第9話:うわっ……俺の〈洗脳〉スキル強すぎ……?

 第二グラウンドへ入るとまた列に並んで順番を待つことになった。と言っても前に並んでいるのは5人ほど。実技試験も何度かスキルを使うだけの簡単なものなので順番はすぐにやって来るだろう。


「わぁ、みんな凄いスキルだね」


 試験の様子を列に並びながら見ていたルーグが感嘆の声を上げる。たしかに、3カ所の的へ向かってそれぞれ火やら水やらが飛び出す光景は見ていて面白い。


 ただ、ちょっとばかり拍子抜けするところもある。


 例えば俺たちが並んだ列で今試験を受けているポニーテールの女の子は、手から水を放っているのだが、その勢いが何ともショボい。


 前世の百均に売っている水鉄砲くらいの威力だ。的にぜんぜん届いていなかった。


 他の受験者もみんな同じくらいの威力で、的まで届くのは五人に一人くらい。届いたとしても人の形をした鉄の的は微動だにしていない。


 そう言えばスキルにはレベルの概念があったな。受験者の全員が一年以内にスキルを授かったばかり。LV.1から成長している奴はそう多くないのだろう。Lv.1ならこの程度ということか。


 ……あれ? そう言えば俺の〈発火〉は〈Lv.Max〉って表示されてなかったか? 


 カンストしたスキルってどれくらいの威力になるんだろう。どうせ表示だけだから確かめようはないが、少し気になる。


 なんて考えている内に列は進んで俺たちの番になった。


「ヒュー、どっちが先に行く?」


「お先にどうぞ」


 考えるまでもなくルーグに順番を譲る。俺はどうせスキルが使えずに失格だろうからな。微妙な空気の中でルーグに試験を受けさせるのは気が引ける。


「ありがと、ヒュー。それじゃ、先に行かせてもらうね。がんばるぞー!」


 ルーグは両手を胸の前でギュッと握って気合を入れる。本当に可愛いなぁ。俺が微笑ましく思っていると近くに居た試験官や入学試験の参加者も優しい表情でルーグを見守っていた。「頑張れぇー」と黄色い声援まで飛んでいる。


 ルーグはじゃっかん恥ずかしそうに頬を赤らめながら的に向かって右腕を構えた。


「見ててね、ヒュー! スキル〈風撃テンペスト〉!」


 放たれたのは風。それも微風なんかではない。後方に居るはずの俺の外套が大きく揺れるほどの強風が吹き荒れた。


 ルーグの放った風の一撃は土煙をまき散らしながら突き進み、鉄の的を軽々と押し倒す。


 これまで誰も的を動かすことすら出来なかった中で、的を軽々と倒して見せたルーグのスキルの威力は別格だった。見守っていたギャラリーからは「おぉおお!」という歓声と拍手が沸き起こる。


 ルーグは照れた様子で頭を掻きながらこっちに戻ってきて、気恥ずかしそうに微笑みながら俺に向かって「ぶいっ」とポーズを決めて見せた。


 やっぱりこの子可愛すぎるだろ!


「さあ、次はヒューの番だよ! かっこいいところ見せてよねっ!」


「お、おう……」


 ルーグに期待の眼差しで見つめられ、俺の背中からは滝のように冷や汗が流れ出る。この眼差しが失望に変わるかと思うと胃がキュッと痛くなった。


 こんな気持ちになるならルーグと知り合いたくなかったな。そんなことを考えてしまうくらいには、俺はルーグと仲良くなりたいと思っていた。


 〈洗脳〉なんてスキルを授かっていなければ。


 それこそ、授かったスキルが〈発火〉だったなら……。


 俺はルーグやリリィやレクティたちと、楽しい学園生活を過ごせたんじゃないだろうか。


 ……ちくしょう。さっきまで不合格になりたいとすら思っていたのに、今は何かの間違いで合格しないだろうかと期待してしまっている。


 そんな都合のいい話があるわけがないのに。


「がんばれぇー、ヒュー!」


 ルーグの声援を背中に受けながら、俺は的に向けて右腕を構える。


 ごめんな、ルーグ。お前の期待には応えられそうにない。


「スキル〈発火ファイヤキネシス〉」


 だって右腕からは何も出な――






 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!






 ――鉄の的が突如として発生した巨大な火柱に飲み込まれて、跡形もなく溶け落ちた。


「…………………………は?」


 目の前で起こった事象が理解できず、素っ頓狂な声が出てしまう。


 なんだ今の。何もないところから火柱がぶわーって湧き上がって……あれっ? 鉄の融点って何度だっけ? ゑっ?


 呆然として突っ立っていると、腰のあたりに衝撃を受ける。


 視線を向ければルーグが俺の腰に抱き着いていた。微かに柔らかな感触が脇腹の辺りに触れている。


「すごいっ、すごいよヒュー! なに今の! 火がぶわーって! ぶわーってなってた!」


「あ、ああ。そうだな、ぶわーってなってたな」


「すごすぎてわたし驚いちゃった!」


「ああ、俺も驚いた」


 ルーグは一人称が「わたし」になっていることに気づけないくらい驚いているらしい。周囲に居た試験官や入学試験の参加者も騒然としている。その騒ぎ様はレクティが〈聖女〉のスキルを持っていると発覚した時とほぼ同じくらいだ。


 あれは俺のスキルで間違いないんだよな……?


 スキル〈発火〉Lv.Max。


 その威力は俺の想像を遥かに超えていた。


 ……と言うか、想像を超えていたのは〈発火〉じゃない。〈洗脳〉スキルの方だ!


 まさか〈洗脳〉で書き換えたスキルが実際に使えるなんて……。


 俺の〈洗脳〉スキル、強過ぎないか……?

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