第3話 クリスタル
「まずい……逃げてミーア!!」
本来いるはずのない魔物がこちらの命を狙ってきている。俺はすぐにミーアを逃がそうとするが彼女は従おうとはしない。
「えっ、あなた戦えるの?」
「いや……魔法すら使えない無能だよ。でも君を逃すくらいならできる……だから早く!!」
数は多いが囲まれているわけではない。それにここは森で死角も多い。俺が壁になればミーアを逃す時間くらいは稼げるはずだ。
「そんな見捨てるような真似できないわ! あなたの方こそ逃げて!」
しかしミーアは俺の頼みを聞いてくれない。ナイフを取り出し戦う構えを取ってしまう。
ダメだ……女の子があんな刃物を使ったって倒せる奴らじゃない……なんとかして逃さないと……
オークの内一体が棍棒を振り上げてミーアに振り下ろす。彼女はナイフで防ぐが体格差や武器のサイズ差もあり防ぎきれるわけもなくミーアは吹き飛ばされ木に激突する。
「ミーア!!」
すぐさま駆けつけようとするが、そんな俺に向かってオークの一匹が突くように棍棒を投げつける。
俺は咄嗟に蛇行しながら走り棍棒は服を掠めるだけで済むがそれでも皮膚が切れ血が垂れる。
「大丈夫!?」
「なんとか……」
直撃は免れたせいか目立った外傷はない。足もまだ動くようだ。
「なら逃げて!! あいつらは俺が引きつけるから……!!」
確認できるオークは五体。キツイが数十秒避け続けることならできないこともない。これが最後のチャンスだ。
「いえ……策ならあるわ」
ミーアは逃げずこの場に留まることを選択する。そこに容赦なく別の個体の棍棒が振り下ろされる。
俺とミーアは別々の方向に避け地面を転がる。分断されオークの内三体が俺の方に殺意の矛先を向ける。
クソ……このままじゃ二人とも殺される。この世界に来て、こっちの人達を助けるって……手を伸ばすって決めたのに……!!
蘇るのは日本での記憶。何者にも成れず若くして死んだ後悔。
次こそは、この人生こそは夢を掴み取りたかった。
嫌だ……絶対に諦めたくない……まだ誰かを助けたい!!
「リュージ!! これを使って!!」
ここが墓場になることを覚悟したが、ミーアが助け船を出すように黄緑色の何かをこちらに投げ飛ばす。
極限まで集中していたおかげか手のひらに収まるサイズのそれを落とさずキャッチする。
「うぐっ……!!」
それに触れた途端体に異常が起きる。森の中木の葉は揺れていないのにまるで強風に晒されているかのような錯覚に襲われる。
寒さに鳥肌が立ち前髪が揺れ視界を妨げる。凄まじいエネルギーが体から溢れてきてそれは体内に収まらず外に放出される。
全身から吹き出す風はオークの巨体をひっくり返し尻餅を着かせる。
「時間は稼げたわ! 隙ありよ……
ミーアが風の刃をオーク達に飛ばし、刃はそれぞれオークの首に飛んでいく。
彼女の近くの二体はともかく俺の方に来ていた三体は避けれるはずだった。しかし俺の謎の力に注意がいっていたので反応が遅れ首に刃が通る。
鮮血が飛び散り重量のある首が地面に鈍い音を立てて落ちる。少々グロテスクだがなんとか危機を乗り切ることができたようだ。
「うぅ……ゲホッゲホッ!!」
攻撃をくらったわけでもないのに俺は胸が苦しくなり咳き込んでしまう。
あれ……? さっき投げ渡された石がない!?
手で口元を押さえた際気づいたのだが握っていたはずの、ミーアが投げた黄緑色の石がなくなっている。
落としたわけがない。あれを受け取ってから手を開いていない。
「あれ……どこだ……? あの石がなくなってる!?」
「ちょっと待って大丈夫よ。だってあの石は……クリスタルなんだから」
「クリスタル?」
クリスタル。確か水晶などの鉱石を指す言葉のはずだ。そう言われればあの石は綺麗だったし水晶と言われても違和感はない。
「そうよ。クリスタル。それを体内に取り込めば魔王の力の一端を使うことができるのよ」
「ま、魔王の力の一端?」
彼女の口から思いもよらない名前が出てくる。
この異世界には地球とは違って魔族と呼ばれる種族がいる。特徴としては角があり人間より身体能力や魔力に長けたていることだ。
そしてその王として君臨するのが魔王。この世界で最強の力を持った存在だ。
「あのクリスタルは……魔王の力の一部なの」
ミーアの口から次々と信じられないことが述べられていくのだった。
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