第11話:試着室で笑って
近くにいた試験官に外出の許可を貰い、俺とルーグは合格発表がされるまで王都を散策する事にした。来る途中は急いでいてのんびり見て回れなかったからな。せっかくひと月もかけて王都まで来たんだし、観光しなくちゃもったいない。
「見てみてヒュー! 人がこんなにたくさん!」
「ちゃんと前を見て歩かないと危ないぞー」
「わかってるーっ!」
ルーグは目に入る物全てが新鮮なのか、顔をあっちこっちに向けながら歩いている。特に通りに面したパン屋や出店の食べ物屋台なんかには興味を惹かれている様子だ。まるでルーグの方が田舎生まれに見えてしまう。
「ルーグって王都に来るのは初めてなのか?」
「え、違うよ? 生まれも育ちも王都だよ」
「それにしてはさっきからテンション高いな。この辺りが初めてなのか?」
「それもあるけど、王都を歩いて回る機会がほとんど無かったんだ。だから目に映る物が全部気になっちゃって! ……あ、ごめん。うるさかったよね?」
「いいや、気にしなくていい。俺も田舎育ちだから、王都にある全部が新鮮に見える。ルーグの気持ちもわかるよ」
「えへへっ、ヒューってやっぱり優しいね」
ルーグは照れたように笑って、俺の腕にギュッとしがみつく。あまり目立たないが、確かな柔らかい感触が俺の肘のあたりに押し付けられた。
「……えーっと、どうして抱き着くんだ?」
「だって人が多くってはぐれちゃいそうなんだもん。こうしてると離れ離れにはならないでしょ?」
「それは確かにそうなんだけどなぁ……」
ルーグの距離感が余りにも近すぎてドギマギする。あんまりこういう事されると好きになっちゃいそうだから気を付けて欲しい。
「ルーグ、男って生き物は、同性同士ではあんまり抱き着いたりしないものなんだ」
「えっ、そうなのっ!?」
「ああ。だから離れて歩こう。けっこう悪目立ちしてる」
さっきから周囲の視線がけっこう突き刺さっている。傍から見れば男物の服を着た可愛い女の子が、男の腕に抱き着きながら歩いているんだから当然だ。
俺に指摘されてようやく気付いたのか、ルーグは頬を赤く染めて俺から離れる。ただ完全に離れて歩くのは不安なのか、俺の服の袖をちびっとだけ掴んでいた。
「ご、ごめんね、ヒュー。その……、いや、だった……?」
上目遣いで尋ねられ、俺はすぐさま首を横に振る。嫌なわけあるか、嬉しかったに決まってる。周囲の目さえなければずっとあのまま歩きたかったくらいだ。
「そっか。えへへ」
ルーグは俺を見上げながら嬉しそうに微笑む。
あーもー可愛いなちくしょうっ!
明らかに何か重大な理由があって、それを隠して男の振りをしようと頑張っている美少女に関わっても碌な事にならないのはわかっている。
それでも俺がルーグから離れられないのは、この人懐っこい小動物のような愛らしさにすっかり心を掴まれてしまったからだ。
これは非常に厄介だ。
このまま行けば俺はルーグが抱える問題にどこまでも引きずり込まれてしまうだろう。そうなれば俺が抱える〈洗脳〉スキルという特大の爆弾がいつ爆発したっておかしくない。俺自身の安全を考えれば、すぐさまルーグとは距離を置くべきだ。
頭では理解しているが、そんな簡単に感情を切り離せるわけがない。
「ヒュー、あそこのお店! 服屋さんじゃないかな!」
「そうだな、入ってみるか」
「うんっ!」
ルーグが見つけたお店に二人揃って入店する。
店内にはカジュアルな衣類や小物が並んでいて、貴族向けと言うよりは平民の富裕層向けの衣服を取り扱う店のようだ。
店員は小太りの中年女性が一人だけで、入店した俺たちをにこやかな笑みで迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、どのような服をお探しでしょう?」
「彼に似合う男物の服を何着か見繕って貰えますか?」
「彼……ええ、かしこまりました。すぐにご用意いたしますので」
店員は困惑した表情を浮かべ、ルーグの服装を見てようやく察したのか衣類の棚を回って服を集め始める。
「また女の子って思われた……」
ルーグが肩を落とすが、こればっかりは店員が悪いわけじゃない。店員はさすがプロだけあって仕事は早く、ものの一分ほどで何着もの服を抱えて戻ってきた。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ。試着室をお使いください」
「ヒュー、それじゃ行って来るね! あ、どこにも行かないでよ? 服の感想を聞かせて欲しいから!」
「わかってるよ。大人しく待ってるから安心してくれ」
「うんっ、絶対だからね!」
ルーグは店員から服を受け取ると試着室の中へと入っていく。
耳を澄ますとカーテンを一枚挟んだ向こうから衣擦れの音が……ってさすがに着替えの音に集中するのはキモ過ぎるな。ルーグが出て来るまで店の中を見てるか。
店内には男物だけでなく女物の衣類も置いてあった。木で作られたマネキンが着ているのは白を基調として水色がアクセントに入ったワンピース。どちらかと言えばこういう服を着ているルーグを見てみたいものだ。絶対に似合う。
「ヒュー、居るー? 一着目を見て欲しいんだけどーっ」
「ああ、居るよ」
俺が返事をすると、試着室のカーテンがゆっくりと開いていく。現れたのは明るいクリーム色のチュニックを身にまとったルーグだ。
なるほど、そう来たか。
クリーム色のチュニックはルーグの銀髪と合わせって清楚で可憐な印象を感じさせる。不思議と女の子っぽさは消えていて、中性的で可愛らしい男の子に見えなくもない。
貴族が着るにはラフすぎる格好だが、身分を隠して街に出歩く時の服装だと考えればこれ以上ないチョイスだろう。
「どうかな……?」
「めちゃくちゃ似合ってる。可愛いよ」
「もーっ、ボクは男の子に見られたいのっ! 可愛く見られたらダメなんだよぅ」
「そう言われても、そもそもルーグの顔が可愛いんだから可愛く見えるのは仕方がないだろ」
「なぁっ!? …………んもぅ。ヒューのばか!」
ルーグは顔を真っ赤にして唇を尖らせると、プイっとそっぽを向いてカーテンを閉めてしまう。
「次行くからね!」
それからしばらくルーグの一人ファッションショーに付き合ったのだが、店員がチョイスした服はどれも『可愛い男の子』に見えるものばかりだった。
ルーグとしてはそれが不満なようだが、見ている俺としては大満足だ。
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