第7話:スキル〈聖女〉

ヒュー・プノシス 

スキル:発火Lv.Max ……任意の対象に火を発現させる


 ステータスパネルのスキル欄からは〈洗脳〉の文字が消えていた。


「嘘だろ、マジで表示を誤魔化せたのか……!?」


 目を擦って何度見ても、表示されているスキルは〈発火〉。洗脳のせの字もない。


 だが、相変わらず鏡の中の俺の頭上には〈洗脳中〉と表示されている。


 そう言えばセルバスを洗脳した時のように意識が希薄になる感じがないな……。俺はしっかりと本来のスキルが〈洗脳〉だった事も憶えている。他者を洗脳するのと自分を洗脳するのとでは勝手が違うのか……?


「……〈洗脳〉解除」


 試しに洗脳を解除してステータスを確認するとスキルは〈洗脳〉に戻っていた。再び〈洗脳〉を使ってスキルを〈発火〉に切り替える。


 ステータスパネルの表示は〈発火〉になっているが、果たしてこれで本当に大丈夫なのか。俺だけに見えている幻覚って可能性もあるからな……。魔道具でスキルを見たら〈洗脳〉のままでした、なんて事になったら目も当てられない。


 とは言え、確認する方法はないか……。


 いつまでも便所で悩んでいるわけにもいかない。帰りが遅くなればリリィに怪しまれてしまう。こうなったらもう出たとこ勝負、一か八かで当たって砕けろだ。


 開き直ってトイレから出ると、校舎内が騒然としていた。


「おい今の聞いたか?」

「スキル〈聖女〉ってそんなのおとぎ話だろ!?」

「あの薄汚い平民が……」

「きっと何かの間違いよ……!」


 聞こえてくるのは様々な声。驚きや羨望、嫉妬といった様々な感情が渦を巻いている。


 そんな騒ぎの中心に居るのは、淡い水色の髪の少女だった。レクティは周囲の反応に困惑しているようでオロオロと視線を彷徨わせている。


 またイディオットに絡まれたってわけじゃなさそうだな。


 状況を呑み込めないまま、とりあえずレクティの近くで何やら考え込んでいるリリィの元へ向かう。彼女は難しい顔をして腕を組み、唇に拳を当てていた。


「何があったんだ?」


「あら、もうお腹は大丈夫なのかしら、ド田舎貧乏下痢貴族さん?」


「快便とはいかなかったけどな。もうどうにでもなれって感じだ」


「最悪の開き直りするのやめてくれる? まさか漏らしてないでしょうね?」


「想像に任せる」


「…………」


 リリィは黙って俺から一歩離れた。リリィの想像上の俺は少し漏らしたらしい。


「それで、レクティに何かあったのか? 随分と騒ぎになってるが」


「彼女のスキルがちょっとばかり……いいえ、かなり特殊だったのよ」


「特殊?」


「神様から授かるスキルは幾つかの系統に分類することができるわ。例えば〈雷撃〉。雷を放って攻撃できるスキルね。他にも火や水や風といった自然現象を操るスキルを総称して〈自然ネイチャースキル〉と言うの」


「〈発火〉もその自然スキルか?」


「ええ。〈発火〉ってもしかしてあなたのスキル?」


「ああ、一応な。じゃあ、〈狩人〉や〈料理人〉はどう分類されるんだ?」


「そういったスキルは〈職業ジョブスキル〉ね。珍しい系統のスキルよ。〈職業スキル〉を授かるのはだいたい三千人に一人くらいの確率だったかしら」


「マジか」


 父上と母上のスキルって実はめちゃくちゃ珍しいのか。


「〈職業スキル〉の特徴は使えるようになる力が一つではないこと。例えば〈騎士〉のスキルを授かった場合、〈剣術〉や〈槍術〉〈馬術〉など複数のスキルと同じ恩恵を得ることができるの」


「とんでもなく強力なスキルだな……」


 言われてみれば父上の〈狩人〉も、動物の足跡を追える〈追跡〉と〈弓術〉の恩恵を受けているようなものか。母上の〈料理人〉はいまいちわからないが。


「それで、この騒ぎの原因はそのとんでもなく強力で珍しい〈職業スキル〉の中でも、更にレアリティが高いスキルをレクティが授かっていたのがわかったって感じか?」


「ご明察のとおりよ。――スキル〈聖女〉。おとぎ話の創作だと思われていた幻のスキル。……彼女には何か特別なものを感じていたけれど、あぁ……まさかこんなとんでもない可能性を秘めていたなんて。やっぱり磨き甲斐のあるダイヤの原石だわ」


「スキル〈聖女〉か……」


 光悦とした表情で息を漏らすリリィを無視して考える。


 聖女と言えば前世の世界のジャンヌダルクが思い浮かぶが、こっちの世界だとどういう立ち位置なんだろうな。


 プノシス領が田舎すぎて本なんてほとんど無かったから、今になって常識や一般教養が欠けている事に気づかされる。


「あ、あの。リリィちゃん、ヒューさん、わたしまた何か粗相をしてしまったんでしょうか……?」


 レクティが不安そうな顔で俺たちの元へ来て尋ねる。周囲の反応を見て自分が何かやらかしたのかと思ったらしい。


「いいや、レクティが悪いわけじゃないよ」


 しいて言えば運が悪かったと言えなくもないが、レクティ自身にどうすることも出来ない事象だ。そんな事で負い目を感じたって仕方がない。


「レクティ、貴方は神様から素晴らしい〈スキル〉を授かったの。ここに居る大勢が驚いたり、羨ましく思ったりしてしまう程のね」


「そう、なんですか……?」


「不安に思わなくてもいいわ。胸を張って誇りなさい。貴方が神様から授かったそのスキルは、貴方だけのものなのだから」


「は、はいっ」


 リリィに励まされ、レクティは落ち着きを取り戻したようだ。


 その後、騒ぎは試験官によって抑えられ、レクティはリリィと試験官に付き添われて別室へ案内されて行った。俺も同行するか尋ねられたのだが、スキル確認がまだだったためこの場に残る事になる。


「後で会いましょう」


「ヒューさん、また後で!」


「ああ、またな」


 去って行くリリィとレクティに別れを告げる。下手したらもう二度と会う事は無いだろう。短い付き合いだったけど、そう思うと少しだけ寂しくはある。


 ……さて。


「次の方、どうぞこちらへ」


 試験官に促され、カーテンで簡易的に仕切られた小部屋へ入る。中には直径30cmくらいの大きな水晶が置かれていた。これがスキルを見る魔道具か……?


「お名前とスキルを教えてください」


「ヒュー・プノシス。スキルは〈発火ファイヤキネシス〉」


「では、右手をこの水晶に」


 この水晶に触れればスキルが開示される。緊張で手が震えそうになるのを必死に抑え込み、水晶へ手を伸ばす。


 ええい、ままよ!


 右手が触れた瞬間、水晶が淡く光って中に文字が浮かび上がった。



ヒュー・プノシス 

スキル:発火



「はい、確認しました。では係りの者の指示に従って実技試験へ進んでください」


「ありがとうございます」


 試験官に一礼し個室の外へ出る。


 誘導に従って試験会場へ向かいつつ俺はホッと息を吐いた。


 何とか、第一関門は突破できたな……。

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