第17話:俺が一緒に暮らしてやんよ!

◇◇◇


 誘導に従って校舎内へ進むと、まずは廊下で入寮の手続きを行う事になった。校舎内の掲示板には部屋割りに関する内容の文章が張り出されている。


 ……なるほど、身分ごとに部屋が分かれているのか。


 まず学生寮は二棟あり、それぞれ男女別になっている。平民は四人部屋に割り振られ、貴族も子爵家と男爵家は二人部屋。一人部屋が割り振られるのは伯爵家から上の身分だ。


 ってことは、俺は二人部屋だな。ルームメイトは希望があれば選べるらしいのだが……。


 ちらりと横を見ると、こちらを見上げていたルーグと目が合った。もしかして考えることは一緒だっただろうか。


「えっと、そう言えばルーグの実家って貴族なんだよな……? すまん、辺境のド田舎貴族なもんでこっちの貴族の爵位が頭に入ってないんだ。もしよければ教えてくれないか?」


「うんっ。ベクト家は領地を持っていないんだけど、子爵家だよ」


「領地を持っていない子爵家?」


「領地を持たない代わりに、王家から王都内に土地を貰ってそこで生活しているんだ。お父さんはね、王城で官僚として働いてるんだよ?」


「なるほど、そういう貴族も居るのか」


「だから、その……。……一緒の部屋に、なれるね」


 ルーグは控えめに、頬をほのかに赤くして上目遣いで俺に言う。


 ……ぐっ。やっぱりこいつ可愛すぎる。


 同じ部屋で生活して俺の理性は持つのか……!?


「あ、だ、ダメならいいんだよ!? ヒューが別の人と同じ部屋が良いなら……。だ、だけどヒューと一緒なら、ボクも安心だなって思ってて……」


「ルーグ、俺と一緒に暮らそう!」


「ひゃいっ!?」


 俺はその場で跪いて、ルーグの手を包み込むように握った。ルーグは突然の俺の行動に混乱した様子で口をパクパクさせ、


「ふ、不束者ですがよろしくお願いしましゅっ!」


 最後に思いっきり噛んだ。ルーグは目じりに涙を浮かべ、顔は湯気が出そうなほどに赤くなっている。本当に可愛いやつだなぁ。


「貴方たち何をやっているの……?」


 不意に声を掛けられて横を見ると、亜麻色の髪を二房に結った少女が俺を呆れた様子で見降ろしていた。


 その後ろには淡い水色の髪の女の子が不思議そうな表情で立っている。


「リリィ、レクティ、二人も合格したのか。おめでとう」


「はい。ヒューさんも合格おめでとうございます」


「合格なんて当たり前でしょう? それよりも、この茶番劇はなに?」


「何って寮の部屋割りを決めてたんだが」


「プロポーズしているようにしか見えなかったわよ」


 リリィは額に手を置いて溜息を吐く。まあ、そう見えるようにわざと小芝居をしてたんだけどな。これでルーグに寄り付く男も少しは減るだろう。


「紹介するよ、俺の親友のルーグだ」


「し、親友っ!? ……って、あ、えっと。初めまして! ルーグ・ベクトです!」


「ルーグ・ベクト……?」


 リリィはルーグの名を聞いて何かを考えるように口元へ拳を当てると、ずんっとルーグに近づいて顔をまじまじと見つめ始める。


「え、えーっと……?」


 ルーグは戸惑った様子で何歩か後ろへ下がり、スッとリリィから視線を逸らす。ルーグは初めましてとは言っていたが、もしかしたら初めましてじゃない可能性もあるのか……?


「ごめんなさい、知り合いに似ていたような気がしたからついつい見つめてしまったわ。他人の空似というやつかしら」


「そ、そうだと思うよ……? ピュリディ家との付き合いはほとんどないはずだし」


「あら? 私はまだ一言もピュリディ家の者だとは名乗ってないはずだけど?」


「あっ……」


 ルーグは「しまった!」と口元を手で覆い隠す。


 今日一日見ていて思ったんだが、ルーグってけっこうポンコツだよな。


「まあ、私ほどの傑物であれば、リリィという名だけでピュリディ家に辿り着いてもおかしくはないけれどね」


「すげー自信家だな」


「事実だもの。実際、社交界では顔が広いのよ? 辺境のド田舎貧乏下痢貴族にはわからないでしょうけれど」


「そう言われると下痢以外は何も言い返せない」


 社交界なんて俺には縁のない世界すぎる。


 父上たちにしても、王都で何か催し物が開催されるたびに片道一か月もかけて移動するわけにはいかないからな。遠すぎて国王陛下への新年の挨拶すら手紙だけでいいと免除されているレベルだ。


「それじゃ改めて。リリィ・ピュリディよ」


「そ、聡明と名高いピュリディ侯爵家のご令嬢と、初めて・・・お会いできて光栄です……」


「ふふっ。そういうことにしておいてあげるわ。それから、彼女はレクティ」


「れ、レクティです。宜しくお願いします、ルーグ様」


「あ、えっと、様付けはやめてくれると嬉しいかな……?」


「では、……ルーグちゃん?」


「ぅぐっ」


 レクティにちゃん付けで呼ばれ、ルーグはショックを受けたように胸を押さえて一歩よろめく。


「あー……。レクティ、出来れば『ルーグくん』と呼んであげてくれ」


「えっ? でも、女の子ですよね……?」


「ぐはっ」


「レクティ、真実とは時に人を傷つけるものなのよ?」


「がはぁっ」


「追い打ちをかけてやるなよ」


 ルーグは満身創痍でしゃがみこんでプルプルと震えていた。可哀そうに……。


 それにしても、リリィはルーグの正体を看破した上で弄んでいるように見えるな。ルーグはやっぱり子爵家よりもっと上流階級の生まれなんだろうか。


 ……出来れば関わりたくはないが、ルーグがずっとこの調子なら近いうちに何かに巻き込まれそうな気がする。


 まあ、その時はその時だ。


 そう思えるのは、〈洗脳〉スキルをある程度使いこなせるようになって、少しだけ気持ちに余裕が出来たからかもしれないな。

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