第8話:女の子(……?)

「次は〈スキル〉の実技試験になります。ヒュー・プノシスさんは〈自然スキル〉ですので第二グラウンドへ向かってください。第二グラウンドはこの道を真っすぐ進んで突き当りを左です」


「わかりました。ありがとうございます」


 案内をしてくれた係員さんに一礼して校舎の外へ向かう。


 周囲に人の気配が無くなった事を確認して、俺はその場にしゃがみ込んで大きく息を吐いた。


「はぁー……。何とかなった」


 まさか本当に〈洗脳〉スキルでスキル表示を書き換えられるなんて。ダメ元でもやってみるもんだ。いったいどういう理屈かサッパリわからんが……。


「とは言えさすがに、次の実技試験は無理だろうな」


 まさか書き換えたスキルがそのまま使えるわけがないだろうから、今の内から言い訳を考えていた方が良さそうだ。腹痛で調子が悪いとか、そんな感じでいいか。〈洗脳〉のスキルがバレる当面の危機は去ったから気は楽だ。


 だからちょっとばかり油断していた。


「あの、大丈夫?」


「おわぁっ!?」


 いきなり声をかけられて、驚いた拍子にしゃがんでいた姿勢から後ろにひっくり返ってしまう。


 仰向けに寝転がった俺の視界には、心配した表情でこちらを覗き込む女の子(……?)の姿があった。


「うわ、ごめんね! 急に声をかけて驚かせちゃったよね!?」


「い、いや。大丈夫だ。こっちこそすまん」


「立てる?」


 女の子(……?)は俺に手を差し伸べてくれる。


 さっきからなぜ(……?)と相手が女の子だと自信が持てないのかと言うと、それは彼女の服装に理由があった。


 太陽の日差しを浴びてキラキラと輝く、ショートヘアの銀色の髪。


 顔立ちはまだ幼さを残す童顔で、くりくりとした紺碧色の大きな瞳がより幼さを感じさせる。


 首から上だけ見れば女の子。


 だけど小柄な体には貴族の男性が着るシャツとコートを身に着けている。


「ありがとう、助かったよ」


「えへへ。どういたしまして」


 女の子(……?)の手を借りて立ち上がりお礼を言うと、彼女は照れた様子で笑みを浮かべた。


 ……うっ、可愛い。リリィやレクティとはまた違ったタイプの美少女だ。


 ……少女なんだよな?


「えーっと、俺はヒュー。ヒュー・プノシスだ。よろしく」


「よろしくね、ヒュー。わた……じゃなかった。ボクはルーグ。ルーグ・ベクトだよ」


「ルーグ……って事は男なのか」


「むぅー。ヒューったら、ボクが女の子に見えてるの?」


 心外だよ、とルーグはぷんぷん頬を膨らませる。その仕草もまた可愛く感じられてしまうのだが、本当に男なのか……? 一瞬、わたしって言いかけてたよな?


 まあ、仮に女の子だとしたら何かしら理由があって男の振りをしているんだろう。変に詮索して藪蛇になっても面倒だ。ここは空気を読んで話を合わせておこう。


「あー、気に障ったならすまなかった。寝転んでいたからほら、光の当たり具合で顔がよく見えなかったんだ。ルーグの声って男にしては少し高いから、性別が分からなかったんだよ」


「そっか。うん、それなら納得かも。怒っちゃってごめんね? ……あ、そう言えばさっきしゃがみ込んでいたけど大丈夫? もしかして体調が悪いのかと思って声をかけたんだけど……」


「あー、実はちょっと腹痛が」


「えぇっ!? 保健室行った方がいいよ! 一人が不安だったら付き添おうか?」


「いや、それはもういいんだ」


「もういいって…………あっ。えーっと、着替え、借りてこようか?」


「漏らしてないからな?」


 どうしてどいつもこいつも俺がうんこ漏らしたと思うのか。


「本当に大丈夫だから心配しないでくれ。それより、ルーグもこれから実技試験なのか?」


「うん。第二グラウンドで試験を受けるように言われたから向かってたところだよ」


「なら一緒に行かないか。俺も第二グラウンドへ行くところだったんだ」


「いいのっ? 一人でちょっと寂しかったから嬉しいなぁ」


 屈託ない笑みを浮かべるルーグ。


 やっぱり可愛い。これで男はさすがに無理があると思うぞ、マジで。


 第二グラウンドへの道のりをルーグと並んで歩く。ルーグの身長は俺の肩に届くか届かないかくらいで、さっき出会ったレクティよりも小さい。


「ヒューって背が高いんだね。さっき起き上がった時ちょっとだけビックリしちゃった」


「父上がけっこう高いからな」


 どちらかと言えばルーグの背が小さいんだが、言ったらまた怒らせてしまいそうだ。


「いいなぁ。ボクももっと身長伸ばしたいよ。そしたら女の子に間違われる事も無くなるだろうし」


「それは……どうだろう」


 ルーグが女の子に見えてしまうのは顔と声が原因じゃなかろうか。背が伸びたところであんまり変わらない気がする。


「ヒュー、何か失礼なこと考えてない?」


「ないない。それよりほら、あれが第二グラウンドじゃないか?」


 歩いている内に突き当りに辿り着いていた。左を向けば土手の下に広々とした砂のグラウンドが広がっている。そこでは試験の参加者が人の形をした的に向かって火やら水やらを放っていた。


 実技試験と言えばやっぱこんな感じだよな。想像していた通りの光景だ。


「行こっ、ヒュー!」


 ルーグに腕を引っ張られて第二グラウンドへ向かう。


 今度ばかりは〈洗脳〉スキルでも誤魔化せないだろう。


 ルーグとはせっかく知り合えたのに、ここでお別れになってしまうのが残念だな……。

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