい」
俺はロアンさんに促されてようやく一歩を踏み出すことが出来た。何だったんだ、今の……。〈忍者〉スキルで感覚が鋭敏になり過ぎているのだろうか。
案内されたのは隣の部屋だった。作りはさっきの部屋と同じだが、執務机の他に応接用のソファが用意されている。ルーカス王子はソファに腰掛け、俺はその対面に座る事になった。
そして俺の後ろにはロアンさんが、王子の後ろにはアリッサさんがそれぞれ立つ。何かあれば即座に前後から俺を斬れる位置だ。何かを起こす気はさらさらないが、妙な緊張感に包まれる。
「改めて挨拶をしておこう。僕の名はルーカス・フォン・リースだ。そう緊張しないでくれ、ヒューくん。別に取って食おうってわけじゃない。前後の二人も念のために置いているだけで剣を抜かせるつもりはないよ」
「そう言われましても……」
「じゃあアリッサを下がらせよう。ロアンは僕の後ろに。これで少しはプレッシャーが軽減されるはずだ」
ルーカス王子の指示にロアンさんとアリッサさんは無言で従う。アリッサさんは部屋を出て扉の前で警護を行うようだ。
「これで少しはマシになったかな?」
「……お気遣いありがとうございます、王子殿下」
「なんのこれしき。妹を救ってくれた君への恩に比べれば、これくらいまったく大したことじゃない」
「…………っ」
いきなりぶっこんで来たなこの王子。相変わらず目に布が巻かれているが、ルーグとルクレティアが同一人物だと認めたうえで俺の反応を確かめているのが伝わって来る。
「質問をしても宜しいでしょうか」
「いいよ。質問程度でいちいち確認も不要だ。もっと気楽に話そう」
「……ではお言葉に甘えて。どうして、妹君は男の姿をして王立学園に?」
「君が最初に気になったのはそこなんだね」
尋ねたい事ならいくらでもある。だけどそもそも、どうしてルクレティア王女殿下はルーグとして男の振りをして学園の入学試験を受けていたのか。その疑問が解決されなければ先へは進めない。
「その質問の答えを聞く覚悟が君にはあるのかな?」
「少し前まではありませんでした」
「なるほど。良いだろう、答えはずばり僕が次の王座を本気で狙っているからだ」
「な――っ! 殿下!?」
血相を変えたのはロアンさんだ。まさか殿下がここでぶっちゃけるとは考えていなかったんだろう。俺としても予想していた答えではあるが、まさかこんなにも簡単に殿下が口にするとは思わなかった。
王位継承権争いが今どうなっているかわからないが、父上がちらっと話していた内容では少なくとも、ルーカス王子は目のハンディキャップを抱えているため他の候補より出遅れていたはずだ。
「良いんですかい、ヒューにそんなこと言っちまって」
「もちろんだとも。ヒュー、君だってある程度は予想していたんだろう? 王族であるはずのルクレティアが男装して学園に居る。まるで何かから隠そうとしているみたいだって」
「……まあ、考えないようにはしていましたが」
人を隠すなら人の中。王立学園は隠れ蓑としては最適だ。ある程度の独立性を有し、同年代の男女が多数暮らす隔離空間。そこへ髪型と性別を変えて放り込めば、探す方は一苦労だろう。
もうリリィにはバレちゃってるけどな……。
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