第5話:ダイヤの原石
「なんだ貴様、この僕に口答えするつもりか!? ホートネス家のこの僕に!」
「い、いえっ、そんなつもりじゃ……っ!」
口答えって程でもなかったと思うが、ホートネス家のボンボンは聞く耳を持たない。辺境のド田舎出身の弊害だ。ホートネス家ってどれくらいの爵位なのかさっぱりわからん。
少女は助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせている。だが、騒ぎを聞きつけて立ち止まっていた周囲の者たちは、みんな少女と目があった瞬間に視線を反らして立ち去ってしまう。
どうやらホートネス家はそうとう位の高い貴族らしい。俺も関わらない方が良さそうだな。少女には悪いが、〈洗脳〉なんて爆弾を抱えているんだ。あんまりトラブルに巻き込まれたくはない。
俺がそそくさとこの場を立ち去ろうとしたところ、
「そこまでにしておきなさい、イディオット・ホートネス」
俺の背後から凛とした声が響いた。
振り返ると、亜麻色の髪を二房に結った少女がゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。精巧な人形のように小顔で整った顔立ち。服装はシックなドレス姿でシンプルだが気品を感じさせる。
ただ歩いているだけの一挙手一投足が様になっていて、誰がどう見ても大貴族のご令嬢だと一目でわかる。
威張り散らかしているだけのボンボンとは大違いだ。
「腰抜けド田舎貧乏貴族」
なぜかすれ違いざまに罵倒されたが、全て本当の事だったので何も言い返せない。
「リリィ・ピュリディ……!」
「優れたスキルの所有者はこの王立学園で学ばなければならない。それが例え貴族の生まれでも、平民の生まれでも。王令によって定められた決まりは絶対よ。どのような例外も許されないわ」
「だ、だがその薄汚い下民はこの神聖な学園に相応しくない!」
「それを決めるのは私たちではないわ。王令を覆せるのは王族だけなのだから。そうでしょう?」
リリィと呼ばれた少女は、なぜか俺の方を見て同意を求めるように問いかけて来る。
頼むから巻き込まないでくれ……。
俺は貴族社会の常識に詳しくないので、同意を求められてもよくわからない。ただ、リリィが何を求めているのかは何となく理解できた。
とりあえず、援護射撃をすればいいんだろう?
出来ればあまり関わりたくなかったのだが、後ろ髪を引かれる思いだったのも事実だ。巻き込まれてしまったなら、とことん味方してやろう。
「あのー、そちらの方はもしかして王族の方だったりされるのですか?」
「あら、どうしてそう思ったのかしら?」
「いやだって、さっきからその女の子を学園に相応しくないとかって。相応しいかどうかを決められるのは王族だけなんですよね? と言う事は王族の方なのかなぁーって」
「な、き、貴様っ! 何を言っているのだ!? 僕が王族なわけが無いだろう!?」
イディオットが顔を青くして狼狽える。どうやら王族と間違われるのは不味い事らしい。
「いやー、すみません。辺境のド田舎貧乏貴族なもので、王族の方を目にした事が無かったんですよ。だからついにお会いできた! って嬉しく思ったんですが……。まさか、天下のリース王立学園の往来で王族でもないのに王令を否定する馬鹿が居るとは」
「き、貴様ぁあああああっ!!」
「それは言い過ぎよ、ド田舎貧乏貴族」
……この人、さっきから俺に辛辣すぎじゃない?
「とは言え、イディオット。貴方も不用意な発言は控える事ね。あまり悪目立ちし過ぎると勘違いや冗談でしたでは済まなくなってしまうわ」
「…………くそっ! 憶えていろ、平民! ド田舎貧乏貴族!」
イディオットは踵を返し、取り巻きを連れて肩で風を切るように去っていく。
思いっきり恨みを買ってしまったが、まあいいや。俺どうせ入学試験で不合格になるつもりだし。プノシス領に引きこもってしまえばもう二度と会う事も無いだろう。
「あ、あのっ。助けていただき、ありがとうございました」
水色髪の女の子が俺とリリィに向かってぺこりと頭を下げる。やがて頭を上げた彼女の顔を見て俺は思わず息を呑んでしまった。
「やっぱり私の見立てに狂いはなかった。貴方は磨けば光るダイヤの原石ね」
「ふぇっ?」
リリィが何を言っているのかわからなかった様子で少女は首を傾げる。
磨けば光るダイヤの原石……まさにって感じだ。
少女の顔立ちは不健康に痩せこけているものの、目鼻立ちは非常に整っていて美しい。風呂に入って汚れを落とし、十分な食事を摂れば一瞬で美少女に化けるだろう。
「リリィ・ピュリディよ。こっちは腰抜けド田舎貧乏貴族」
「おい誰が腰抜けド田舎貧乏貴族だ」
「あら、違ったかしら?」
…………全てその通りです。
「ヒュー・プノシスだ。よろしく」
「は、はいっ! わたし、レクティっていいます。あの、お二人はお知り合いなんですか……?」
「それは俺も気になってた。どうにもさっきから俺のことを知っているような口ぶりじゃないか? 俺たちって初対面だよな?」
「…………ええ、もちろん。知っているのは貴方の家名だけ。貴方のプノシス男爵家はピュリディ侯爵家の遠縁なのよ。もう血の繋がりなんてほとんど無いでしょうけどね」
「物凄く遠い親戚ってことか……?」
王都にそんな遠縁が居るなんて初耳だけどな……。というかこいつ、侯爵家令嬢だったのか。
「そういうこと。だから貴方の外套にでかでかと刺繍されている家紋でわかったというわけ」
背中の方を覗き込んでみると確かに旅装束の外套にはでかでかとプノシス家の家紋が刺繍されていた。これを見たから俺が辺境のド田舎貧乏貴族だとわかったってわけか。
……この外套、急に着ているのが恥ずかしくなってきたな。
「心配しなくてもプノシス家なんて辺境のマイナー貴族、知っている人なんてほとんど居ないわ。私も遠縁だから知っていただけだし」
「俺をフォローしながら実家を馬鹿にするのやめてくんない?」
「事実でしょ。そんなことより、こんな所で立ち話をしていたら入学試験に遅れてしまうわよ? 行きましょう、レクティ」
そう言ってリリィはレクティの手を取って歩き出す。
「わ、わたしもご一緒していいんですか!?」
「もちろんよ。でなければ手を取ってなんて居ないわ。足元に気を付けて?」
「は、はいっ」
リリィはまるでお姫様をエスコートするようにレクティを連れて校舎へ向かっていく。
……あれっ? 置いて行かれた!?
てっきり今の一連のやり取りでそれなりに仲良くなったと思ったのだが、どうやら俺の勘違いだったらしい。
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