第18話:ついてるついてないあれどっちどっち

「ルーグ、ショックを受けるのは構わないが先に入寮申請を済ませてしまわないか?」


「そ、そうだねっ! 僕行ってくるよ!」


 そう言ってルーグは入寮手続きをしている教員の元へ駆け寄って行く。俺もその後へ続こうとしたのだが、後ろからリリィに肩を掴まれた。


「ねえ、本当にと一緒の部屋で暮らすつもり?」


「リリィ、俺はルーグが何者だとか、本当は女の子だとか、何一つ知らないし知るつもりもない。だから男爵家と子爵家の男同士が同室になるのは何ら不自然じゃないはずだ」


「……まあ、どちらにせよ子爵家の子息だから同室は避けられない。そう考えると何故か懐かれている貴方が同室のほうが、あの方にとっては良いのだとは思うけれど……」


 リリィは俺の肩を引っ張って俺を振り返らせる。彼女の切れ長の瞳が真っすぐ俺を見つめていた。リリィは真面目な表情で俺に忠告する。


「いい? くれぐれも粗相はしないこと。一時の気の迷いで手でも出そうものなら、貴方も貴方の家族も、あの方も不幸になる。それだけは絶対に避けなさい。いいわね?」


「言われなくてもわかってる。というか、男同士で手なんか出すかよ」


「……信じるからね、ヒュー」


 俺はあくまで男同士の友人関係としてルーグに接する。その意思表示を読み取ってくれたのか、リリィは俺の肩から手を離した。


 どうやら俺はとんでもない大物に懐かれてしまったらしい。侯爵家令嬢のリリィが『あの方』と呼ぶ相手の地位なんて限られてるよなぁ……。


 ……よし、聞かなかったことにしよう。


「そう言えば、そっちも入寮の手続きをするんだろ? リリィは一人部屋で、レクティは四人部屋になるのか」


「あ、そっか。そうなっちゃうんですね……」


 レクティは不安そうにうつむく。平民同士で同室になるとは言え、レクティは貧民街の出身だ。例えば平民でも裕福な家の生まれと同室になってしまえば、肩身の狭い思いをするのは避けられないだろう。


「心配しなくても大丈夫よ、レクティ。貴方は私と同室だから」


「えっ!?」


「同室って、侯爵家は一人部屋じゃなかったか?」


「部屋割りなんて侯爵家の政治力を使えばどうとでもなるわよ。グレードを上げろと言うわけではないのだし。ダメなら一人部屋にベッドをもう一つ用意させるだけ。もちろん一つのベッドで一緒に寝るのもありだけど、ね?」


「え、えぇぇっ!?」


 リリィにさらりと頬を撫でられ、レクティは赤面しながら俺の後ろに隠れる。


「フヒヒ……っ。冗談よ、レクティ。本気にして恥ずかしがらないでちょうだい?」


 笑い方が冗談じゃないんだよなぁ。


 レクティもそれを感じたのか俺の背中に隠れながらリリィに尋ねる。


「で、でも、リリィちゃんの迷惑になりませんか……? わたしみたいな平民と一緒の部屋で暮らすなんて。一人部屋のほうがいいんじゃ……」


「せっかくの寮生活なのに一人暮らしなんて寂しいじゃない。寮生活の醍醐味は共同生活でしょう? ……それに、あまり自分を卑下するのは感心しないわ。この私が、あなたが良いと言っているのよ、レクティ」


「り、リリィちゃん……!」


 レクティはどうやらリリィの言葉に感銘を受けたようで、隠れていた俺の背中から出てリリィの前に行き頭を下げる。


「不束者ですがよろしくお願いします……!」


「ええ。貴方を誰よりも幸せにすると神に誓うわ」


 ……俺たち以上にプロポーズしているようにしか見えないな。


 レクティと共に入寮手続きをしに行こうとするリリィの肩を掴んで止める。


「くれぐれも手を出すなよ?」


「約束しかねるわね」


 こいつ……っ!


 レクティの身が不安にはなるが、リリィと同室が彼女にとって一番マシな状況なのもまた事実。俺が口出しするのも変な話か……。すまん、レクティ。自分の身は自分で守ってくれ。



 その後無事に入寮手続きを終えた俺たちは誘導に従って教室に入り、そこで寮内でのルールや学園内の各種施設、明日の入学式のスケジュールなどの説明を受けて解散となった。


 さっそくルーグと共に男子寮へ向かい、宛がわれた部屋に入る。


「わぁ! ここがボクたちの部屋なんだね!」


「思ってたよりもけっこう広いな!」


 思わずテンションが上がってしまうくらい、部屋の中は広々としていた。


 家具は備え付けで、ベッドと勉強机がそれぞれ左右対称になるように設置されている。他にも衣装ダンスや棚などもあり、部屋の中央にはローテーブルとそれを囲うように凹字型のソファまで置いてあった。


 家具がこれだけあっても窮屈さを感じさせないだけの広さ。更にはシャワールームと水洗式のトイレまで完備されている。


 さすが王立学園。そして貴族向けに用意された部屋だ。子爵や男爵向けの部屋でこれなら、伯爵以上の部屋はどれくらい豪華なんだろうか。


「部屋の家具や調度品に関しても『色々』あったらしくてね」


「純粋に楽しめなくなりそうだから詳細は話さないでくれ……」


 この学校本当に『色々』ありすぎだろ。


 まあ何はともあれようやく落ち着ける。俺が沈み込むようにソファへ座ると、ルーグはタオルや着替えの用意を始めた。


「ヒュー、先にシャワー使わせてもらうね」


「ああ、ごゆっくり」


 適当に返事をしてルーグがシャワールームに入るのを見送る。しばらくして衣擦れの音と、シャワーの水音、そしてルーグの気持ちよさそうな吐息交じりの鼻歌が聞こえてきた。


 ……これは何というか、結構な破壊力だな。


 リリィの忠告が無くても何もするつもりはなかったが、決意の強度を補強してくれたと考えればその意味は大きかったかもしれない。


 女の子との共同生活って、こんなにもドキドキするものなのか……。いや、まだルーグが女の子だと確定したわけじゃないんだが。例え1%でも男である可能性が残っているなら、男だと思うべきだ、うん。


 それにしてもこの部屋、意外と壁が薄いのか……?


「いや違う。〈忍者〉スキルのままだったのすっかり忘れてた」


 手鏡を取り出してスキルを〈発火〉に変えておく。明日は入学式だけだが、抜き打ちでスキルを見られないとも限らないしな。


 それからしばらく、ソファに座ってボーっとしていた。俺自身も気づかない内に疲れていたようで、少しばかり眠ってしまっていたかもしれない。


 気づいたのはシャワールームの扉が開く音。視線を向けると頭にタオルを巻いたルーグがこちらへ向かってくる。


「ふうー、いいお湯だった。ヒュー、お次どうぞ」


「お、おう……」


「ん? どうしたの?」


 俺の反応を不思議がって、ルーグは首を傾げる。


 どうしたの、ってこっちのセリフだ。


 風呂上がりのルーグがやけに色っぽいとか、少し離れたこっちにまでいい匂いがしてくるとか、そういうドギマギとは別で俺は唖然としていた。


 ルーグがパジャマとして着ているのは、白地に花柄が入った可愛らしいワンピース。どっからどう見ても女の子のパジャマだ。



 こいつもう自分の性別隠す気ないだろ……っ!

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