第29話 宣戦布告

 翌日。無事誰も体調を悪くすることなく朝を迎えると、朝食もそこそこにホテルをチェックアウトし、僕らは大会会場のお茶の水にある東京文科大学の講堂に到着していた。


 既に会場には多くの参加校でひしめきあっており、受付を済ませると適当に空いているスペースを豊園高校の面々で陣取った。

「一局目の開始前に大会側でお昼ご飯にカレーを用意してくれたみたいだから、食べたい人はどうぞって」

 参加校の多くは大学生と見られるけどオール学生と言うだけあって、僕らみたいに制服を着た高校生や中学生もいれば、小学生の姿まであり、改めて参加者の年代の幅の広さが窺える。


「……改めて、だけど。大会の概要をサラッとおさらいしておくね。今日は五人ひとチームの五回戦。勝ち点が同じだったら、チームの勝利数の合計で争うから、無意味な勝ちなんてない。色々副賞も用意してくれているみたいで、上位は勿論、キリ番やブービー賞まで手厚くあるって話だから、そこも楽しみのひとつかもね」

 ……まあ、できるならブービー賞は取りたくないところだけど。


「持ち時間は三〇分切れ負け。……何気に重要だね。いつもの大会みたいに秒読みはないから時間のペース配分も気をつけないと、終盤時間に泣くってこともあり得るから」

「どっちかって言うと長考派のむぎくんのほうが危ないんじゃ」


「……耳が痛いね。とにかく、基本的に決断は早めにしちゃったほうが今日はいいかも。ここぞってときに考えられるように、時間はとっておくイメージで」

「「わ、わかりました」」

 僕がそう言うと、大会経験が乏しい一年生ふたりが揃って首を縦に振る。


「まあ、あまり気負わなくてもいいよ。せっかく東京まで出てきて、普段指すことのない人たちと将棋ができるんだから、ノビノビやろう。結果が要らないとは言わないけど、全力を出してからの結果だと思うからさ」

 なんて話をしていると、僕の視界に見覚えがある制服の集団が飛び込んできた。


「意外ね。まさかオール学生であなたたちの姿を見ることになるなんて」

「……藤ヶ谷」「……さつきん」

 やって来たのは、事前情報通りの参加となった札教大札幌の面々。

 藤ヶ谷は他の部員を先に行かせ、僕らの正面に堂々と立つ。遠征メンバーには、吉原さんの姿もあり、チラチラと高井さんのほうに視線をやっていた。


「団体戦はお腹いっぱいだったんじゃないの? 麦田」

「……後ろにいる部員たちにどうしてもって説得されて」

「ふうん? それでわざわざオール学生に? 結構な意気込みなことね」

「団体戦の経験、一年生にももっと積ませたかったし、久美も出たがったから」

「そっか。……あなたが団体戦に戻るのを、嬉しいって上っ面だけでも言っておくわ」


 僕に向けていた目を、後ろに控えていた久美に向ける藤ヶ谷。同じ地域、同い年、同性で棋風まで重なって、互いが互いのことを意識しないほうが無理な話だ。


「……札教大札幌は、現時点で最高の五人を選抜して東京に連れてきた。今年はベスト16止まりだった、来年の総文祭に向けて、もっと強くなるために。あなたたちがどういうつもりで東京に来たか知らない。けど、もし当たることがあるなら、フルメンバーの豊園が相手でも全力で潰すだけ。それだけよ」


 藤ヶ谷はそれだけ言うと、くるりと踵を返して他の部員たちのもとへと帰っていく。威風堂々とした後ろ姿に、豊園のメンバーのほとんどが圧倒されていた。でも、それでも久美だけは。


「……負けないよ。さつきんは一年生ふたりを数合わせ程度にしか認識してないだろうけど、わたしたちだって最高の五人で東京に来たんだ。……当然、勝つつもりで来たに決まってる」

 久美の言葉に、藤ヶ谷は一瞬足を止めこちらを振り返る。「あなたたち、部員五人しかいないじゃない」とか、そんな野暮なことは言わない。

 久美の言いたいことはそういうことじゃないって、伝わっているからだろう。


「……そう。なら、なおさら私たちはあなたたちに勝たないといけないってわけね」

「望むところだよ」

 藤ヶ谷は少しだけ嬉しそうに頬を緩ませては、すぐに口元から表情を引き締め僕らの側を立ち去った。そんな僕らに、彩夏さんがおずおずと申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「あ、あのー、盛り上がっているところ悪いんだけど、さっき初戦の相手発表されてね?」

「はい、それで、どこでしょうか」

「……えーっと。東京国立大B、だって」

 彩夏さんの言葉に、思わず押し黙ってしまった僕ら。


 東京国立大は、言わずも知れた日本最高峰の大学。無論将棋部も強豪で、首都圏を含め全国で一、二を争う戦力を誇る。そこのBチーム、とは言え最高峰の大学チームが相手ってことになる。

 こりゃ、初戦からハードモードな大会になりそうだ……。


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