第20話:あなたルクレティアって言うのね

「それ、王城からの手紙だよね……? ヒュー、いったい何をやらかしたの?」


「身に覚えがない…………たぶん」


 まさか、〈洗脳〉スキルの事がバレたのか……?


 いや、だとして手紙なんかを送ってくるものだろうか。


 とにかく中身を確認しなければ。勉強机に座り、レターナイフで封を開ける。


 中に入っていた手紙には綺麗な文字で王城へ招待すると書かれていた。


 何でも人身売買組織を潰した件で王族が直々に話を聞きたいらしい。手紙は騎士団のロアンって副団長が代筆したもののようだ。


 明日の午前九時頃に迎えを寄越すとも書いてあった。


「ロアン副団長が手紙の代筆を……?」


「ルーグ、知ってる人なのか?」


「あ、うん。知っているというより、有名な人だよ。騎士団の副団長。〈剣聖ソードマスター〉のスキルを持つ王国最強の騎士。普段は物臭なんだけど、字が意外と綺麗だからよく代筆を頼まれるんだよね。特にルーカス……第三王子から」


「ルーカス第三王子って、あの……?」


 辺境ド田舎貴族の俺でも聞いたことのある王族の名前だ。


 第三王子ルーカス・フォン・リース。頭脳明晰で運動神経抜群。軍略や政治にも精通した天才。


 ……そして、生まれながらに病で視力を失った盲目王子だと。


 視力さえあれば王位継承権争いでも最右翼だったと言われている傑物だ。


「たぶんね」


「そんな大物がどうしてわざわざ俺なんかを……」


 ちらりと視線を横へ向けると、椅子に座った俺に後ろから抱き着くような形でマジマジと手紙を見つめるルーグの横顔が視界に映る。


 ……まさか、な。


「ヒュー、この手紙をちょっと預かってもいいかな?」


「それは別に構わないが、どうするんだ?」


「ちょっと野暮用を思い出して。あ、今日は実家に泊まってくるよ。久しぶりにお父様や家族にも会いたくなったし!」


「そうか。王都住みはそれができるから羨ましいな」


「ヒューの実家は北東地域にあるんだっけ……? やっぱり寂しい?」


「寂しくないって言えば嘘になる。けど、俺だってもういい大人だしな。親離れするにはちょうどいいよ」


「……そっか。でも、いつか行ってみたいなぁ、ヒューの故郷」


「山と森しかないぞ?」


「だから良いんだよぅ。のどかな場所で静かに暮らすのも、ヒューと一緒なら楽しそうだし!」


「そ、そうか……」


 それって遠回しなプロポーズか何かか……? 確かに、ルーグと一緒なら故郷での悠々自適なスローライフにも彩りが溢れそうだ。


「……じゃあ、どこかタイミングを見て一緒に帰るか。ルーグが気に入ったならそのまま移住したっていい。俺としては大歓迎だよ」


「ホントっ!? 約束っ、約束だよ、ヒュー!」


「ああ、約束だ」


 ルーグは心の底から嬉しそうに微笑んで、小指を差し出してくる。


 この世界にも約束を交わすときには小指を絡み合わせる文化があるのだ。俺が小指を絡めると、ルーグは嬉しそうに言う。


「この約束を神様が導いてくれますように!」


   ◇


 ルーグが実家へと戻った翌日のこと。俺は学園の校門前で迎えの馬車を待っていた。


「本当にこの服で大丈夫だよな……?」


 いざ王族に会うと思うとやっぱり緊張してしまう。俺の今の服装は王立学園の制服だ。昨晩の内に校則を確認して、学生である間は制服が正装になるという記載を見つけていた。王族との謁見でも制服で問題ない……はず。


「ルーグが居てくれたら少しは気が楽なんだが……」


 ルーグとは謁見が終わった後に王城で合流しようという話になっていた。どうして王城で合流できるのかと疑問に思ったが、詳細は聞いていない。


 まあ、親父さんの仕事を手伝うとかそういうので王城に入れるんだろう、うん。


 指定された時間の五分前くらいになると、遠くから一台の馬車が近づいてくるのが見えた。御者台には白地に青の鎧を着た騎士が乗っている。


 念のためいつでも逃げられるように、スキルは〈忍者〉に書き換えておいた。強化された視力で遠くからでも姿はよくわかる。


 御者台で馬を操縦しているのは紫の髪をサイドでまとめた、まだ顔立ちにあどけなさを残す若い女性騎士だ。そして車体の中にもう一人、騎士が乗っているな。


 馬車はちょうど俺の前で止まり、車体の扉が開いて中から壮年の男性騎士が姿を見せた。髪はボサボサ。無精髭を生やした猫背の男で、かなり物臭な印象は受ける。


 だけど〈忍者〉スキルで強化された感覚が思いっきり警鐘を鳴らしていた。


 この人は強い、間違いなく。


 〈忍者〉スキルでも戦闘になればまず勝てないだろう。正面から挑むのはもちろん、搦手を使っても勝てるビジョンが浮かばない。圧倒的な実力差と経験値が違いすぎる。この人がもしかして王国最強の……?


