第10話:年号・おぼえていますか
グラウンドでの実技試験を終えた俺とルーグは、試験官の誘導に従って再び校舎の中へと戻っていた。入学試験の最後に筆記試験が行われるらしく、その会場になる教室へと向かう。
「ヒューのスキルすごかったなぁ」
隣を歩くルーグがもう何度目かもわからない称賛を口にする。
「さっきからそればっかりだな」
「だって本当にすごかったんだもんっ! あれほど強力な火のスキルは王城でも見たことないよ!」
「王城? ルーグは王城に居たのか?」
「えっ!? あ、えっと、お父様が王城で働いてるんだ!」
「そうなのか」
……なんかあんまり深掘りしない方が良さそうだな。聞かなかった事にしよう。
それにしてもまさか本当に〈洗脳〉で書き換えたスキルが使えるなんて。落ち着いた今になって考えても驚きだ。もはや〈洗脳〉の域を超えてるだろ。これが出来るなら俺はどんなスキルでも使い放題。
それこそ、スキルを授ける神に等しい力を得たことになる。
……まあ、〈洗脳〉スキルの危険性が跳ね上がっただけだけどな。明日になって俺がいきなり〈水鉄砲〉のスキルなんて使い始めたら間違いなく疑われてしまうわけで、〈洗脳〉スキルが発覚したら処刑ルートに突入することに変わりはないか。
それに、俺のこの人生での目標は前世で出来なかった悠々自適なスローライフだ。過度な力は必要ない。ただのんびりと幸せな日々を送れればそれでいい。
それと……。
ちらりと隣のルーグに視線を向けると、ルーグは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、ヒュー?」
「いいや、何でもない」
ルーグと過ごす学園生活が楽しみだなんて、さすがに本人には言えないな。
「そう言えば、ヒューは勉強の方ってどんな感じ? 王立学園の筆記試験は難関だって有名だけど」
「マジで……?」
俺の学園生活終了のお知らせ。
「えっ? もしかしてヒュー、勉強は……」
「…………ルーグ、俺はもうダメかもしれない。スキルを授かったのがちょうど一か月前で、父上に言われて慌てて王都に来たんだ。勉強する暇なんてとても…………」
「あ、で、でもっ! ほら、出題されるのってたぶん一般教養と王国史だから! 本を読んでいればわかる内容もあると思うよ!」
「……俺の家、辺境のド田舎貧乏貴族だからさ。家に本なんて数えるほどしかなかったんだよ。しかも山菜とか薬草の図鑑ばっかだったし」
「あー…………薬草学からも出題されると思うよ、一問くらい…………」
ルーグはフォローを諦めてスッと視線を反らした。二人そろって肩を落としながら歩いている内に、筆記試験が行われる教室へと辿り着く。席順は自由らしいので、ルーグと横に並んで席に着いた。
試験が始まるまでの間、ルーグに頼んで可能な限りの知識を詰め込む。とりあえずリース王国建国から今日までの歴史を一通り。建国が神授歴539年で、隣国との戦争が……あああっ! 無理だ、口頭で言われて一発で憶えられるわけがない!
こんな時、〈洗脳〉スキルで〈なんか頭がよくなるスキル〉にスキルを書き換えられたら良かったんだが、トイレの鏡を見に行こうにも一度教室に入ったら退室は許されなかった。
やっぱりちょっと使い辛いな、〈洗脳〉スキル!
最後の悪足掻きも、許された時間は10分少々。筆記試験が始まり、配られた問題に目を通す。
これは…………意外と解けるぞ?
もちろん歴史なんかはからっきしだが、計算問題はどれも中学生レベル。一般教養も貴族の義務や領地経営に関する出題があり、父上の仕事をたまに手伝っていたからまったくわからないってレベルじゃない。
とは言え、制限時間内に記入できたのは半分くらいで、正答率はよくて3割ってところだろう。合格ラインがどれくらいかわからないが、かなり厳しいのは間違いない。
答案用紙が回収されたと同時、俺は机に突っ伏した。一時間ほどのテスト時間だったが、実家から王都までの一か月の旅路より疲れた気がする。
「お疲れさま、ヒュー」
「ルーグ、俺はもうダメだ。俺の分まで学園生活を楽しんでくれ」
「いやいや、ヒューが合格しないって事はないと思うよ……? 実技試験であんなすごいスキルだったんだから。それに、まったく解けなかったわけじゃないんでしょ?」
「まあなぁ。三割は取れたと思うんだが……」
「うん、それだけ取れてれば実技試験と合わせて合格間違いなしだよっ! 発表が楽しみだね!」
「だと良いんだが……。そう言えば合格発表っていつ行われるんだ?」
「日暮れ頃には発表されると思うよ? 合格者はそのまま今日の内に入寮して、明日には入学式だからね」
「随分と急なんだな」
「昔は合格発表まで一週間くらいあったらしいんだけどね。圧力とか暴力とか脅迫とか窃盗とか色々あって当日になっちゃったんだって」
「色々ありすぎだろ!」
要するに自分の子供を王立学園に入学させたい馬鹿親から、横槍を入れられる前に発表しているわけか。学園関係者の苦労が察せられるな……。
「あ、そうだ! 合格発表まで少し時間があるけど、ヒューってこのあと何か用事ある?」
「いいや、特には無いな」
「それじゃあ、ちょっとだけ買い物に付き合って貰えないかな?」
「買い物? 構わないけど何を買うんだ?」
「えっと、ボクあんまり服を持ってなくてね。ヒューに男の子の服を見繕って欲しいんだ」
お願いできる……? とルーグは上目遣いで懇願してくる。
答えはもちろんイエスだ。
なぜ男物の服を持っていないのかは、聞かないでおこう。
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