第15話:入学試験合格!希望の未来へレディ・ゴーッ!!
その後、意識がハッキリとしたルーグには港湾地区にある衛兵詰め所へ向かってもらった。
ルーグが衛兵を連れてくる間に、俺は犯行グループを縛り上げて一か所にまとめておく。スキルを使われないよう、口に布を詰めておくのも忘れない。
他の被害者は6歳くらいの小さな女の子と、その母親と思われる若い女性だった。
服装からして平民だろう。攫われたのはあの服屋か、他にも人攫いに利用している場所があるのか。こちらも眠っているだけで目立った怪我はしていないようだ。
薄汚れた床に寝かせたままにしておくのが気になったので、近くにあったテーブルに布を集めて簡易的なベッドを作った。眠ったままの母子をそこへ寝かせてしばらく待っていると、衛兵を連れてルーグが戻ってくる。
犯行グループは全員衛兵に連行され、被害者の母子は無事に保護された。
俺とルーグは事情を説明するために衛兵の詰め所まで同行することになったのだが、道中で俺たちが王立学園の入学試験を受けている最中だと話したら、事情は後日確認するからと王立学園まで馬車で送り届けて貰える事になった。
犯人たちが生存しており取り調べができるうえ、アジトや服屋の隠し部屋など状況証拠が揃っているから俺たちの事情聴取はそれほど重要ではないそうだ。
それよりも、王立学園の受験生を任意の取り調べとはいえ長時間拘束してしまう方が問題になるらしい。
ルーグが言っていた『過去の色々』には犯行をでっちあげてライバルになりそうな受験者を衛兵に拘束させ、繰り上げ合格を狙うという事例もあったそうだ。
本当に色々ありすぎだろ。
俺たちを乗せた馬車が西日に照らされた王都の街並みを進んでいく。王立学園に着く頃には合格者の発表も行われているだろうか。
それにしても、今日は目まぐるしい一日だったな……。
今朝ようやく王都に辿り着いて、慌てて王立学園の入学試験を受けに行けば、貴族のボンボンに絡まれているレクティに出会いリリィとも知り合った。
そしてルーグとも仲良くなって、試験が終わったと思えばルーグが誘拐され……。
前世と今の人生を含めてもここまで目まぐるしく過ぎていった一日は無かったと思う。
ボケーっと外の景色を見つめていると、不意に右手が冷たさを感じた。視線を向ければ、ルーグの細い指先が俺の右手の甲に触れている。
ルーグはキュッと目を閉じて俺に身を預けるように寄りかかってきた。
「どうしたんだ?」
「……えっと、ね? ようやく落ち着いて、冷静に考えられるようになったというか……。ボクって誘拐されたんだなって、実感が湧いてきたというか……」
何をいまさら……なんて言えないな。ルーグが目を覚ましてからすぐに、衛兵の詰め所へ向かうという役割を与えたのは俺だ。そうすることでルーグが恐怖心を自覚する暇を与えなかった。
「ご、ごめんね、ヒュー。男の子同士でくっつくのが変なのはわかってるんだけどねっ、どうしても……その、怖くなっちゃって」
ルーグの体はかすかに震えていた。
潤んだ紺碧の瞳が何かを求めるように、俺を見上げている。
「あー……。別に変じゃないだろ、怖かったんなら。男だって怖いときは誰かにくっつきたくなるもんだよ」
「そうなの……? ヒューも、怖かったらくっつきたくなる……?」
「ああ。だからもし、俺が怖い思いをした時はルーグにくっつかせてくれ。もちろん嫌じゃなかったら、だけどな」
「……うんっ。嫌じゃないよ、ヒューなら。ヒューは、ボクにくっつかれるのは、いや……?」
「嫌じゃない」
俺が軽く腕を浮かせると、ルーグはギュッと俺の腕に抱き着いた。控えめで、それでも確かにある柔らかな感触。その向こうから確かな心臓の鼓動が伝わってくる。
「……ありがと、ヒュー。ボクを助けに来てくれて」
「当然だろ、友達なんだから」
「ともだち……?」
「えっ、違った……!?」
だとしたら普通にショックなんだが……。
出会ってまだ半日も経っていないとは言え、一緒に試験を受けて買い物だってした。俺の基準ならとっくにもう友達だ。
「ううんっ! 友達だよ、ボクたち! ……だけど、ボクはヒューに――」
ルーグは俺に聞こえないように意識したのか、小声で続く言葉を呟く。
そう言えばスキルを書き換え忘れて〈忍者〉のままにしてしまっていた。スキルによって強化された聴覚は、ルーグの呟きを一言一句逃さず聞き取ってしまう。
「――わたしだけの、
俺はこの人生で、前世で出来なかった悠々自適なスローライフを過ごそうと思っている。
だけどほんのちょっぴりだけ。
例えば、一人のお姫様のために人生の全てを捧げる一生を過ごすのも、それはそれで悪くないのかも……なんて考えてしまう。
まあ、一瞬の気の迷いだ。俺はやっぱり、悠々自適なスローライフの方が良い。もちろんそこにお姫様が一緒なら、もっと良いけどな。
王立学園が近づき、馬車がゆっくりとスピードを落としていく。
学園の前に停まった馬車を降り送り届けてくれた衛兵にお礼を言ってから学園に入ると、ちょうど校舎前では合格者発表が始まったところだった。
歓喜の叫びや悲鳴、中には怒号も飛び交っている。
あんまり近づきたくはないが、行くしかないか。
ルーグとともに人込みをかき分けて掲示板の前に行き、合格者の中に自分の名前を探す。
〈忍者〉スキルの補正のおかげで視力も強化されていたのか、俺の名前はすぐに見つかった。よかった、どうやら無事に合格していたようだ。
「あった! ボクの名前あったよ! ヒューの名前はあった!?」
「ああ。ルーグの言う通りだったな」
掲示板から離れてルーグと向き合う。
「やったね、ヒュー! 合格おめでとうっ!」
「ルーグもおめでとう、これからよろしくな」
「うんっ!」
俺たちは互いの合格を祝福しあい、誘導に従って合格者が集まる教室へと向かうことにした。
今朝まではさっさと不合格になって領地に帰ろうなんて考えていたのに不思議なもんだ。
今はルーグと過ごす3年間の学園生活が、楽しみで仕方がない。
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