「王国騎士団副団長のロアン・アッシュブレードだ。お前さんがヒュー・プノシスかい?」


「は、はい。宜しくお願いします、ロアン副団長」


「ロアンでいいぜ? お前さんの進路が騎士団希望って事なら別に構わねぇけどな」


「……では、ロアンさんと呼ばせてください。実家を継ぐ予定なので」


「そりゃ残念だ。お前さんほどの実力ならいつでも大歓迎なんだが、まあ気が変わったら言ってくれ。乗りな」


 ロアンさんに促され馬車へ乗り込む。すると御者台の方から女性騎士に声をかけられた。


「君がヒュー少年ッスね。自分、アリッサ・スウィフトっていうッス。どうぞよろしく!」


「ヒュー・プノシスです。宜しくお願いします」


「おぉ! 意外と礼儀正しい好青年! 人身売買組織を一人で壊滅させたからてっきりガサツで乱暴な大男だと思ってたッスよ」


「そ、そうですか……」


「おいアリッサ! くっちゃべってないで馬車を出せ」


「了解ッス、マスター!」


「ま、ご主人様マスター?」


 てっきり上司と部下かと思っていたのだが、二人はいったいどんな関係なんだ……?


「気にすんな、ヒュー。こいつはいつもこうなんだ……」


 ロアンさんは額に手を当てて溜息を吐いている。その仕草だけで何となく察せてしまった。色々と苦労しているようだ。


 それにしても……。


 ロアンさんもそうだが、アリッサさんも相当な実力者だ。この二人を相手にしたら、戦うどころか逃げることすら難しいだろう。もし俺の〈洗脳〉スキルがバレているのだとしたらもうこの時点で詰んでいる。


 ……けど、今のところ俺をどうこうしようって感じではないな。一応警戒しつつ、いつでも逃げられるようにはしておこう。この二人の前には無駄かもしれないが、初めから諦めるつもりはない。


「ちなみに、俺はいったいどなたに呼ばれたんですか……?」


 予想では第三王子のルーカス殿下だが、ロアンさんは無精ひげを触りながら困ったような笑みを浮かべる。


「あー、昨日までは別に話してもよかったんだが、急に秘密事項に指定されちまってな。すまんがこの場では言えん」


「そんな隠すような事とは思えませんが……」


「俺もそう思っちゃいるが、騎士は忠誠を誓った王族の命令には従わざるをえないんでな。ま、着いてからのお楽しみってやつだ」


「はあ……」


 それから馬車が王城へ着くまで、ロアンさんとは他愛のない話で盛り上がった。実は父上がロアンさんと王立学園時代に同期だったとか、母上の定食屋で酒を飲んで二人で夜が明けるまで語り合ったとか、母上を巡って殴り合いの喧嘩をしたとか。


 正直、王族に謁見するよりずっとロアンさんに父上と母上の話をしてもらう方が面白そうだったのだが、楽しい時間はあっという間に過ぎて馬車は王城に到着してしまう。


「もう少し父上と母上のお話を伺いたかったです」


「またいつでも話してやるよ。非番の日には朝まで飲み明かそうぜ」


「それはぜひ!」


「二人ともすっかり仲良しッスねぇ……」


 アリッサさんに苦笑されつつ、俺は二人の案内で城の内部へと足を踏み入れた。


 つい昨日までは一生縁がないと思っていた場所だ。どこか神聖でピリピリとした独特の雰囲気に飲まれそうになる。王位継承争いの真っただ中だから余計にそう感じるのだろうか。


 それにしても豪勢な作りだ。足元に敷かれた絨毯はふかふか。廊下に飾られている花瓶や壺、絵画はどれも最高級品だろう。一つでも割ろうものならプノシス家は藁の家のように吹き飛んでしまいそうだ。


 変な汗をかきながら廊下を進み、幾つかの階段を上った先でようやくロアンさんが足を止める。


「ここだぜ、ヒュー。殿下、ヒュー・プノシスを連れてまいりました!」


「どうぞーっ!」


 部屋の中から元気な声が返ってきて、ロアンさんはまた額に手を置いて溜息を吐いていた。アリッサさんも苦笑している。


 そして俺も変な汗をかいていた。部屋の中から聞こえてきた声に、どこかで聞き覚えがあったからだ。


 ロアンさんに顎で入るように促され、入室する。そこは執務机が置かれただけのシンプルな部屋で、その部屋の主は淡い桃色のドレスを着て窓際に立ってこちらを見つめていた。


 腰にまで届きそうなほど長い、綺麗で艶やかな金色の髪。くりくりとした紺碧色の大きな瞳が幼さを感じさせる顔立ちで、背は小柄な女の子だ。


「いらっしゃ……じゃなくて。初めまして、ヒュー・プノシスさん。わたしの名前はルクレティア・フォン・リース。この国の第七王女です。よろしくね!」


 そう言って微笑むルクレティア王女殿下。


 髪色と髪型は違うものの、その笑みを俺が見間違えるはずもなく……。




 この第七王女絶対にルーグだぁあああああぁぁぁ……――。




 俺は心の中で頭を抱えて叫んだのだった。

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