第二章

第19話:Good morning,my roommate

 窓から差し込む朝日の眩しさと、遠くから聞こえてくる小鳥のさえずりに揺り動かされ、俺はゆっくりと目を開く。


 ここは……? 見慣れない光景に少しだけ寝ぼけた頭が混乱した。ややあって自分が王立学園の入学試験に合格し、寮生活を始めたことを思い出す。


 そうだ、ここがこれから3年間を過ごす寮の部屋だ。部屋の反対側にあるベッドにはルームメイトのルーグが…………居ない。どうやら先に起きたらしい。トイレかどこかへ行ったのだろう。ベッドはもぬけの殻だった。


 俺はもう少し眠るか……。


 そう思って寝返りを打とうとしたのだが、体がやけに重い。何かが俺の身動きを阻害している。


 窮屈な左腕を動かすと手のひらにかすかに柔らかな何かの感触があった。自由な右腕を動かすと布団や俺ではない布の手触りがあって、こちらも小ぶりだが柔らかで弾力がある何かの感触がする。


「……ふぁっ」


 布団の中から聞こえてきたのは甘い吐息。まさかと思って布団を引っぺがすと、俺にキュッと密着する銀髪が視界に入った。


 おいマジかこいつ……!


 ルームメイトの男の子(であってくれ……)、ルーグ・ベクトが俺に抱き着いてすやすやと眠っていた。


 道理で体が動かせないわけだ。ということは、さっき感じた柔らかな感触はもしかして……? すまん、リリィ。俺はもう、ダメかもしれない……。


 落ち着け、平常心だ。大丈夫、鎮まれ、鎮まりたまえ……。


 元気いっぱいになってしまったじゃじゃ馬を鎮めるために〈洗脳〉スキルの使用も本気で検討していると、「んぅ……」とルーグが身じろぎしてゆっくりと瞼を開く。


「あれ、ヒュー……?」


「あー……、おはよう、ルーグ」


「おはようー、えへへ……」


 ルーグはまだ寝ぼけているのか、にへらと笑って再び目を閉じて俺にギュッとしがみついてくる。


 ああもぅ可愛すぎる……!


 ずっとこのままで居たいけど、さすがにこれ以上は我慢の限界だ。


「起きてくれ、ルーグ。もう朝だぞ……!」


「朝ぁ……? ……あれ、どうしてヒューが一緒に寝てるの……?」


「それはこっちの台詞だ! ここは俺のベッドだからな?」


「ふぇ……?」


 ルーグはもぞもぞと起き上がって周囲を見渡す。そしてようやく、昨夜決めたベッドの割り当てを思い出したのだろう。ルーグはかぁーっと顔を赤くして転がり落ちるようにベッドから飛び退いた。


「ご、ごごごめんね、ヒュー! わたし・・・何かに抱き着かないとよく眠れなくって、深夜にお手洗いに行った後にほんのちょっと出来心で……!」


「確信犯かよ……」


「おかげでぐっすり眠れました! ありがとうございますっ!」


 いや感謝されても困るんだが……。


 この調子だと明日からも抱き枕にされかねん。そうなったらさすがに理性のタガが吹っ飛ぶ。


 ここに来てリリィの忠告のありがたみが増してくるな。清書して額縁で飾りたいレベルだ。


「とりあえず入学式が終わったら抱き枕探しに行こうな……?」


「えっ!? ヒューじゃ、ダメ?」


「ダメに決まってんだろ、このポンコツルームメイト!」


「ポンコツルームメイト!?」


 ショックを受けて固まるルーグを無視して制服に着替える。入学式にはまだ時間があるが、朝食を食べに食堂へ行く時間を考慮すればそれほど余裕があるわけじゃない。


 制服は白地を基調として青のラインと金色のボタンが特徴的だ。白と青はリース王国の国旗に使われている色で、金色は王家を象徴する色だったか。まさにリース王立学園の制服って感じの色合いだな。


 ふと振り返ると、ルーグが顔を両手で覆っていた……のだが、指の隙間から俺の着替えをまじまじと見つめている。


「ヒューってけっこう鍛えてるんだね」


「これくらい普通じゃないか?」


 この世界には前世のような娯楽も砂糖いっぱいのジュースやスナック菓子もないからな。不摂生な生活にはならず、普段の生活から体を動かす事も多い。特に鍛えているわけではなかったが、筋肉はいつの間にかついていた。


 というかその質問をしながら見てないフリをする必要はあるのだろうか?


「外で待ってる。着替えたら出てきてくれ」


 ルーグにそう言い残し、部屋を出て廊下で待つ。ちょうど朝食時ということもあって、他の部屋からも続々と真新しい制服姿の同級生たちが出てくるところだった。


 この光景も、段々と見慣れたものになっていくんだろう。


 しばらく待っていると制服に着替えたルーグが部屋から出てきた。


「ど、どうかな、ヒュー? 似合ってる……?」


「ああ、意外と様になってるな」


 昨日の服に比べたら、着せられている感がなくて似合っている。これなら顔が可愛い男の子にも見えなくはない。


「むぅ、『意外と』は余計だよ、ヒュー」


「すまんすまん」


 俺の感想がやや不満だったようで、頬を膨らませるルーグをなだめながら寮の外へ出る。校舎に隣接した食堂で朝食を済ませ、そのまま入学式へ。


 どこの世界でも入学式の内容は変わらないようで、新入生の俺たちは椅子に座ってお偉いさんの話を聞いているだけだった。


 退屈な時間が過ぎていった中で、新入生代表挨拶でリリィが登壇したのが俺にとっての唯一のハイライトだ。


 さすがリリィ。カンペも見ずに凛とした声と堂々とした態度で挨拶をしていた。ルーグによれば新入生代表は家柄ではなく入学試験の成績で選ばれるらしい。ということは、今年の首席合格者はリリィってことになるか。


 何となく筆記試験は得意そうだし、スキルも強力なものを持っていそうだから納得だ。


 入学式が終わると今日はそのまま解散になった。明日は一日休みで、クラス発表と授業開始は明後日からとなる。


 ルーグと共に寮の自室へ戻ると、郵便受けに俺宛の手紙が届いていた。


 差出人は書いていないが、花冠を象った封蝋がされている。


 花冠リース……。嫌な予感しかしないのだが……。

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