第12話:【悲報】ルーグ誘拐される

 拗ねるルーグを宥めて何着か購入する流れとなり、ルーグが元の服に着替えている間、俺は店内にあった小物売り場を見ている事にした。


「おっ」


 目に留まったのはコンパクトな手鏡だ。折り畳み式のシンプルな作りだが価格はそこそこする。けっこう強気なお値段だ。他の店を探せば安い物もあるかもしれないが、できるだけ早く手に入れておきたい。


 父上が持たせてくれた路銀がまだ残っている。帰りの馬車代をつぎ込めば買える値段だが、うーむ……。


 いつどこでも鏡を見られるようになれば、人目を気にする必要はあるが、〈洗脳〉スキルで好きなようにスキルを切り替えられる。そのメリットは帰りの馬車代をつぎ込んでもお釣りがくるレベルだ。


 〈洗脳〉スキルを駆使すれば馬車代くらいいくらでも稼げるか……。もちろん悪用するんじゃなくて、例えば冒険者ギルドに登録して幾つか依頼をこなすとか。スキルを切り替えて戦えば危険なモンスター相手でも立ち回れるはずだ。


 それに、まだ帰りの馬車代が必要になったわけじゃない。王立学園への入学が決まれば、少なくとも当面の馬車代は不要になる。入学試験の出来には不安しかないが、ルーグが合格間違いなしと太鼓判を押してくれたからその言葉を信じよう。


 俺は手鏡を手に取って、店員を呼んで会計を済ませた。


 それからルーグが試着室から出て来るのを待っていたのだが……。


「遅いな……」


 随分と着替えに手間取っているのか、ルーグがなかなか試着室から出て来ない。カーテンの向こうからは物音や衣擦れの音が聞こえて来ず、しんと静まり返っている。


「ルーグ、何かあったのか?」


 呼びかけに応答はなく、俺は嫌な予感がして試着室のカーテンに手を伸ばした。


「ルーグ、開けるぞ? いいな?」


 再度確認し、返事がなかったためにカーテンを開ける。


 そこには、誰も居なかった。


 試着室は無人で鏡に映るのは頭上に〈洗脳中〉と表示された俺一人。試着していた衣類だけが残されていて、ルーグの姿はどこにも見当たらない。


 どうなっているんだ…………?


「お連れ様でしたら、先ほどお客様がお会計中に急いだ様子で外へ出て行かれましたよ?」


 困惑していた俺の背後から店員が声をかけて来る。


 出て行った? ルーグが俺に何も言わず……?


 出会ってまだ数時間。俺はルーグのことを何も知らないが、黙って居なくなるような奴だとは思えない。


 何かよっぽどの理由……それこそ、男の振りをしている事情に関連して店を出て行く必要があったのだろうか。


 とにかくルーグを探さなければ。そう思って店から出ようと扉を開くと、『キィィィイ』と錆びた蝶番が音を立てた。


 …………いや待て、会計中にこんな音は聞かなかっただろ。


 もしルーグが外へ出て行ったなら、扉を開閉する音でさすがに俺も気づいたはずだ。


 振り返ると店員が営業スマイルを浮かべたまま首を傾げている。


「お連れ様を探しに行かれないのですか?」


 まるで俺にさっさと出て行って欲しいかのような物言いに聞こえてしまう。俺の被害妄想か、それとも……。


 購入したばかりの手鏡を見る。鏡に映った俺の頭上には洗脳中の文字。洗脳解除、と小声で呟くと頭上の文字は消える。訝しげに俺を見ていた店員に、俺はスキルを使う事にした。


「スキル〈洗脳〉」


 スキルが発動した感覚を脳が理解する。店員は虚ろな目を浮かべてその場で直立不動になった。


「ルーグが何処へ行ったのか、知っている事を全て吐け」


「はい、お客様」


 店員は滔々と話し出す。


 この店が人身売買組織の誘拐場所として利用されている事を。


 ルーグが入った試着室。そこの鏡は取り外しが出来るようになっていて、鏡の向こうには裏口に繋がる小部屋が存在していた。人身売買組織はそこに潜伏し、客として入ってきた子供や女性を誘拐しているようだ。


 店員は人身売買組織と共謀し、客が一人の場合には他の客が異変に気付かないよう仕向け、二人の場合には片方を接客する振りをして気を引き、試着室に入ったもう一人の誘拐が完了すると外へ出て行ったと嘘をつく。


 その嘘にまんまと引っかかって外へ探しに行けば終わりだ。人身売買組織は裏口からとっくに逃げていて、表の通りに探しに出ても見つかるわけがない。


 随分とふざけた真似をしてくれる……!


「おい、ルーグはどこだ!?」


「人身売買組織のアジトに運び込まれているかと」


「それはどこにある!?」


「わかりません」


「……ちっ!」


 〈洗脳〉状態で嘘をつけるとは思えない。


 この店員は人身売買組織に協力する見返りとして多額の報酬を得ていたようだが、あくまで協力者という立ち位置だったのだろう。何かあればすぐに切れるよう、重要な情報はほとんど渡されていないようだ。


「洗脳を解除したらしばらく寝ていろ。〈洗脳解除〉」


 洗脳を解除したと同時、店員が崩れ落ちるように倒れる。ルーグが何処へ連れ去られたのか、手掛かりはない。店員が言っていた鏡の向こうの小部屋と裏口も調べたが、形跡は何一つ残されていなかった。


 手詰まりか…………いや、こんな時の〈洗脳〉スキルだ。


 待ってろ、ルーグ! 絶対に助けてやるからな……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る