勇者

魔法の練習と王族としての教育をこなしながら、時が経ち、僕は7歳になっていた。

この2年で魔力量はかなり増え、魔力のコントロールも上達してきた。

王族としての教育はそれなりに面倒だが、まぁ仕方のないことだ。


そんなある日、突然父上に呼び出された。


「ラスト様、神王陛下がお呼びです」


「ん、分かった」

 

珍しいこともあるものだと僕は少し緊張しながら、父上の執務室へと急いだ。父上がわざわざ執務室に呼ぶからには、何か重要な話があるのだろう。

執務室に到着し、扉をノックする。


「ラストです」


「入れ」


扉の向こうから父上の重厚な声が返ってきた。

僕が扉を開けると、父上が書類に目を通しながら座っていた。その威厳に満ちた姿は、どれほど見慣れても緊張を感じさせる。


「父上、ご用件は何でしょうか?」


父上は書類を片付け、真剣な表情で僕を見つめた。


「ふむ、ある知らせが入った。帝国との国境近くの村で勇者が現れたとな」


「勇者……勇者が?」


「ああ」


一瞬、何を言われているのか理解ができなかった。その言葉の意味を飲み込むまで数秒かかり、僕はようやくそれがどれほど重大な出来事かを認識した。


「どうやら勇者だった子供がいた村は数日前、魔物の大群に襲われたらしい。

異変に気づいた国境警備の兵士たちが急行したが、その時には村は壊滅状態で、辺りには魔物に蹂躙された人間の死体と、勇者が殺した魔物の死体がいくつもあったと。

そして生き残りは勇者と勇者の妹のみだそうだ」


「なんと…」


僕の心が一瞬でざわついた。勇者と妹、彼らは間違いなく『勇者の書』の主人公とその妹だ。

しかしこのような展開は無かったはず…


「両親が魔物に殺されたこと、そして魔物から妹を守ろうとする意志、これらが要因で勇者として覚醒したのだろうな。

しかし、村では個人個人の繋がりが深いと聞く。親しき者がいくつも殺されてから勇者としての力に目覚めるとは…哀れなものよ」


父上の言葉に、僕の胸が重くなった。原作の物語では、主人公が勇者として覚醒するのはもっとずっと先の話だったはずだが


「父上、その勇者と妹は…」


「現在、聖騎士が護衛について神都に向かっている。数日中には到着するだろう。

そして勇者はしばらくの休養の後、聖騎士見習いの訓練に加えてしまおうと考えている、勇者次第ではあるがな」


「なるほど…」


僕は内心、焦りのようなものを感じていた。どうやら既にこの世界は『勇者の書』の原作通りには進んでいない。

原作の物語から大きく外れ、既に異なる運命が動き始めている。


「ラストよ、勇者が現れたということは、世界に何らかの脅威が迫っているということだろう。

より一層鍛錬を積んで力を付けろ、いいな?」


「はい、失礼します」


僕は執務室から出る。父上の言葉に頷いたものの、内心では悩みが尽きなかった。『勇者の書』の物語では、主人公が成長し、様々な試練を経て邪神と戦う運命を持っている。

だが、この世界では既に彼の運命が大きく変わっている。成長が早まったと考えれば悪くはないが…


「…原作と違っても、僕ができることはあるはず」


そう僕は心の中で自分に言い聞かせた。

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