第27話 いざ、東京

 翌日の昼下がり。今日も今日とて部室代わりにしている僕の部屋には高井さんと、長谷川君、それに復活した久美の姿があった。つまるところ、現役部員全員集合ってわけだ。


「──というわけで、これが概要ってところになります。お金に関しては基本的に春来さん経由でなんとかしてくれるみたいなので、当座のお金さえあれば大丈夫。飛行機代とかホテル代とか大きい金額の負担を強いることはありません」


 事前にラインで流しておいた内容を改めてパソコンでワードに打ち直し、印刷したものをみんなに配り、僕は急遽湧いて出てきた東京遠征の説明を一年生ふたりにする。


「予定としては、大会前日に東京入りして一泊、当日大会が終わったらそのまま札幌に直帰するっていう日程を春来さんは想定しているみたい。初日ならある程度東京観光もできるかと」

「むぎくーん、わたし東京将棋会館行きたーい」

「はいちょっと久美は黙ってようか」

「……むう」

「あれだけ一触即発だったはずの米野先輩と麦田先輩が仲直りしてる……? 一体、何が……」


 僕の話に茶々を入れる久美、久美を窘める僕、そんな僕らの様子を、目を丸くさせて眺める長谷川君。

「勿論強制参加じゃないし、行きたくない、行けないならそれはそれで全然。あまりにも急な話だったからね。最悪彩夏さんと久美と僕の三人でもどうにかはなるから。だから、別に無理しなくても──」

「──いっ、行きますっ」

 そして高井さんは、顔を真っ赤にしながら僕の話を遮ってまで参加の意思を改めて示した。


「……だ、大丈夫? 昨日の今日ですぐ決めちゃって」

「平気です。お母さん、私に興味ないんで、昨日部活で東京行くかもしれないって言っても『勝手にすれば』って言ってましたし」

「……そ、そっか」

 花火大会のときに知ってしまった高井さんの闇が垣間見え、僕は押し黙ってしまう。


「……歩夢が行くなら、多分俺の親もいいよって言うので、大丈夫です」

 高井さんの答えに続いて、長谷川君もゴーサインを出す。高井さんを気にかけている長谷川君とそのご両親だからね。きっと「ついていきなさい」って背中を押してくれるのだろう。


「他に、何か質問はありますか?」

 全員の意思を確認したところで、再度改めて僕はみんなに尋ねる。すると、恐る恐る手を上げた高井さんが、僕に聞いた。


「……あの、麦田さんは、団体戦に復帰するっていうことでいいんですか?」

「……その節は、ご迷惑をおかけしました」

 彼女の質問に対して、僕はペコリと頭を下げて答える。


「あっ、いやっ、そのっ、謝って欲しいとか、そういうわけじゃっ」

「……復帰する、つもり。ただ、まだ僕自身、自信がないから、次のオール学生で、様子を見ようかな、って」

 そこである程度、団体戦でもやれるって自信がつけば、完全に復帰してもいい。でも、勝てないのなら、また進退を考えないといけない、かなあ……。


「大丈夫だよ。勝てる。みんなでなら、勝てるよ」

 なんて、弱気な僕が少しだけ顔を出すと、自信たっぷりに前を向いた久美が、当たり前のように僕らに話す。


「……で、ですよねっ、みなさんがいればきっと勝てますよねっ。そうですよねっ」

「はは……じゃあ、とりあえず、そういうことにしようかな」

 久美のひとことで淀みかけた空気が変わった。なんだかんだ言っても、部活の空気は久美が握っている。久美に元気がなく落ち込んでいた時期の部活は、どこか雰囲気が曇っていたけど、今は綺麗に晴れている。


「……よし。春来さんに、全員参加しますってことは伝えておくから。詳しい行程が決まり次第、ラインで流すから、そのつもりで。じゃあ、お話はこのくらいまで。将棋指すならそれでもいいし、帰るなら帰るでも。お任せします」

 話さないといけないことも話したので、僕が場を締めると、


「はいはいはーい、じゃあむぎくん、一局指そう?」

「あっ、あのっ、麦田さんっ、一局教えてもらっても──」

 ほぼ同時に、久美と高井さんが立ち上がっては、僕の目の前に座ろうとして、ふたりの視線がバッティングした。


「……んー、じゃあ、むぎくんの二面指しかな?」

「できるかい。なんで自分より強い人相手に多面で指さないといけないんだよ。久美はいつでも指せるでしょ。高井さんに教えるのが優先」

「……むうう、そうやってまたあゆちーばっかり構うんだ」


「か、構うも何も……」

「いいよーだ。わたしはこーたんと将棋やってるから。こーたん、相手してくれるー?」

「えっ、あ、わかりましたっ」


 結局久美は僕の正面を離れ、長谷川君と向かい合って座る。残った高井さんと盤を挟んだ僕は、何も並んでいない将棋盤の上に駒を広げる。

「……今まで、駒落ちの将棋しか教えてこなかったけど、団体戦の大会が急遽入るってことだから。平手の勉強もちょっとはしないとね」

「はっ、はい」


「今度の大会。……例年、札教大札幌も出場しているんだ。もしかしたら、対戦もあるかもしれないし、吉原さんとぶつかる可能性だってゼロじゃない。それに、本番は全部平手なわけだから、平手の知識もある程度詰めないといけないわけで」

 駒を並べ終えると、僕は高井さんに悪戯っぽく表情を崩してみせる。


「平手で使えるとっておきの戦法があるんだけど、やりたい?」

「……と、とっておきですか?」

「そう。……吉原さんのデータを調べつくして傾向として出てきた、とっておきの戦法」

 僕の言葉に、ゴクリと生唾を飲み込んだ高井さんは、やがてその華奢な首を縦に振った。


「よし、じゃあ早速教えるね。別に奇襲とかB級戦法とかじゃなく、至ってオーソドックスな戦法だから、吉原さん相手じゃなくても使える。球種として持っておいて損はないと思うよ──」


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