第6話:洗脳スキルの使い方

 リリィたちの後を追いかけて校舎へ向かうと、入り口から中の方へと幾つかの列が出来ていた。入学試験参加者はどうやら複数ある列のどれかに並ばなければならないらしい。


 ちょうどリリィたちの後ろが空いていたので最後尾に並ぶ。


「あの、リリィ様。これっていったい何の列なんですか……?」


 レクティがリリィに尋ねる。それはちょうど俺も気になっていた。


「レクティ、様付けは不要よ? 貴方と私はこれからこの学び舎で共に学ぶ学友になるのだから。呼び捨てでもちゃん付けでも好きなように呼んでちょうだい?」


「じゃ、じゃあ、リリィちゃん……?」


「ふひっ」


 おーい、気持ち悪い笑いが漏れてるぞー?


 リリィはじゅるりと口元を拭ってすまし顔を作る。レクティは不思議そうに首を傾げていた。


「質問の答えに戻るわね。後ろで盗み聞きしているド田舎貧乏貴族にも教えてあげる」


「そりゃどうも」


「この列の先では特殊な魔道具を用いて試験参加者の〈スキル〉を見ているの。本当に王立学園に入学するに相応しい〈スキル〉を持っているかの確認ね。まずここで〈スキル〉の選別が行われて、次の試験に進めるかどうかが決まるというわけ」


「ま、マジか……」


 それって非常に不味いのでは……?


 通常なら本人にしか見えない〈スキル〉を他者が見る事の出来る特殊な魔道具。その存在は知っていたが、まさかこんなにも早く遭遇するとは想定外だ。


 このままだと俺が〈洗脳〉のスキルを持っている事がバレてしまう!


「す、〈スキル〉って絶対に見せないとダメか……?」


「当たり前でしょう。自己申告で通していたら誰でも入学試験に参加し放題になってしまうわ。神から授かる〈スキル〉の中には、授かった本人でもコントロールしきれないようなとても危険な力もある。その危険を学園側が把握するためにも必要な検問よ」


「で、ですよねー……」


 最初から最後まで正論すぎて同意せざるをえなかった。リリィの言う通り、まさに俺の〈洗脳〉のような極めて危険な〈スキル〉を発見するための措置なのだろう。


「もしかして貴方のスキル……」


「おーっと! すまん、急に腹痛が! ちょっと便所行ってくる!」


「あ、ちょっと待ちなさい!」


 俺はリリィの制止を振り切って近くの男子トイレに駆け込んだ。こっそり外を伺うとリリィは腰に手を当てて溜息を吐いている。


 あぶねぇあぶねぇ。不審に思われただろうが、あの場で問い詰められるよりはずっとマシだろう。


 それよりも、だ。


 この状況は非常に不味い。このまま何もしなければ、間違いなく俺が〈洗脳〉スキル持ちだという事がバレてしまう。そしたら断頭台まっしぐらの処刑ルート確定だ。


 俺は手洗い場に腕をついて思案する。


 どうする、このままじゃ人生が詰む。思い切ってここから逃げ出すか……?


 ……いや、難しいだろう。人の流れに逆らって外へ向かえば悪目立ちする。衛兵に声をかけられれば一発アウトだ。


 なまじ外へ出られたとして、俺には王都の土地勘がない。リリィやレクティから俺が姿を消した事が学園に知らされれば追われる事になる。そうなれば王都から抜け出せる可能性はほとんどない。


 仮に運よく王都から出られたとして、どこへ向かえばいい? プノシス領には追手が差し向けられるだろう。行く当てのない逃亡生活は絶望しかないぞ。


 何とか〈洗脳〉スキルで切り抜けられないか……?


 例えばスキルを見る試験官を洗脳して、記録を書き換えさせるか…………いや、いつか必ずボロが出てしまう。と言うか試験官が二人一組だった時点で終わりだ。俺の〈洗脳〉スキルで洗脳できるのは一人だけなのだから。


 誰を洗脳すれば切り抜けられるか。狙うべきはやっぱり権力者だろう。学園長か、副学園長あたりを……無理だな。どこに居るんだよ、学園長。探しに行く暇なんてないだろ。


 近くに居る権力者……リリィか?


 侯爵家令嬢のリリィを洗脳すれば、侯爵家の力でワンチャン……これも無いな。彼女は俺と同じ入学試験の参加者だ。家格がどうであれ口利きが出来るとは思えない。


 俺の人生やっぱりもう詰んでるよね!?


 くっそぉ。神様の馬鹿野郎! 〈洗脳〉スキルなんて厄介なもの授けやがって! せめて対象が一人じゃなくてもっと大勢だったらどうとでも出来るのに!


 たった一人を洗脳してどうしろって言うんだ。


 いったい誰を洗脳すればこの状況を――




 ふと、顔を上げると目の前に鏡があった。




 そこに映っていたのは頭を抱える俺の姿で。



 ――こいつ〈洗脳〉したらどうなるんだ?



 そんな疑問が頭に浮かぶ。


 自分自身を洗脳する。


 思い込ませる。


 自分のスキルは〈洗脳〉なんかじゃなくて〈発火ファイヤキネシス〉だと。そうしたらワンチャン、スキル表示だけでも誤魔化せないだろうか?


「……いやいや、さすがにそれは」


 無理だろう。わかってる。苦し紛れの思い付きだ。どうせ上手く行きっこない。


 だけど試すだけなら簡単だ。


 ダメで元々、どうせ他にいいアイデアもないのだから。


「よし。……スキル〈洗脳〉」


 スキルが発動した感覚が確かにある。だけどそれ以外の変化は特に感じない。失敗か……と思いきや、鏡の中の俺の頭上には〈洗脳中〉の文字が浮かんでいた。


 鏡を使えば俺自身を洗脳することは可能なのか!


 だったら次は、


「ヒュー・プノシス。お前のスキルは〈洗脳〉ではなく〈発火〉だ!」


 カチッと頭の中で何かが切り替わるような音がした。


 洗脳が効いた手応えが確かにある。


「す、ステータス!」


 急いで自身のスキルを確認する。


 視界に表示される半透明のパネル。そこにはこう記されていた。




ヒュー・プノシス 

スキル:発火Lv.Max ……任意の対象に火を発現させる

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