第16話:一方そのころ(他キャラ三人称視点)
ヒューとルーグが王立学園で合格発表を見ていたのとほぼ同時刻。
王城から派遣されたとある騎士が、港湾地区で発見された人身売買組織のアジトへと足を運んでいた。
馬車から降り立ったのは、白地に青のラインが入った鎧とマントに身を包んだ壮年の痩せ型の男。焦げ茶色の髪はボサボサで、顔には無精髭を生やしている。
大きなあくびをしながら猫背で歩く男に対し、すれ違う衛兵や先行して派遣されていた別の騎士たちは立ち止まり敬礼をする。
「お疲れ様です!」
「はいお疲れーい」
男の反応は軽いもので、左手を軽く上げて労いの言葉をかけるだけだ。それに対して不満を示す者はどこにも居ない。むしろ衛兵の中には男に労われただけで嬉しそうに表情を明るくする者も居た。
「あれが王国騎士団の副団長……!」
「〈
ロアンは後ろから聞こえてきた衛兵たちの会話にため息を吐いた。
(だから現場仕事はメンドクセェんだよなぁ……)
若い騎士や衛兵たちの自分を見る反応が変わり始めたのはいつ頃からだっただろうか。
騎士団に入ってもう二十年が過ぎようとしている。リース王国は平和な時代を迎えているとはいえ、騎士団に戦いがないわけではなかった。
戦争に駆り出されないだけで、モンスター討伐や野盗や犯罪組織との戦闘は日常茶飯事だ。ロアンは騎士団の一員として常に先頭で剣を振ってきた。
入団当初は可愛がられ、中堅になってからは信頼され、ベテランと言ってもいい年齢になってからは尊敬されることが増えたように思う。
騎士団に入った当初、ロアンも当時の団長や副団長などベテランの騎士に憧れを抱いていた頃を思い出す。
(俺も年を取ったもんだなぁ……。俺もあの頃の団長たちみたいに引退して妻や娘と静かな余生を過ごしたいもんだぜ。…………結婚してねぇけど)
「はぁあああああ…………」
大きな溜息を吐きながら人身売買組織のアジトとなっていた倉庫へ立ち入ると、先に中で調査を行っていた騎士がロアンに気づいて駆け寄って来た。
紫の髪をサイドでまとめた、まだ顔立ちに幼さを残す若い女騎士だ。
彼女はロアンの前でシュバっと立ち止まると、ビシッと右肘から先を伸ばして額に持っていき敬礼をする。
「お疲れ様ッス、マスター!」
「おい、誰が
「申し訳ないッス、マスター!」
「申し訳ないと思ってるなら少しは呼び方を改めろ……ったく」
ロアンはここへ来てもう何度目かもわからない溜息を吐いて「もういいや」と呆れ気味に呟く。
アリッサ・スウィフトとは彼女が騎士になる前からの知り合いであり、とある事件で彼女を助けてからというもののロアンはずっとアリッサからマスターと呼ばれ続けていた。
スキルが〈
しかも何が厄介って、呼ばせていると勘違いされる事だった。本当は何度辞めろと言ってもアリッサが聞かないのに、傍から見ればロアンがアリッサにご主人様と呼ばせているように見えてしまうのである。
おかげで余計な気苦労が絶えない。最近は現場仕事をアリッサに任せロアンは王城の詰め所で待機するなど、別行動を取るようにしていたのだが……。
「王都を騒がせていた連続失踪事件の犯人が、まさか学生一人に制圧されるとはねぇ」
「正確には王立学園の入学試験中の受験生ッスけどね」
「そういや今日は入学試験の日だっけか。まさか身柄を拘束しちゃ居ねぇだろうな?」
「そこはご心配なく。衛兵がちゃんと学園に送り届けたッスよ」
「なら安心だな。こんな大立ち回りを演じた奴だ。まさか落ちるなんて事はねぇだろうし、聴取は後でいくらでも出来る」
「もしかしてマスターが直々に聴取するんスか?」
「さあな。顔くらいは拝んでおきてぇとは思うが」
犯罪組織を一人で、しかも誰一人として殺さずに制圧した少年には純粋に興味を惹かれる。
とは言え、王都内で発生した犯罪への対処は基本的に衛兵の役割だ。その領分に踏み込んで顰蹙を買ってまですることかと言えば、それほどではない。
ただ、それは今回の事件が普通の事件であった場合の話でもある。犯罪捜査は衛兵の領分。そこを飛び越えて王城から騎士が派遣されており、副団長のロアンまで出張る必要があるほどの事件ならば話が変わってくる。
「繋がりは見つかったか……?」
「それらしい文章を幾つか。細い糸ッスけどね」
「辿ってみるしかねぇな」
王都、ひいてはリース王国全体の情勢に関わる事件の場合、管轄は衛兵から王国騎士団へと変わる。騎士団はかねてから王都で発生していた連続失踪事件に他国の影、もしくは次期国王を決める後継者争いの影を感じていた。
アリッサが先行して調べたところ、全く関連がないわけではなさそうだ。
「それから、被害者のリストも見て欲しいッス」
アリッサから手渡されたリストに目を通したロアンは、ある名前を確認して目を見開く。
「こりゃ、偶然か……?」
「事情を聴いた衛兵の話だと偶然だとは思うッスよ」
「とは言えなぁ……。念のため、あの方に報告したほうがよさそうだな……」
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