第23話 ソーダ味の氷菓

 〇


「……麦田、さん?」

 どこの公園かわからないベンチの上で目覚めると、まずゆらゆらと揺れる白色の街灯が私の視界を襲った。

「……麦田先輩じゃなくて、悪かったな」

 そして私の側に座っていたのは、麦田さんではなく、洸汰くんだった。


「え? な、なんで洸汰くんが? と、というか、わっ、私、どうやってここまで……?」

 花火の途中で中学のときの同級生と出くわして、色々嫌なことを思い出して、その後は……。


「麦田先輩が歩夢をおぶってとりあえずここの公園まで運んでくれたんだって。自転車押しながら。……後でお礼言っとけよ。相当汗かいてたから、麦田先輩」

「っっっ……!」


 どどどどうしよう、麦田さんにとんでもないご迷惑をおかけしちゃったよ。そ、そんな大して可愛くもない地味な女背負わせて、ああ、重いって思われたよね、きっとそうだよね……うう……今度会うときどんな顔すれば。


「……なあ、歩夢。最近ちゃんと休んでるか?」

 パサリ、レジ袋から飴玉を取り出した洸汰くんはそう尋ねながら私にひとつ分けてくれる。


「や、休んでるよ。休んでる。……ちょっとは」

 ここ最近、麦田さんと米野さんの棋譜を並べるのに夢中になって、四時間五時間しか寝てないこととか普通だったけど。


「……練習対局会の後、俺言ったよな。気晴らしも必要だって。でも、あの日から逆に歩夢はもっと努力量を増やして自分を追い込んでるようにしか見えない」

「だ、だって、そうしないと強くなれないっ。強くならないとっ、麦田さんに団体戦に残ってもらわないと、米野さんが部活辞めちゃうかもしれなくてっ」


 洸汰くんは深くため息をついて、握っていたスポーツドリンクをごくごくと呷り、残り少なくなったそれをベンチの縁に叩く。


「……そんなことになってたのね。……歩夢が、必死になるのはわかる。わかるけど、こんなペースで自分を追い込んでたら、もたないって。現に今日だって、こうなっているわけだし」

「そうだけどっ、わかってるけどっ」

 さらに洸汰くんは身体を掴んでは、私の言葉を遮る。


「……落ち着けって。今までだって一度だって、麦田先輩が団体戦を辞める理由に、『歩夢が弱い』からなんて、言ったことあるか?」

「それは、ないけど……」


「確かに、麦田先輩は底の見えない人だし何考えているかわからないときもあるし、普段は低体温だから怖く見えるときもあるけど。……嘘をついたことはないだろ?」

「……確かに、ない、けど」


「麦田先輩は基本的に、聞かれたことに対してちゃんと誠実に言語化して答えてくれる人なんだよ。だから、団体戦を辞めるのに、歩夢は一切関係ない」

「でっ、でもっ」

「いい加減認めろよっ! 悔しいけど、俺たちは蚊帳の外なんだよっ! どう考えたって、過去に麦田先輩と米野先輩に何かあったに決まってる。だから、麦田先輩は団体戦を出るのを拒んでる。直接俺たちがどうこうできる問題じゃ、ないんだよ!」


 洸汰くんはそこまで言うと私の頭を優しく撫でては、穏やかな口調で続ける。

「……ウチの部の先輩たちは、考えがあって歩夢を麦田先輩につけさせたんだ。だから、歩夢は、自分のペースで進んでいけば大丈夫なんだよ。そうすれば、きっと、米野先輩や彩夏先輩、春来さんがどうにかしてくれる。……先輩たちを、信じよう、な?」


 洸汰くんに言い聞かされた私は、もう無言で首を縦に振るしか選択肢が残されていなかった。それを見て満足そうに微笑んだ彼は、

「……あとひとつ、麦田先輩から伝言。体調が良くなるまで部活は休んでいいって」

 そう言って立ち上がっては、止めていた自転車のスタンドを蹴り上げた。


「もう落ち着いた? 家、帰ろう? いくら歩夢の母親があれだって言っても、あまり遅くなるのも良くないだろうし」

「……う、うん」

 帰り道、洸汰くんに肩を貸してもらいながら歩いた家までの三〇分は、今までのどの家路よりも、温かった。途中立ち寄って洸汰くんに買ってもらったソーダ味の氷菓は、甘くて、そしてどこか優しい味がした。


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