第14話:奪還のルーグ

 犯人たちをまとめて洗脳すれば簡単だと思ったんだが、現実は甘くなかった。〈洗脳〉スキルの効果を洗脳で書き換えるのはもう二度とやらない。あの激痛を味わうくらいなら死んだほうがマシだ。


「のたうち回っている内にルーグが連れて行かれたりしてないだろうな……?」


 再び〈千里眼〉にスキルを書き換えて倉庫内を確認する。人数はさっきと同じだが、犯行グループの内の三人が誘拐してきた人間の元へ集まっているようだ。


 常識があれば商品に危害を加える真似はしないと思うが、そもそも常識を持ち合わせていたら奴隷が禁止されているリース王国で人身売買なんてしようとは考えないだろう。


 急いだほうが良さそうだ。


 狭い室内。九人を制圧するのに〈発火〉は火力が高すぎる。勢い余って建物やルーグごと燃やしかねない。


 ……それに、人殺しは避けたいからな。


 人身売買は捕まれば処刑確実の重罪だから、この世界の倫理観なら被害者を助け出すために犯人を殺しても罪には問われないだろう。だけど俺には人を殺す覚悟がない。前世の記憶を持っているせいで、前世の倫理観が抜けきらないのだ。


 可能な限り犯人は殺さずに確保する。狭い室内での戦闘を想定するならば、武術系のスキルにするべきか。


 ……いや、犯行グループの九人の内の六人がそれぞれ見張りのために単独で行動している。まずはこいつらの無力化から始めるべきだろう。誰にも気づかれないよう気配を消して忍び寄り、無力化するためのスキルが必要だ。


 であれば、ピッタリの存在を知っている。


「ヒュー・プノシス。お前のスキルは〈忍者〉だ」


 カチッと頭の中で何かが切り替わる。ステータスを確認するとスキルは問題なく上書きされていた。




ヒュー・プノシス 

スキル:忍者Lv.Max ……隠密行動の全てを可能とする。




 簡潔でありだからこそ強力なスキル説明。〈職業スキル〉の多分に漏れず〈忍者〉も複数のスキルの恩恵を内包している。


 足音を消す〈忍び足〉と姿を隠す〈隠密〉のスキルで倉庫へ接近し、強化された身体能力を駆使して二階の空いた窓から潜入する。そこに居た見張りは俺の存在に気付く前に鳩尾へ拳をめり込ませて気絶させた。


 まずは一人。〈忍者〉のスキルによって強化された聴覚と嗅覚で犯人たちの位置は手に取るようにわかる。


 二階にいる見張りは残り三人。東西と南の部屋に分かれて真面目に見張りの仕事をこなしているようで、注意は窓の外を向いている。室内から背後に回り込んでしまえば制圧は容易だった。


 残りは一階に居る五人だ。三人は変わらず被害者のすぐ傍に居て、もう二人は外を一定の間隔で巡回している。


 タイミングを見計らって窓から飛び降り、ちょうど真下に居た巡回中の一人を無力化。もう一人が来るのを壁待ちし、掌底を顎に叩き込んで気絶させる。


 〈忍者〉のスキルには〈体術〉の補正もあるのだろう。おかげでスムーズに犯人たちを排除できている。


 さて、残るは三人。


 再び二階の窓から倉庫内に侵入し、一階へ降りる。気配を消して被害者が集められている部屋へと近づくと男たちの声が聞こえてきた。


「この面はどう考えたって女だろ」


「いやいや、この格好はどう見たって男じゃねぇか」


「男のふりをしているだけかもしれねぇだろ」


「なんだってわざわざ男のふりをしてんだよ」


「知らねぇっての!」


 どうやらルーグが男か女かで言い争っているらしいな……。


 薄暗い部屋の様子を伺うと、中には言い争う二人の他に椅子に座ってナイフを研いでいる男が一人。


 ルーグは言い争う男たちの足元で床に倒れていた。〈忍者〉スキルで強化された聴覚がルーグの呼吸を聞き取る。どうやら寝ているだけのようだ。近くで倒れている他の被害者も同じように倒れて眠っている。薬でも飲まされたんだろう。


「うるせぇなぁ。そんなのひん剥いて確かめりゃ済むことだろ」


 言い争っている二人を見かねたのか、ナイフを研いでいた男が呆れたようにため息を吐きながらルーグに近づいていく。


 その手に持ったナイフでルーグの服を切り裂くつもりか……!


「させるかよ……っ!」


 スキルで強化された身体能力を全力で駆使して接近。勢いそのままにナイフを持った男の頭を蹴り飛ばす。男は錐揉みしながら吹っ飛んで壁に激突し動かなくなった。


「なっ……なんだテメェは!?」


「どこから入って来やがった!?」


 言い争っていた男たちが腰に携えていた鞘から剣を引き抜く。俺は近くにあった壺を男たちに投げつけると同時に気配を消して物陰に身を隠した。


「なにしやが――消えた!?」


「どこ行きやがった!?」


 相手は大人だ。当然、神からスキルは授かっている。人身売買なんて危ない橋を渡る連中だから、戦闘経験が豊富でも何ら不思議じゃない。いくら〈忍者〉スキルが強力でも、真正面から戦えば足元をすくわれる危険だってあるだろう。


 危ない橋を渡らずに済むならそのほうがいい。


「くそっ、隠れてないで出て来やが――げふっ!?」


 まずは一人。一呼吸を置いてから全身の力を集中させ、滑らかな動き出しで男の懐に潜り込み、顎の下に掌底を打ち込む。


 白目を剥いた男の体は宙を舞って床に叩きつけられた。その音でもう片方が振り返ると同時、死角に入って背後に回り込む。


「なにがどうなって――ぅっ!?」


 頸動脈に手刀を打ち込むと、男の体は力なく崩れ落ちた。


 これで最後か……? 念のため強化された聴覚で気配を探るが、犯行グループは全員気絶しているようだ。他に仲間が居る様子もない。


 安全を確認し、倒れているルーグの元へ駆け寄る。


「ルーグ! おい、しっかりしろ!」


「ぅ……。ここは……?」


 抱きかかえて揺り動かすと、ルーグは意識を取り戻したようでゆっくりと目を開く。


「ヒュー……? あれ、ボク、寝ちゃってた……?」


「ああ、ぐっすりとな。おはよう、ルーグ」


「あ……うん、おはよー、ヒュー」


 ルーグはまだ状況が呑み込めていない様子で眠たそうに返事をする。


 呑気なその返事に思わず笑ってしまった。


 無事でよかったよ、ほんとに。

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